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第6話 いい人止まり、北欧系ギャルを風呂に入れる②


 十分後――。


 ようやくシャワー室から服を着て出てきた燐を、オレは急いで自室に押し込んだ。

 扉を閉めて、ようやく息を吐く。


 これで、燐を風呂に入れるというミッションはほぼ達成だ。

 なんとか、男子寮に嵐を起こさずに済んだらしい。

 

 オレは、部屋を振り返って、その光景に困惑した。


 自慢じゃないが、オレの部屋はハチャメチャに汚い。

 ペットボトルや本や服が常に散らかっていて、寮の友人らからは「最後の秘境」と呼ばれている。


 そんな部屋に、クォーターのとびきり美人がいるんだ。


 しかも、「服を貸せ、さもなくば全裸で出る」と脅され、今のコイツは俺のシャツを着ていやがる。

 いわゆる彼シャツ状態だ。


 やっぱり、現実感がない。


 

 だが、現役ホームレスは、こんな状況に慣れているかのように、髪をガシガシ拭き続けながらベッドに腰を下ろした。


 そして、タオルの下から上目遣いに見上げながら、

 


「髪、乾かしてほし〜な〜?」


「嘘だろ……わがまま放題かお前は……」


「早く〜」



 子供のように余った袖と足をパタつかせる。


 オレは、表向きは呆れたように見せながら、裏では部屋に女子がいるという現実にキョドっていた。


 人形のような美少女が、白い肌を上気させて、ベッドの上に座っている……


 公園にいたときの彼女は臭いしサバイバル感もあったため誘惑に耐えられていたが、シャワーで清潔になった今は、その美しさばかりに目にいってしまう。

 

 オレがドライヤーを手に取ってゆっくりベッドに膝をつくと、二人分の体重がかかったスプリングが、ギシッといやらしい音を立てた。


 

 オレは気まずさをかき消すため、フライング気味にドライヤーを起動し、燐の頭に向けた。


 温風に銀髪が揺れ始める。

 すると、燐も気持ちよさそうに首を傾ける。



 あれ、なんか……野良猫を世話してる気分になってきたな……



 オレは彼女の傷んだ髪に風を送りながら、燐に質問した。


 

「お前、普段いつ風呂入ってるんだ?」


「気が向いたとき〜。あと、こうやってお風呂貸してくれる人がいたときとか〜」


「お、お前他の奴からも借りてるのか! だめだぞ⁉ 特に男なんて……」



 言いかけて、オレは思わず黙った。

 いや、現に部屋にまで連れ込んでる奴が言うことじゃないだろ……



「なに〜? あーし、そんな軽い女に見える〜?」


「見える」



 オレが答えると、燐はケラケラと笑いさえした。

 もっと真剣に捉えてほしいんだが……


 シャワーで脱臭された彼女は、もうどことなく女の子の匂いをさせている気がした。 


 振り回されてるな。とふと我に返る。

 昨日会ったばかりの少女を風呂に入れて、今はドライヤーをかけて……


 間違いなく、振り回されている。

 

 でも、それで楽しい気分になっている自分も、認めないわけにはいかなかった。

 万年いい人止まりだったオレの人生に、美しい花が添えられたような鮮やかさ。


 彼女は、灰色だった世界には眩しいほどに、非日常だった。



   ◇



 燐の髪を乾かし始めて、数分経ったころ。

 オレは、気軽にドライヤーを担当したことを後悔していた。

 

 女子の髪、全然乾かねぇ……


 こんなに乾かねぇもん?

 17年生きてきて、初めての知識だ……


 ようやく半乾きになったかなという辺りで、寮の玄関のほうから、複数の男の声が聞こえてきた。


 時計を見ると、もうそろそろ完全下校時刻。


 のんびりしていると、生徒たちがさらに帰寮してくるはずだ。

 人目を避けて帰るなら、早いうちがいい。


 彼女も気づいたらしい。


 

「ん〜、そろそろ帰るかなぁ〜」

 


 燐は、オレに手を合わせてドライヤーを止めると、来る前より艷やかになった髪を振って立ち上がった。


 

「生乾きだけど、大丈夫か? 風邪引かないか?」


「慣れてるから大丈夫。あ、送らんでいいよ、来た道覚えてるし」


 

 彼女は着てきた上着を羽織って窓際まで赴くと、開けた窓の縁に腰掛ける。

 部屋に入れるときに使った侵入ルートだ。


 

「じゃ、楽しかったよ、純くん」


 

 おう、と答えようとして――オレは困惑した。


 

「ま、待て……そういやオレ、名前教えたっけ……?」


「え? ううん?」


「じゃあ、なんでオレの名前知ってるんだよ」



 彼女は、考えるように唇に指を当てると、



「……だって、あーしと純くんは前に会ってるんだもん」


「は?」



 想定外の答えに、オレは言葉を失う。



「そ、それはいつ……」


「秘密〜」



 彼女は、イヒヒと笑うと、

 


「じゃあね〜。お風呂貸してくれてあんがと〜、きもちかった〜」



 と言って、窓をひょいと乗り越えてしまった。

 急いで窓から顔を出すと、燐は悪戯っぽい笑みで手を振りつつ、紅葉に染まる道を駆け去っていく。


 オレは呆然としながら、その背中を見送るしかなかった。



 す、すでに会っている……?



 オレたちは、どこかで知り合いだったのだろうか。

 でも、外人の知り合いなんていた記憶はない……



 最後の一言は、一体……?



 戸惑いながら部屋に戻る。

 すると、床に落ちた一枚のプリントに目が留まった。


 点数が悪すぎて放置したままの、数学の答案だ。

 そこにはオレの自筆の名前が書いてあった。



 なんだ、これを見ただけか……



 オレは少しホッとして、続いてやってきた問いに再び眉をひそめる。



 なら、彼女はなぜ、前に会っているなどと言ったのだろう……


 ただの悪戯……?

 それにしては、突拍子もない言葉に思える……


 実は幼馴染……? 

 知り合いの娘さん……?

 まさか、生き別れの妹……!?



 オレはしばらく頭を悩ませて、そして、そんな自分を鼻で笑った。



 振り回されすぎだ、お前。




―― 第一章 北欧系銀髪美少女よ、頼むから風呂に入ってくれ  了 ――




――――――――――――――――――


【第一章までお読みくださり、ありがとうございました】


もし少しでも楽しめた箇所があれば、お好きな形で応援いただければと思います。


また、コメントで一行でも感想をいただけると、心が回復するので。


もしよければ、お願いします。


――――――――――――――――――


次回、いい人止まり、幼馴染に罵倒されます。

 


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