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アースとヴァナとの出会い

 暫くたって俺は机に座っていた。

 俺が目覚めた時間は丁度食事の時間だったようだ。

 俺の横には仮面の男性……スーさんが座っている。

 ……とはいえ、今は仮面を外していて、素顔を晒していた。

 その素顔はというと、驚くほど普通。白人系の顔立ちで、拍子抜けするくらい穏やかだった。

 もっとこう……異世界っぽい神秘的な何かがあると思っていたんだが。

 正面には、彼を「ドクター」と呼んでいたあの赤髪の女性が座っている。

 そして、その隣にちょこんと座っているのは――彼女にそっくりな、赤髪の少女。

 少女の頭には、透き通った角が生えていた。

 まるで宝石みたいにきらめくその角に、思わず目を奪われる。

 あれは装飾じゃない、本物……なんだよな。異世界って凄い。

 部屋の装飾も、まるで上品な旅館みたいに整っていて、美しい布や彫刻がそこかしこに飾られていた。

 どうやら、ここは客人をもてなすための“客室”らしい。

 そして、食卓に並べられていたのは――ふわふわのパンに、湯気の立つシチュー。


 「……っ」


 思わず、感嘆の息が漏れた。

 シンプルだけど、目を見張るほど美味しそうだ。

 戦場で食ってた、ぼそぼその栄養バーとは比べ物にならない。

 味も見た目も温かさも、全部が輝いて見える。

 ダメだ、よだれが垂れてしまいそうだ。


 「食べながら、私たちの紹介をしましょう――君のことも、覚えている範囲で教えてもらえると助かります」


 スーさんが穏やかに言う。


 「それじゃあ、食べましょうか」


 その言葉を合図に、皆が手を動かし始めた。

 俺もすぐさまスプーンを取り、シチューを掬う。そして、一口。


 「……美味しい」


 思わず漏れた言葉は、自分でもびっくりするくらい素直だった。

 いや、本当に美味しい。

 とろけるような野菜の甘さ、ホロホロの肉、優しい塩気。

 きっと、久しぶりに“まともな食事”を食べたからだろう。

 心がじんわりと温まっていくような、そんな味だ。

 行儀は悪いが、かき込んで食べていく。


 「あら、そう言ってもらえるのは嬉しいわ」


 赤髪の女性――スーさんに“ドクター”と呼ばれていた彼女が、ふふっと笑う。


 「主人が助けてもらったのに、あまり贅沢な食事を出せなくて申し訳ないって言ってたの。でも、私、できる範囲で頑張ってみたのよ」


 まさか、このシチュー……彼女の手作りだったのか。

 誰かの手で作られたご飯なんて、いつ以来だろう。

 家族を亡くしてから、そんな温かい食事に触れた記憶はなかった。


 「……いえ、これだけでも十分贅沢だ。本当に……ありがたい」


 俺はそう言って、もう一度スプーンを掬う。

 夢中で、無心で、何度も口に運ぶ。


 「では、あらためて自己紹介をさせてください」


 最初に口を開いたのはスーさんだった。

 落ち着いた声音で、どこか学者らしい丁寧さが滲んでいる。


 「私は、先ほども名乗りましたが――ガーフィール・スーと申します。一応、“研究者”という肩書をい ただいています。今はこの町で道具屋を営んでいます」


 そして、深々と頭を下げた。


 「命を救ってくれて、本当にありがとうございました」


 その言葉に、思わず背筋が伸びる。仮面を外した今の彼は、どこにでもいそうな温厚な大人に見えるのに、その礼の仕方には芯のある誠実さを感じた。


 「続いて、私ね」


 柔らかく微笑みながら、赤髪の女性が言った。


 「私はエイト。スーの妻よ。肩書きとしては……研究助手ってところかしら」


