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第9話 いい人止まり、北欧系ギャルのケツを眺める①


 厚労省の調査では、全国で三千人超いるそうだ。



 ……なにって、ホームレスの人口のことに決まっている。



 もちろん、統計には上がらない隠れホームレスなんてのもいるだろうが、だからといって、そのうちのひとりは実は十代女性でしかもクォーター美少女です、なんて言っても、誰も信じてはくれないだろう。


 しかし、現実とは奇妙なもので。


 今この瞬間も、不健康で非文化的な最低限度未満の生活を送る美少女が、ゴミを漁って生きていた。




 それにしても……


 と、オレはもはや見慣れたゴミ漁り模様を眺めながら、ひとり腕を組む。


 会ってすぐに、付き合ってだとか、ちゅーしてだとか。

 ホームレスを差し引いても、おかしな行動をする女だった。


 灯里が疑うのも無理はない。

 普通の美人だったらオレも近づかなかっただろう。

 

 でも、美人局のようなものを疑うには、臭すぎるんだよな……


 オレは、ゴミ漁り中の燐の後ろ姿を密かに観察する。

 前からだと、かわいすぎる顔面とのギャップに混乱するが、背中からでは、服の汚れや枝毛だらけのダメージヘアが目立ち、割合しっかり浮浪者然としていた。

 ゴミを素手で漁るからか、手の甲には薄い擦り傷が何本も走っている。

 

 謎だ……


 なんでコイツ、ホームレスなんかやってるんだろう……



「うん、今日も充分な収穫だねぇ。じゃ、行こっか〜」



 ゴミ箱から帰ってきた燐は、当たり前のように腕にくっついてきた。

 たゆん、と音が聞こえそうなほど、その大きな胸がオレに密着する。

 

 すでに燐が臭くなり始めていることである程度冷静になれてはいるが、さすがにドキドキしてしまう。



「い、行くってどこ行くんだ? もう狩り場は全部回っただろ」



 数日付き合わされた結果、すべての狩り場――公園内のゴミ箱――の位置は把握済みだ。



「ん〜、帰るの。家」


「家」


「うん、家〜」



 オレは少しだけ期待した。


 家。それは素晴らしい響きだ。

 このまま、公園を抜け、立派な自宅に帰っていき、



「あぁなんだ、やっぱりごっこ遊びだったのか〜」



 となってはくれないものか……



「着いた〜! これが私の家だよ〜」



 彼女が足を止めた場所は、公園の片隅。

 そこには、ブルーシートで囲われた小屋があった。



「……っ」



 人は、あまりにベタだと、絶句してしまうようである。


 小屋は長方形で、高さは一メートルちょっと。

 中で立つことはできない程度の大きさだ。

 ダンボールや木板を型にして、その上をブルーシートで囲い、石やペットボトルが抑えている。

 構造は立派だが、外面は雨風に晒された跡でハチャメチャに汚れていた。



「マジでここで寝泊まりしてんのか……」


「うん。ホームレスだもん」



 燐は他人事のように言う。


 

「最初はダンボールだけで寝てたりしてたんだけど、色々と不便でさ〜。結局この状態に落ち着いたの。やっぱり、家と人生には壁があったほうがいい。あ、これホームレスジョークね」


「……」



 色々とツッコみたいところはあるが、今はそれどころじゃない……



「こんな家じゃ、危なくないか……? 不審者とか……」


「危なくないワケなくな〜い?」


「だよな……」



 愚問だった。


 十七歳の女子が住んでたら危険な場所第一位みたいなもんだろ。


 反省する。



「でも大丈夫。これがあるからね〜」



 燐はおもむろに懐に手を突っ込むと、黒いなにかを取り出した。

 ケースを外すと、中からギラリと危険な光が反射する。


 それは刃渡り十五センチはありそうな、重厚感のあるサバイバルナイフだった。


 

「お前、ずっとそんなん持ってたのか⁉」


「うん〜。実は護身用でね〜」


 

 そう言って、彼女は宙に振り回して実演し始める。



「いざとなったら、こうやってブス〜ッ! で、ブシャ〜!」


「ちょ、刃先こっち向けんな!」



 オレは彼女の間合いから距離を取り、冷や汗をかく。


 もしかしたら、押し倒したときにブス〜ッでブシャ〜!になってた可能性もあったのか。

 知らぬ間に命拾いしていた……

 心の底からホッとする。


 彼女は笑顔でナイフをしまうと、おもむろに家という名のボロ小屋に頭を突っ込んだ。


 そして、



「お待たせ〜、ご飯だよォ〜」



 オレは思わず身じろぎした。


 別の人間が同居してんのか⁉︎


 あ、まさか子持ち……⁉


 それで家を追い出されたってんなら……諸々辻褄が合う……!

 

 脳内で様々な可能性が駆け巡る。


 ところが、中からのそっと出てきたのは、ただの茶トラ猫だった。

 子猫をつい最近卒業したみたいな、ひと回り小さいヤツだ。

 

 外見を一言で表すと、ザ・野良猫という感じ。


 小汚いし、毛並みなんか全身ささくれた枝みたいで、色味からなにから、飼い主に似ていた。

 あと妙に獣臭いのも。



「さっき拾ったお弁当置いといて〜」



 燐が地面を指差す。

 指示に従い、テント横の鍋とかが無造作に置かれているスペースに残飯を置くと、猫はニャムニャム唸りながら、がっつき始めた。


 腹が減っていたようだ。



「弁当、猫のためだったか……」


「なにか言った~?」


「いやなんでも……」



 さすがに本人が食べるわけじゃなかったんだな……一安心だ……



「このネコ、名前は?」


「湯たんぽ」


「え……?」


「勝手に布団に入ってきて温かいから、湯たんぽ」



 平然と言い切る。

 

 生き物を湯たんぽ扱いって……

 やっぱりコイツ、ちょっとおかしいんじゃないの?


 目の前の白銀ギャルに不気味さを覚え始めたとき、オレは足元の猫に汚れた首輪がついていることに気づいた。


 ……捨て猫か。


 なんとなく、察した。


 自分の生活にだって、余裕なんてないだろうに。

 自分以外の命まで気にして、弁当を拾ってきてやって。


 燐は謎だらけの存在だけど……優しい奴なのは間違いなさそうだった。



――――――――――――――――――


次回、いい人止まり、北欧系ギャルからホームレスの所作を教わります。


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