6.イベントアイテム?
「お婆さん、本当に痛い所は無いですか?こういうのは最初驚いて痛みを感じないだけで、後から腫れたり疼いたりする事もあるから心配だわ…」
「…お嬢ちゃんあんた変わってるねぇ、普通のお貴族様ならこんな物乞いの婆さん…いやその辺歩いてる平民連中だって…ほら見てご覧よ、誰一人足を止めるどころか見向きもしない。誰だって避けて通るって言うのにさ、ましてやあんたみたいに若い子が…」
「目の前に人が倒れてたんですもの、当たり前でしょう?まあ…確かに最後は少し格好悪かったわね、私もこの子みたいに格好良く着地を決めたかったわ!
フフフッそれにしてもさっきのこの子ったら、両手両足ピーンと伸びてて…フッフフフッ!あんな瞬間を間近で見れるだなんて!あっ…私ったら二人の災難を笑ってしまってごめんなさい」
「いんや構わないさ、それよりもあんたのその服も本も……すまなかったね。それにワシの方こそあんたの親切にあんな酷い事を言っちまって…」
「いいの、他人を警戒するのも当たり前だもの。それに本も中身は読めるし、服だって屋敷に帰るだけだから…あっ馬車っ!お婆さん、本当に送って行かなくて大丈夫?」
「ちょっとお待ちよ、あんた時間あるなら一緒に来な。礼をさせておくれ…それと名前を」
「やだわ、それこそ気にしないで!私のお節介なのだから。名乗るほどでもないと思うけど…
ンンッン『クロシタン子爵家のレイラと申します。この度はお二人にお怪我が無くてようございましたわ。オホホホホ』
それじゃあお婆さん、もう行くわね私馬車を待たなきゃいけないの」
麗良が大仰にカーテシーで名乗り、自分でやっといて可笑しくなったのか、クスクスと笑いながら別れを告げていると、その足元の小さな存在に気付く。
断固阻止すると言わんばかりに麗良の足に擦り寄り、ちゃーちゃーと鳴き声を上げ、ウルウルと見上げてくる子猫に誰が抗えよう…。
「お嬢ちゃん、このチビ助だってあんたに恩義を感じているんだろうよ。ほれワシの店はすぐそこだから一緒に来とくれよ」
老婆と黒猫から引き止められた麗良は、素直に付いて行く事にした。普段ならきっと丁寧に断りを入れていただろう…いくら女性で、たとえ老婆であっても慣れない場所な上に初対面であるのだから。…しかし麗良はこの非日常的なハプニングに身を任せる事にしたのだ。
「さっ入っとくれ、茶でも淹れるからちょっと待ってな」
狭い路地を進み、曲がったり交差したりを繰り返し、麗良が「すぐそこ」とは?と老婆との感覚の違いを感じ始めた頃、その雰囲気ある小さな店にたどり着いた。
ひっそりと…そして怪しく佇むそれは周囲と比べると明らかに異質で思わず躊躇してしまう。しかしここまで来た麗良の選択肢は、▶︎引き返す ▶︎店に入る✔︎の一択であった。
膝の上の黒猫はゴロゴロと喉を鳴らしすっかり寛いでいる…。薄暗い店内では見回してみても何を扱っているのかも分からない。壁には薬草の様な植物が束で干されており、カウンターに木の椅子があるだけの空間にソワソワ…ワクワクしていると
「ほらよ、お貴族様の口には合わないだろうが、うちで一番上等な飲み物さ、あんたは恩人だからね!警戒せずに飲むといいよ」
「お…美味しい…凄く美味しいです!それに……」
「そうかい、そりゃ良かった!ちょうど喉も乾いてたんだろうよ…うんこりゃ美味い!キヒヒ…」
そう笑いながら、音を立ててそれを飲んでいる老婆…
(これって…緑茶?いいえ少し違うけど、葉っぱみたいな…薬草茶ってやつかしら?初めて飲むわ…。なんだか懐かしい感じもするし、疲れが取れたみたい)
「さぁ、お嬢ちゃんにこれをやろう!流行っとるんだろう?ワシらからの礼として受け取っておくれ」
「え?これ…日記帳?凄いわお婆さん!本当は今日これも見たかったの。ちょうど新調しようと思ってて…中を見ても?」
「勿論だとも、それはもうあんたのだよ!
