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毛根の世界に転生しました

作者: えつお

私は桃田愛理。年は17だった。

だったと言うのは、それが前世の話だから。

今は生まれ変わって名前もないし年もわからない。


前世での私はぴちぴちの女子高生で可愛いと近所でも評判だった。

家はお父さんがいなくてお母さんと妹と3人家族だったけど、家族の仲は良くて不満なんて何もなかった。

勉強はあまり出来なかったけれど、別に困ることもなかったし、女は愛嬌よってお母さんは言っていたので、いつもニコニコしていれば大概のことはなんとかなった。

嫌なことがあっても表には出さないようにニコニコしていたので、ちょっとバカな子だと思われていたと思う。


周りに流されやすい性格だったので、友達に誘われて夜遊びしたりパパ活したりもした。

でもちょっとだけご飯をご馳走になったり、洋服を買ってもらうくらいで、身体を売るような真似まではしたことはない。

その辺の線引きはちゃんとしていたし、ものすごい悪いことをした記憶もない。


それなのにパパの1人がある日を境におかしくなった。

ブランド物のお財布を買ってもらって、帰ろうとした時にホテルに誘われたのを断った後からだ。

本当はバッグが欲しかったのだけれど、流石に高いし、気を遣って財布にしたのに、「散々貢がせておきながらふざけるな!」と怒鳴って腕を掴んできたのだ。

必死で振り解いて逃げたけれど、その日からパパは毎日私に付きまとって、友達にも怒鳴ったりするようになってしまった。


友達は怖がって私に近づかなくなってしまうし、他のパパに会いに行けないしで、困った私は警察に相談することにした。

交番に行こうとした日に、またパパが現れて文句を言ってきたので、「これから警察に行くからあんたなんて捕まればいい」と言った瞬間、私はパパに刺されて死んだ。


目が覚めると白い部屋でおじいさんが立っていた。


「桃田愛理、人の心を弄んだ罪、お金を騙し取った罪、親不幸の罪だな。地獄に行くほどではないとはいえ、少し魂の修行が必要なようじゃ。お前は毛根に転生して髪の毛を生やし続ける修業を課そう。」


「え?ちょっ…」


何言ってるかわかんない、という間もなく私は毛根に転生していた。


なんていうか人の感覚で言うと頭にべとっと張り付いているような感じで存在していると思って欲しい。お腹側から何か栄養のようなものを吸収して、ふんぬっと気合いを入れると背中側から毛が生える。

栄養がないと私は痩せ細ってしまうし、背中を覆われてしまうと毛を生やすのに必要な気合いがすごく必要になる。

まあ、これに気がついたのは最近なんだけど。


転生してすぐの時はどうやら私(毛根)の本体はまだ赤ん坊のようでお腹の下の方からほんぎゃあほんぎゃあという鳴き声が聞こえてきた。

私もまだ身体(?)が出来上がっていなかったし、何が何だかわからず、毛を生やすなんて芸当は出来なかったので、ただただ日々ぼんやりと過ごしていた。


本体が2歳くらいになったらなんだか私の体も大きくなって時々力が漲るような感覚になることがあった。

そういう時にフンッと力を入れると私の背中から出ていたポヤポヤの毛が少し太くなった気がした。

2年も経つと本体に愛情も湧いてきた。母性かな?

本体は木梨順也という名前らしく、家族からはジュンたんと呼ばれている。

3つ上の智也という兄がいるようで、この兄が凶暴極まりない。

しょっちゅう暴れてジュンたんを叩いたりつねったりする。

髪の毛を引っ張って来ることも多いので、その度に私はジュンたんの毛を守るべく体に力を入れて毛根を引き締めた。


智也に根こそぎ毛をむしられないよう、私はジュンたんのために気合いを入れる練習をした。暇さえあればフンッ!フンッ!と気合を入れて毛を太くしていたので、3歳くらいには会う人会う人にフサフサね〜と言われるほどになった。