 彼女は少しおどけた調子でそう言い、俺の目を真っすぐに見た。


 「記憶がない中で、不安なことも多いと思うの。でも、分からないことや困ったことがあったら、何でも聞いて。遠慮なんてしなくていいからね」


 その包み込むような口調と、優しい声に何か心が温かくなる気がする。

 そして、彼女の隣に座っていた少女が、もじもじと体を揺らしながら、控えめに口を開いた。


 「……わ、私は……アースです」


 透明な角がキラキラと揺れている。

 視線はまだ少し不安げだけど、勇気を振り絞って名乗ってくれたのが伝わってくる。


 「二人の……お父さんとお母さんの子ども、です。……よろしくお願いします」


 その小さな声は、まっすぐ胸に届いた。

 俺は思わず、自然と笑みを浮かべて――そっとうなずいた。


 「じゃあ……俺も自己紹介しないとな」


 手元のスプーンを置きながら、俺はゆっくりと口を開いた。

 とはいえ、自分のことなんて、ろくに話せることがない。

 あるのは戦場での記憶ばかりで、まともな経歴も、生き様も語れるようなもんじゃない。


 「俺の名前は、ディリー・ミッド。……自分のことは、正直あまり思い出せないんだ。だけど……よろしく頼む」


 たったそれだけ。

 面白くもないし、特別でもない。

 けれど、それが今の俺の全てだった。

 少しの沈黙の後、スーさんがふっと微笑を浮かべる。


 「それにしても、ディリー君。君は……私の妻と娘を見て、驚かなかったですね」

 「え? どういう意味?」


 思わず聞き返すと、スーさんは少しだけ視線をエイトさんとアースちゃんに向けた。


 「赤い髪と角を持つ者は珍しくて、恐れられたり、距離を置かれたりすることが多くてね。特にうちの子の透明な角は……珍しすぎて」

 「そうなんだ……」


 俺はちらりと、アースの方を見る。

 彼女は少し緊張したようにこちらを見ていたが、角はやはり、宝石みたいに美しく透き通っていた。


 「でも……俺は、綺麗だと思ったけどな。赤い髪も、角も。むしろ、見惚れるくらいだった」


 そう言うと、アースが目をぱちくりさせた後、ほんのりと顔を赤らめた。

 人との初対面では小粋なお世辞でも挟むべきだと、俺を庇った仲間は言っていた。こんな感じであってそうだ。

 でも、本当に綺麗だと思う。


 「そう言って貰えて嬉しいわ」


 スーさんもエイトさんも、どこか安心したような笑みを浮かべていた。

 こんなふうに、人と向き合って言葉を交わすのは――いつぶりだろう。

 戦場じゃ、こんな時間は絶対になかった。

 俺の世界とは、まるで違う。

 でも、悪くない。……むしろ、少しずつ好きになりそうだ。


 「それで、ディリー君は……これからどうするつもりですか?まあ、もしよければここにいて貰っても構わせんよ」

 「……えっ、本当!?」


 思わず、声が少し上ずってしまう。

 この世界に来てから、行き場もわからず不安しかなかった俺にとって、その言葉は救いそのものだった。


 「それは……本当にありがたい」

 「ただし、一つだけ条件があります」


 ……まあ、そうだよな。

 タダ飯で居候なんて、虫が良すぎるってもんだ。

 条件が厳しかろうが、ここで生きていくためには受け入れるしかない。


 「ディリー君には――アースのことを、見守ってほしいんです」

 「え……?」

 「アースはまだ幼いですし、家にこもって研究ばかりしている私たち夫婦では、どうしても目が行き届かない時がありまして。それに、町の子供は彼女のことを恐れて遊んでくれないそうなんです。ですから……遊び相手にもなってあげてほしいんです」


