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境界線で君を待つ  作者: 柏井清音
2章
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お説教

 アメリカ人とは、バーベキューが大好きな生き物である。もちろん、例外はあるので、全てのアメリカ人がそうだとは言わないが、少なくともヘイグランド家では、年間を通して庭でバーベキューパーティーを開催していた。


 おじさんの友達が主に招かれているため、国籍、人種ともに様々な人が、各自でサラダやデザートを持ち寄って、おじさん自慢のハンバーガーやホットドッグに舌鼓を打つのだ。礒狩(さがかり)家も都合がつくかぎり参加し、慶たちに混じってこのパーティーを手伝っていた。


 ゴールデンウィーク真っ只中のこの日も、午後からヘイグランド家でバーベキューパーティーが催されるため、朋は慶と二人で近所のスーパーにお遣いに来ていた。


「玉ねぎ、牛ひき肉、あと飲み物だな」

 朋がメモを読み上げ、慶が商品をカートに入れていく。

「あっ! お前、そっちよりこっちの方が安いだろ! 値札ちゃんと確認しないとダメじゃねえか」

 母との買い物する際に節約を教え込まれている朋は、慶が取ろうとしたものの隣に並んでいたひき肉のパックに誘導する。

「どっちでもいいじゃないか」

「よくねえって。1円でも安く買わないと、あたしが母ちゃんに叱られる」


 スーパーで勤務している朋の母は、「お買い得ハンター」である。チラシを片手に数件のスーパーを梯子して安い商品をゲットする熱きハンターである。母の尊い教えは朋にも叩き込まれているのだ。

「あと、肉の色とかもちゃんと見ろよな」


 慶が従順に肉の色を見比べ、より良いものをカートに入れた時、二人の背後で声がした。


「ねえ、さっきから聞いていたけど、あなた、言葉遣いが酷過ぎない?」


 驚いて振り返ると、60代くらいのふくよかな女性が不快そうに目を細めていた。明らかに自分に向けての言葉だったので、朋は瞠目した。

 女性は値踏みするように朋を足の先から頭のてっぺんまで見回し、言葉を続ける。


「あなた、女の子でしょう? 男の子みたいな喋り方して。下品で聞いてるこっちが恥ずかしくなるわ」


 女は女らしく、男は男らしく。互いの領域を越えてはならないという、前時代的な考えを持っている人は、朋の祖父母の年代に多い。性別によって求められる言動があり、それから少しでも逸脱すれば、公然と非難される。


 今まで学校の教師などから注意されたことはあったが、こんな公共の場で、全くの他人から窘められたのは初めてだった。


 朋は口が悪いことは自覚しているが、それは家族や親しい友人に対して話す時だけに留めている。赤の他人や目上の人などには敬語を使うようにしているのに、己に話しかけられたわけでもないのに、わざわざ慶との会話に聞き耳を立て文句を言ってくる人物にとやかく言われたくはない。


 それに、朋は「女」という枠組みに押し込められるのが嫌でわざと粗野な口調で話しているのだが、それを彼女に説明する必要性を感じなかった。


(まいったな。こういう人は、何を言っても聞く耳を持たないんだよな)


 自分の価値観に確固たる自信を持ち、それを他人に押し付けることに何の疑いも持っていない人間は、こちらが反論しても納得することは決してないのだ。むしろ相手にとっては親切に忠告しているだけのつもりなのかもしれない。


「えっと……」


 どう対応すべきか思案する朋の声をかき消すように、女性はさらに語気を強めた。


「ご両親はどういう教育しているのかしらね。気を付けた方がいいわよ。そんなんじゃ、将来誰もお嫁にもらってくれないわよ」


 ムッとして顔が熱くなった。朋だけでは飽き足らず、親まで貶されたこともある。それ以上に「大人になったら結婚するものだ」という決めつけと、「女は男に選んでもらう生き物だ」という受け身で卑屈な思想に辟易した。

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