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鎮めよ!  作者: オノダ竜太朗
第1章 諸法無我〜俺たちには実態がない
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松下劉弦

第5話 雲仙と優禅


 台所には雲仙うんぜんさんが、サラダの皿を並べていた。雲仙さんは和尚のところに元からいたお弟子さんで、表向きには俺たちの『兄弟子』ということになる。


「すみません。運ぶの俺、やります」


 俺は慌てて配膳を代わろうとするが、「いいんですよ。座っていてください」と雲仙さんは笑顔で答える。その言葉に促されて椅子に座るが、兄弟子に配膳をさせてしまっているのは、どうも落ち着かない。一休に『下働き』などとバカにしているが、俺たちもここでは下働きの分際なのだ。ジュワーッと油の跳ねる音がして、肉が焼ける匂いがした。僧侶だからと言って精進料理ばかりではない。肉も食えば、酒も飲む。朝食はお世辞でも美味いと言えない精進料理だが、昼夜は別だ。奥では優禅ゆうぜんさんが料理している。優禅さんの作る料理はどれも美味い。


「今日の昼飯、なに?」


 匂いに釣られてやってきた天馬が、呑気な顔で席に着いた。こいつは兄弟子だろうが、気を遣うことを知らない。


「下働きの分際で、偉そうですね」


 奥から両手に皿を抱えた一休が配膳しながら嫌味を言った。


「そんなことを言うもんじゃないですよ」


 優禅さんも皿を両手に、余分な口を叩く一休を軽く窘たしなめる。

 目の前に並べられたのはハンバーグ。フライドポテトとニンジンソテーが適量乗せられている。子供も大人も喜ぶメニューだ。本人に聞いたことはないが、優禅さんの前職は調理関係の仕事だったと推測する。

 これも聞いたことはないが、2人の年齢だ。40代半ばの俺と天馬に比べて、明らかに肌艶がいい。兄弟子だが、歳は俺たちよりも多分若い。それがわかっているのか、2人とも俺たちには敬語を使う。蓮実にも敬語だ。蓮実は俺よりも6つ若いから、38だ。雲仙さんと優禅さんは、もう少し若いと見ている。30代前半といったところか。


 箸を付けようとする天馬に、雲仙さんが掌で遮る。


「和尚を待ちましょう」


 2人とも体が大きく、2人並ぶとまるで風神雷神のような風貌だが、物腰が優しい。歳上の俺たちに気を遣ってくれるが、規律は重んじるといったタイプだ。

 また飯の前にあの長い話を聞かなきゃならねえのか、という不満気な態度を取るが、天馬は素直に箸を置いた。グルメ番組のインサート映像のように美味しそうな湯気を立てているハンバーグを前に、「せっかく出来立てなのに、冷めちまうよ」と天馬が言うと、待ちましょう、と優禅さんはまた優しく言う。

 少しばかり談笑をしていると、廊下から法衣の布の擦れる音と、踵が床を踏む音が近づいてきた。和尚だ。

 和尚は台所に入ると、皆が揃っていることを確認し、雲仙さんと優禅さんにも座るよう命じた。一口お茶をさすると、食事の前のお説教が始まる。

 今日は『諸法無我しょほうむが』について。始めは何やら難しい言葉から話し始めたが、後から俺たちにもわかりやすい言葉に言い換えてくれる。「あの人は嫌だ、この人は嫌だと区別し、好き嫌いで区別することを分別ふんべつというが、仏の教えだとこの分別が苦しみを生む。他人を羨んだり、距離をとったりと、自分の他人の間に境界線を引く。例えば、誰かのハンバーグの方が大きい、ずるい、羨ましい、こういう考えが浮かんでしまうことが苦しいのです」

 和尚がそこまで話したところで、天馬は一休のハンバーグの方が大きいと取り替えようとしていたところ、バツの悪そうな顔をして手を膝に置いた。


「健康状態であったり、心境であったり、常に移り変わるものの中、私という実態もないのです。それが仏の教えです。今が永遠に続くことはあり得ないのです。だからこうして今日を有り難く迎え入れ、優禅が用意してくれた食事を有り難く召し上がりましょう」


 みんなが静かに一礼し、食事が始まった。

 猫舌の俺には、和尚の話の後の冷めた飯くらいが丁度いい。

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