高校生くらいになるとジュンたんは髪の毛をセットするようになった。

私が気合いを入れまくったので、ジュンたんは若干剛毛になってしまっていて、毎日結構な量のスタイリング剤を擦り込んでくる。

シャンプーは毎日しているが、男の子だからなのか洗い方が雑で汚れが落ち切らない。

私の背中(毛が生えている面?)は時々かぶれて痒くなり、毛を生やそうと気合を入れても力が出ないことも多くなった。


さらにジュンたんはある日髪のカラーリングを行った。

ドラッグストアで売ってるようなやっすい薬剤を振りかけられて、私は一瞬昇天しそうになった。

私が昇天したが最後、ジュンたんはこれから一生ハゲとして生きていくしかない。

そんな不憫な思いをジュンたんにさせるわけには行かないと私は必死で気力と体力を振り絞ってその拷問に耐えた。

なんとか耐え切りはしたが、消耗が激しく、1ヶ月は髪を太くすることができなかったし、ごくごくわずかではあるけれど身体(毛根)の一部は再起不能になった。

私だって高校生の時にはスタイリングもカラーリングもやっていた。

まさかそれがこんなにダメージのある物だとは思わなかった。

でもそれをジュンたんに伝える術はない。

私はただただ耐えるしかないのだ。


時々やってくるカラーリングの拷問に耐えながらも私はなんとかジュンたんの毛を生やし続けた。

それでもやっぱりダメージは蓄積していって、昔ほどの力はもう出せない。


ジュンたんが社会人になる頃には安物のカラーリング材に曝されることはなくなったが、スタイリング剤は相変わらず刷り込まれてくる。

お酒を飲みに行った帰りなどは、酔っ払ってお風呂に入ることもなく寝てしまうので、私の身体はベタベタのままで、ひどく息苦しくて、弱っていくのを自分でも感じていた。


私の努力の賜物でジュンたんは元々が剛毛だったため、相変わらず周りからはふさふさ認定されていたが、ある日私の身体の一部がカチカチに固まったようになって全く動かなくなってしまった。

気合いもいれられないし、感覚もない。

お腹から吸収した栄養を流そうと思ってもそこの部分には流れていかないのだ。


どうしたもんだかと悩んでいると、ジュンたんは智也に「順也、禿げてっぞ」と言われた。

頭の後ろに10円ハゲができてしまったらしい。

私は自分が不甲斐なくて少し泣いた。

ジュンたんを20代でハゲにしてしまうなんて、情けないにも程がある。

やっぱり前世の経験不足だろうか。60歳くらいまで生きていたらなんとかする方法を見つけられたかもしれないのに…


ジュンたんはその日のうちに皮膚科に言った。

皮膚科の先生は塗り薬を処方してくれて、しばらくはスタイリング剤を使わず、刺激の弱いシャンプーをするようにと言った。


塗り薬をジュンたんが塗った途端、私は全身がカッと熱くなるのを感じた。

目があれば血走っていただろうし、足があれば駆け出していただろう。

とにかく興奮状態になったのだ。

そして私の身体の強張った部分がゆっくりとだが解されていき、血が通い始めるのがわかった。


興奮状態の私はフンッフンッフンッフンッ!と絶え間なく気合いを入れる羽目になり、何日かすると身体全体が元気になり、麻痺していた部分にも細い毛を生やすことができた。

ここ何日かはスタイリング剤も使われていなかったので本当に気持ちよく過ごすことができた。

ジュンたんの毛量も全体的に増やしてあげられた。


この10円ハゲ事件以降、ジュンたんは少し私を大事にしてくれるようになった。毎日髪は丁寧に洗うし、シャンプーやスタイリング剤も質の良い物になった。

私は生き返った気分でジュンたんの毛を太くした。


そんな私を少しずつ蝕んでいるものがあったのに、当時の私はご機嫌で全く気がついていなかったのだ。


それに気がついたのはジュンたんが40代になった頃だった。

きっかけはやはり智也の「順也生え際きてんじゃね?」の一言だ。

ジュンたんもショックを受けていたが私はそれ以上にショックを受けた。

私は毎日毎日フンヌと気合を入れていたし、毛が生える実感もあったのだ。

これはどういう事だと体の隅々まで気を巡らせてみると、なんだかコロコロした物が身体の中にたくさん詰まっていて、しかもそれは生え際や天辺など偏った場所に集中しているのを感じた。

私の気合いはそのコロコロに吸収されて毛が生えていた感覚もそのコロコロによる紛い物だったと気がついたのだ。

少しずつ私に蓄積し私を蝕んでいた物…

おそらくこれは男性ホルモンだろう。

栄養だと思い全てウェルカムで受け入れてしまっていたのだ。

私の気合いは独り相撲だったとわかり、私はひどく落ち込んだ。

そのせいで多分ジュンたんの生え際はさらに後退した。


そこからジュンたんはマッサージと育毛剤が日課になった。

マッサージをするとコロコロが均等になり、育毛剤でブーストされると私の気合いでコロコロを少し減らすことができた。

毛量自体は若干増やすことができたが、私も歳をとったのか力が足りず、毛質はやや細目でポヤポヤしたものになってしまったが…


ジュンたんは加齢に抗い、50代になるとマッサージと育毛剤の他に飲み薬にも手を出した。

飲み薬を飲み始めてからはコロコロが流入してくる量は劇的に減ったが、私自身にもう力が無くなってしまっていた。

なんとか現状維持をしようと頑張ってはいたものの、毛量は少しずつ減少し続けていた。


神様、ジュンたんの髪の毛を守ってください…

そう祈って私は意識を失った。

毛根としての人生を終えた瞬間だった。

ジュンたんがその後どうなったのか気になるが、神様にお祈りもしたし、きっとなんとかなることを信じよう。


再び意識を取り戻した時、辺りは眩しい光に包まれていて何も見えない。

身体は急に温もりから引き離されたように少し冷たい感じがする。

苦しくなって深呼吸をしようとした途端、私の口からオギャアという声が出た。

私はまた転生したのかな。

今度はまた人になったんだろうか。そう考えているうちに頭の中から、桃田愛理の記憶もジュンたんの記憶も消しゴムで消すように薄れていった。


「オギャアオギャア」


「よしよし、生まれてきてくれてありがとう。あなたの名前は美穂よ。元気に育ってね。」


私は優しい声に包まれてゆっくりと揺すられながら眠りについた。







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