この店はね、客が欲しい物…必要としてる物を売ってるんだ。まぁ店なんだからそれが当たり前なんだけどね、ここはちぃとだけ他所とは違うのさ。
それよりも、嬢ちゃんも日記を付けてるのかい?」
「えぇそうなの、でも上手く書けなくて…今の日記帳はただの行動記録で一冊終わっちゃいそうだから、この際新調しようと…でもこんなに豪華で素敵な物頂けないわ、でもとっても気に入ったから代金を…」
「やめとくれ、それは野暮ってもんだよ。ワシらの感謝の気持ちに値段を付けようってのかい?お前さんが律儀なのは分かるが、そこは素直に受け取っとけばいいんだよ」
「うーん…うん、ごめんなさい。お二人のせっかくの気持ちを台無しにしてしまう所だったわ…この日記帳、ありがたく頂戴しますね。素敵な日記帳をどうもありがとう、大切にするわ!」
「ハハハッそれでいい、いい。いいかいお嬢ちゃん、その日記帳だけどね…どうせ見るのは自分だけなんだから上手く書く必要はないんだよ。何もその日にあった事を記すだけが日記じゃない、表に出せない素の気持ちや…自分の望み、夢……。
それに嫌いな相手を貶すのも、自分を褒めるのだって自由だ。書きたい時に書きたい事を書けばいいのさ」
「そうなのかしら…そうね、きっとお婆さんの言う通りなのかも!私難しく考えすぎてたのかもしれないわ…」
「そうそう、たとえ厄介な運命を背負ってしまったとしても…肩の力を抜いて、笑って今を楽しむんだよ…。
さてと、馬車の時間があるんだろう?このチビ助が案内するから付いて行くといい。それでこの店に来たい時はさっきの木の所でこの子を探してみな、運が良ければまた来られるだろうよ」
「えぇ、ありがとう…ありがとうございます、お婆さん。きっとまた遊びに来ます!その時はまた…このお茶を飲ませてくれますか?」
「へぇ、気に入ったのかい?フフフ…いいよ、また出してあげるからいつでもおいで…ただし辿り着ければね…」
老婆に別れと礼を言って店を出た麗良は、黒猫の後を付いて行く。途中振り返ったが…あんなに異彩を放っていたあの店はどこにあったのかわからなくてなっていた。不思議に思いつつ黒猫に呼ばれたので先を急ぐ麗良なのであった…。
「おや、早かったじゃないか…ちゃんと送って来たんだろうね?」
「今回はやけに入れ込んでますね?あの本だって簡単に渡しちゃうし、良かったんですか?」
「フフ…あんな不憫な子も珍しいよ、運命の悪戯って言葉がまさに当てはまるぐらいにね…。でもお前も見ただろう?あの子の優しさも正義感も、曇る事なく真っ直ぐ綺麗だった。私はねああいう子を見ると応援したくなるのさ…」
「だからって…あんな薄汚れて、皺だらけの婆さんにならなくても…」
「馬鹿だねぇ…私がこの姿で倒れてても、寄ってくるのは下心のある若い男だけさ。
あれだけの人間がいて誰一人手を貸さなかっただろう?…まぁ集団思考、群衆心理ってやつで無意識に責任回避するのさ、そんな中…個人の倫理観や常識を貫ける人間は少ない。
薄汚れてるから助けない、身なりがいいから助ける、周囲からよく見られたいから、そんな損得勘定抜きであの子は、『自分の目の前に誰か倒れている』その事実だけで動いたんだ。当たり前としてね!私が気に入るには十分だろう?」
「そうですねぇ…確かに珍しい雰囲気してましたねぇ
、でもそんなに気に入った人間に、あれを渡してよかったんですか?貴女の魔法…あの魔道具は諸刃で使用者の人生を狂わせかねないと、以前仰ってたでしょう?」
「あの子は根本が違う…少し覗いてみたけど、ここの貴族連中やこの世界の常識とは違う考えや感覚の持ち主だった。言ってみれば異質…異端、……そんな彼女をこの私が助けてやるのも乙ってもんさ!キヒヒ」
「その笑い方…今のお姿には似合ってませんよ!
全く…皮肉屋の貴女様らしいお考えだとは思いますがね。それよりも、彼女…気付きますかね?」
「さぁどうだろうね?」
そう言って妖艶に笑いながら、カウンターで回復ポーション入りのお茶を飲んでいる美女は、心配症の使い魔の頭を撫でながら、先程まで目の前にいた少女に思いを馳せていたのであった…。
『美魔女』という言葉をよく耳に目にしますが、
中年以上の一般女性が「魔法をかけているかの様に美しい」という様を例えた造語らしいです。
言い得て妙だと、語呂の良さや意味合い…そのセンスに脱帽し汗を拭う作者なのでした( ˙꒳˙ )ノ