 ……予想していたより、ずっと……やさしい条件だった。


 「それって……俺でいいの?」

 「君は、あの子の姿を“綺麗だ”と言ってくれた。あの子にとって、それだけで十分なんですよ」

 目の前で、アースが恥ずかしそうに顔を伏せながら、ちらりとこちらを見ていた。

 彼女の目は期待に満ちてキラキラとしている。

 「……分かった。俺で良ければ喜んで」


 そう言うと、アースはぱっと顔を明るくして、嬉しそうにはにかんだ。

 透き通るような角が、光を受けてキラリと輝く。


 「よ、よろしくお願いしますっ!」


 少し緊張した声に、思わず微笑んでしまう。


 「……うん、こちらこそ。よろしくな」


 そうして――俺はこの異世界で、最初の“役割”を手に入れた。

 それは、戦うことでも、命令に従うことでもない。

 誰かのそばで、ただ一緒にいるという、穏やかな仕事だった。


----


 目を開けた瞬間、俺は――真っ白な空間にいた。

 どこまでも広がる、何もない空白。

 上も下もなく、左右も曖昧で、ただただ“白”だけが存在している。


 「……なんだ、ここ」


 まるで夢の中みたいだ。自分の体すらふわふわしている感覚で、現実味がまるでない。


 「おーい、妾はここじゃー!」


 ――えっ。

 唐突に、どこか遠くから少女の声が聞こえた気がした。

 いや、気のせいだろう。夢だし。どうせなら、このままもうちょっと眠っていたい……。

 寝れるときに寝るのが大事な事なんだ。

 俺は再び目を閉じて、仰向けに寝転がる。


 「おーい、おーい、おい!」


 ……って、今度は耳元!?


 「うおっ!?」


 驚いて飛び起きた瞬間、目の前に――ひとりの少女が立っていた。

 いや、正確には俺に覆いかぶさるような距離感で。

 その少女は、まるで光でできたかのような白いドレスに身を包み、銀髪がふわりと宙に漂っている。

 その姿は神秘的で、幻想的で、直視するのがためらわれるほどに“神々しい”。


 「まったく、鈍すぎるにもほどがあるぞ、お主。

 そんな調子で妾の依代が務まるか、正直心配じゃわい」


 ……えっ、なに?依代??


 「ちょ、ちょっと待って。あなたは誰?それに、ここって何なんだ?」


 混乱する俺に対し、少女はふふんと鼻を鳴らし、腕を組んでドヤ顔を決める。


「妾は“ラウンズワンのヴァナ”!このミドガルを総べる神にして、愛の神!

 そしてここは――お主の“心象世界”じゃ!」


 心象……世界……?

 俺がぽかんとしているのを見て、ヴァナと名乗った少女は呆れたようにため息をついた。


 「まあ、何も分からんのは仕方ない!よかろう!

 今から妾が、やさし〜く、丁寧〜に教えてやるわい!

