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麗良の覚悟とその影響

読んでくださりありがとうございます。



 パーティー翌日に目を覚ましたレイラ・クロシタンは家族に心配され、説明を求められたが固く口を噤んだ。


何故なら中身は…黒下 麗良で、彼女はまだ状況を把握しきれず戸惑っていたのだ。その姿が家族にはどう映ったのか…周囲もそっとしてくれていた。



麗良は戸惑いつつも気付いたことを、一つずつ分析していった。幸いな事に学園は長期の夏期休暇に入っているので時間はたっぷりとあった。


まずはここが、覚めない夢の中ではなく…現実世界であり、これまで自分が生きていた世界とは別の世界である事。


そして自分が…知らない誰かだった事、倒れる寸前流れ込んできた記憶と感情はその人のものだったのだろう。間違いなく…一人の女性がこれまで生きてきたあかしとでも言うべきか、それが自分の軌跡として書き加えられた事。


気付いた事はまだある。自分が意識をしなくても、動作や仕草、口から出る言葉もこの世界の仕様になってくれる事。…これがご都合主義かとありがたくも感じるが、まるで自分が自分で無い様な感覚もある為…どうしても不自然になってしまう事。



冷静でいられたのは、衣食住が確保されており、保護してくれる家族がいてくれたからだ…。たとえそれが他人に思えても、いずれ意識の定着が進み…時間が経てばその違和感も無くなるのだろうと、何故か麗良にはそれが分かっていた。


麗良はどうする事も出来ない状況に困惑し悩んだが、どうする事も出来ないと理解し受け入れない事には…何も進まないと気付いてからは早かった。


そして初めて思い至る事…それはこの体の本来の持ち主のレイラ・クロシタンの事だった。

何故自分はここにいるのか?…死んでしまったのかどうかも分からない、しかし彼女は違った。間違いなく入れ替わる寸前まであの場のパーティーにパートナーと参加していたのだから…。


(彼女も向こうに行ったのかな?彼女は大丈夫かな?)


心配だが…確認のしようが無いから、せめて…新しく生まれ変わったのだと前向きに生きて欲しいと願った。自分だってそう思って無理にでも…少しでも前向きに考えないと、不安で押し潰されそうだったから…。




そうやって麗良は自分がレイラになった事に少しずつ折り合いをつけていき、休暇中は勉強に励んだ。

自分で学んで身に付けたかったのだ…。


そんな彼女を見守っていた家族達は、パーティーで娘が婚約者を拒否する態度や、これまでの二人の関係性を知って…婚約を解消する事を麗良に提案したのだった。

婚約者と良い関係を結べず…ないがしろにされていた彼女が、自分と同じ様な環境にいた令嬢が格上の相手から愛され結ばれた瞬間を目の当たりにして、何を思い…どう感じたのかを思い遣った結果だった。


麗良はその提案に頷いた。まだ麗良の思考が占めていた時、話が通じない知らない男から詰め寄られ…腰まで抱かれ恐怖しかなかったのだ。


レイラの記憶から婚約者と知っても…彼のこれまでの態度を考えると、悪いとは思っても…解消を覆すまでには至らなかった。


「焦る事はない」と腫れ物に触れる様な接し方をする家族には、申し訳なさを感じる事もあったが…麗良はこれ幸いと自室に籠り本を読んだり勉強したりと、自分の為に時間を使った。


その時間で麗良はある事を始めた。それは日記を付ける事、万が一自分とレイラが互いの体に戻れた時に…少しでもレイラの助けになるかもしれないと考えたのだ。


(日記なんて…いつぶりかな…もう覚えてないな)


こうして少しずつ麗良の記憶が薄れているのを感じる時もあり…仕方ないと諦める事もあるが、その反面絶対に諦めたくない事もあった。


それはこれまでの自分の習慣と自分の行動理念であり、それらを絶対に曲げたくなかった。たとえ周囲から変な目で見られたり心配されようとも、麗良は出来る限りそれを貫いた。


郷に入ってはなんとやら…ではあるが、たとえそれらの事が、この世界の常識から外れていようが…麗良は自分の存在を残したかったのだ。



例えば食前、食後は必ず手を合わせ「頂きます」「ご馳走様でした」を必ず口にした。家族に倣いレイラとして神に食前の祈りで感謝を捧げる習慣もあったが、麗良は麗良として行動した。


最初はいぶかしげに見ていた両親も給仕の者も、麗良からその言葉や行動の語源や由来、そして


「神様には心の中ででも、いつでも感謝を捧げる事が出来ますが、わたくしは身近な人達にも感謝を伝えたいのです、言葉に出して自分の口で」と。


その揺るぎない言葉を聞いた家族はレイラの考えに賛同した。


レイラの両親は、キリアンの件から貴族然とした考え方を押し付けず、レイラの変化に気付きつつも成長なのだと受け入れ、その後もレイラの言動を矯正する事なく尊重したのだった。



ークロシタン子爵家にてー


「以前から物静かな方だったけど、最近は雰囲気も変わったと思わない?優しくなったっていうか……」


「そうそう、前も穏やかだったけどね!

他のお屋敷の子達は気難しい主人で苦労してるって聞くし…お嬢様方の我儘って大変そうよね」


「この前なんか私にお菓子を包んで下さったのよ!」


「何それなんで?どういう事?」


「私もびっくりして聞いてみたわよ、そしたらね」


〈これを置いてくれているのはあなたでしょう?良い香りで心が安らぐわ、お陰で寝付きも良くなったの。甘い物が苦手でなかったら休憩の時に食べてね〉


「って下さったの!私がベッドメイクする時にポプリを置いていたのに気付いて、直接のお礼どころかお菓子まで…」


「ちょっとあんた、そんな事してたの?」


「だって…お嬢様その頃、よくうなされてて…あんまり眠れてなかったみたいだし…元気が無かったでしょう?ほら、婚約者様との事もあったし…」


「お優しい方よね、私も具合悪くて辛かった時があったの、それを知ったお嬢様ったらね…後の事は大丈夫だからって一人でご入浴されて、私を早く帰してくれたの。部屋に蜂蜜と薬まで手配してくださって…」


「私も告白するわ!私ね…お嬢様のお気に入りのカップ一式を落として割ってしまったの…もう終わった、って目の前が真っ暗になった時、お嬢様ったらまず怪我が無いか心配してくださって、新しいティーセットでお茶を飲む楽しみが出来たわって、私の粗相を秘密にしてくれて…一言も咎めなかったの!」


「うわぁ…あんたメイド長にバレてたら今ごろどうなってたか…。あっ!あんたを脅迫するネタが一つ増えたわ、これもお嬢様に感謝しなきゃね」


「ちょっ!それはないでしょー」


あははははとメイド達が声をあげて笑い合っている。

麗良の優しさや思いやりの心がきっかけなのは間違いなかったが、本来のレイラにも優しさはあったのだ…感謝する心も、心配する心も、失敗を咎めない心も。ただそれを口に出してはいなかった、対して麗良はそれらを素直に言葉にして行動し、自分の気持ちを正しく相手に伝えていたのだ。


余程捻くれた人間でもない限り、人は礼を言われ、自分の行いが評価される事に…喜びや充足感、また達成感などを感じるだろう、そしてそこに主従関係があれば尚更に。


自然とクロシタン子爵家では感謝の言葉を口にする者達が増えていき屋敷内の雰囲気も良くなっていったのであった…。



夏期休暇もそろそろ最終日を迎え…学園生活が再開される日がすぐそこまできていた。




次回…麗良が学園に行きます(多分、きっと…)

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