 耳をかっぽじって、しっかり聞くんじゃぞ!」


 彼女――ヴァナが得意げに手を振ると、空間にふわりと二つの球体が浮かび上がった。

 どちらも地球のような形をしていて、青と緑が織りなす球体がゆっくりと回っている。

 ただ一つの違いは、大きさ。片方がわずかにもう片方よりも大きいだけで、見た目はほとんど同じに見える。


 「ほれ、思い出せぬか? お主、あの洞穴で“芽”に触ったじゃろ?」

 「あっ……」


 確かに、あの幻想的な緑の双葉に触れた記憶がある。あれが――。


 「その瞬間、お主は妾と契約したのじゃ。そして、妾はお主を“こちらの世界”へと送ってやったのじゃよ。

 お主の怪我も治してやったし、感謝してほしいくらいじゃの!」


 彼女は胸を張りながら、まるで自分の手柄を自慢するかのように言う。

 「……契約って、どういう内容なんだ?」

 不安になりながら尋ねると、彼女はキラリと目を光らせた。

 「それはの――妾が“恋愛戦闘力”を授ける代わりに、妾の願いを聞いて欲しいのじゃ。それが契約内容じゃ!」

 「……れ、れんあいせんとうりょく?」


 聞いたこともない単語に、思わず聞き返してしまう。が、ヴァナはまるで当然のことのようにうなずいた。


 「そうじゃ! “人を愛し、愛される”ことで力を得る――それが恋愛戦闘力じゃ。

 お主の強さは、人との絆によって変わる。まあ、ロマンじゃな!腕を見て見ろ!」


 ふとヴァナに言われた通りに、自分の手元を見る。

 そこには――腕に巻かれた、バンドのような装置。

 黒いベルトにディスプレイが埋め込まれていて、そこにはくっきりと「100」の数字が表示されていた。


 「それが、お主の現在の“恋愛戦闘力”じゃ。

 この数値が上がれば上がるほど、お主の力は強くなる。

 魔法が一般的なこの世界において、その力は極めて貴重。だからこそ――」


 ヴァナは指を一本立てて、にやりと笑う。


 「――お主には、より多くの人と関わり、“愛”を育み、“戦う力”に変えていってほしいのじゃ!」


 ……愛で強くなる。

 それは友がおらず、家族に愛情を感じていなかった俺には難しい事であるように感じた。

 だが、なぜだろうか。この世界に来て、俺の心境も変わったように思える。

 昔より、そう言ったことが出来そうだと思ったのだ。

 それも、俺を庇ってくれた彼のおかげだろうか。


 「……わかった。それで――君は俺に、何を命令したいんだ?」


 俺の問いに、ヴァナは口をとがらせたような顔をして、肩をすくめる。

 「なんじゃ、せっかちなやつじゃのう。

 安心せい。妾とはこれから、いつでも話せるようになるのじゃ。

 指示があれば、その時々で妾がちゃんと伝える。だから、その時は素直に従うんじゃぞ?……せめて妾が本当にして欲しい事だけは、聞いて欲しいのじゃ」

 「了解。……今後ともよろしくお願いします」


 軽く頭を下げると、ヴァナは満足げにうなずいた。


 「ふふっ、よきかな、よきかな! よろしく頼むぞ、ディリー!」


 その瞬間、ふっと視界が揺れる。

 まるで意識の底が引っ張られるような感覚――

 そして、世界が、再び暗転した。


 朝――目を覚ました瞬間、妙な気配を感じた。

 誰かが、すぐ隣にいる。そんな感覚。

 まさか、と思ってゆっくり顔を向けると――


 「……うわっ!?」


 思わず心の中で叫んだ。そこには、あのヴァナが当然のように寝ていた。

 彼女の顔までの距離はとても近く、息が届きそうな距離だ。


 「ふふん、何を驚いておる。いつでも話せるようになるって、言ったじゃろう?」

 「いやいや、だからって寝起きにこれは反則だろ……」


 ヴァナは相変わらず自信満々な顔で立ち上がり、腕を組んでふんぞり返った。

 神秘的な見た目なのに、振る舞いは完全にフリーダムだ。


 「これからはのう、お主にはいつでも妾の姿が見えるようになったのじゃ。

 ただし他の人間には見えん。

 妾と話しておるところを他人に見られたら、“あの人一人で喋ってる……やば……”って思われるから気をつけるのじゃ」

 「……そ、それは困るな」

 「安心せい。お主が“今は見えなくていい”と命じれば、妾はその姿を消し、干渉もしなくなる」

 「なるほど。じゃあ……気が散るときは、そうさせてもらうよ」

 「ふむ、覗き趣味は無いから、安心するがよい」

 「いや、そこまで疑ってないから」


 俺がそう言うと、ヴァナはふっと微笑み、すっと片手を空に伸ばした。

 その指先に光が集まり、渦を巻くようにきらめいたかと思うと――

 次の瞬間、光の中心から一本の剣が姿を現した。


 「これはの、お主に与える“第二の力”じゃ。ちなみに、”最初の力”は、どんな言葉でも使える能力じゃ。言葉は愛を伝えるためにあるからのう」


 彼女はそう言いながら、剣を俺の前に差し出す。


 「この剣は、人を斬っても肉体は傷つけず、心を切る魔法の剣。

 つまり――“心の刃”じゃな」

 「……何それ、哲学の授業か?」


 つい突っ込まずにはいられなかったが、ヴァナはまったく気にした様子もなく、得意げに胸を張る。


 「なに、実際に使ってみればすぐわかる。体じゃなく、心に直接効くというわけじゃ。試しにろくでなしがいたら切って見ろ」


 そう言って、彼女はくるりと手をひらひら振った。


 「――では、続きはまた後で! 楽しみにしておるぞ、ディリー!」


 その姿は、光の粒となって、すうっと虚空へと溶けて消えていった。


 「ふう、本当によく分からないことになって来たな」


 俺は、また日常が、面白おかしく変わっていることにワクワクした気持ちを覚えた。

[恋愛戦闘力 100]


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