そういうお年頃
「なあ、あたしらって、おかしいのかな?」
学校の帰り道、朋はコンビニで買ったメロンパンを咀嚼しながら呟いた。中学である程度の成長期は終わっていたが、三度の食事でも足りないお年頃だ。もっとも、クラスの女子たちはペンケースと見間違うような小さいな弁当箱を持ってきて満腹だと言っているから、男子と同じくらい食べる朋が規格外なのかもしれない。
視界の端で慶がこちらを振り向くのが見えたが、朋は視線を足元に落としたまま歩き続ける。
「昼休みに、和枝が言ってたろ? 幼馴染でも、特別な理由がないと一緒にいるとおかしいと思われるって」
「……くだらない」
「でもさ」
「言いたいやつには言わせておけばいい」
朋の脳裏に、昼休みに慶を呼び出した伊藤の姿が浮かんだ。今はまだ入学してから間もないから、ああいうことは高校に入ってから初めてだったが、中学時代は毎週のように誰かに呼び出されていたのだ。時間が経つにつれ、慶の魅力に気が付く女子も増えていくに違いない。
「でもさ、お前に彼女ができたら、そういうわけにもいかないんじゃないか?」
朋は困惑したような慶の横顔をじっと見上げた。
「……は? 何で俺に彼女ができるわけ?」
「いや、だって、あたしらも高校生だし。分からないじゃねえか。幼馴染とはいえ、自分の彼氏が他の女とずっと一緒だったら、嫌なんじゃないかな」
朋は誰かを好きになったことがないから、想像しかできないけれど。マンガやドラマでは、それで色々揉めているではないか。「わたしの彼氏に近づかないで!」とか、「わたしと女友達、どっちが大事なの?」ってやつだ。
朋の言葉に、慶がはっきりと顔を顰めた。
「俺、彼女なんていらないよ」
「でも、お前の外見だけじゃなくて、性格を見てくれる人が出てくるかもしれないだろ? それがすっげえかわいい子だったら?」
「顔なんてどうでもいい」
「まあ、お前はそう言うだろうな。見た目で寄ってくる女にうんざりしてるし」
「……朋は」
普段より低い慶の声が聞こえた。はっと振り向くと、慶はじっと朋を見下ろしていた。思わず足が止まる。
「え?」
「朋は、俺に彼女ができたらいいと思ってるの?」
朋は困惑して目を見開いた。いいとか悪いとか、そういう問題ではない。
慶の声は、いつも淡々として、落ち着いている。口数も少なく、自分から話題を振ってくることもあまりない。人形のように整った顔に浮かぶ表情も乏しいため、家族や親しい友達以外からは、何を考えているのか分からない、近寄りがたいと思われることが多い。幼いころから一緒にいる朋はもちろん、些細な表情の変化や声のトーンに滲む慶の心情を拾うことができる。
「いや、そうじゃないけど、お前、何でイラついてるんだよ?」
「別に、イラついてない」
そう言いながらも、慶の眉間に一層深い皺が寄る。表情を隠すように、片手で髪を掻き上げ、そのまま頭を押さえて長い溜息を吐いた。
「いや、だったら、怒ってるのか?」
いつもは無表情だが、今ばかりは誰が見ても不機嫌な顔だ。きれいな顔が目を細めてこちらを睨みつけているのだから、免疫のない女子たちは泣いて逃げるか、別世界への扉を開いてしまうのではなかろうか。
「何だよ。何で怒ってるか、言わないと分からないだろ」
しばらく逡巡した後、慶は再び口を開いた。こうやって何か言う前に言葉を整理するのは、慶の癖だった。感情に任せて言葉を吐き出すことは滅多にない。
「俺は他人を納得させるために生きてるわけじゃない。朋と一緒にいるのは、俺が朋といたいから。そんなこと、他人に説明する必要を感じない。だから、朋を遠ざけようとするやつらの意見なんて、これっぽっちも興味がない」
一息で言って、慶は薄茶色の瞳で朋の瞳を覗き込む。慶にしてはかなりの長文を話したことに驚いて、朋は苛立ちと不安を湛えた彼の双眸を見返した。
「朋が嫌だって言わない限り、俺は今まで通り、朋と一緒にいる」
夕方の冷えた風に、慶の長い髪が舞い上がった。
「そっか……。悪い、あたしが気にし過ぎだった」
こくりと頷いて、慶は軽く朋の手を引いて歩き出した。どうやら、この話はこれでおしまいだ、と言いたいらしい。
胸のもやもやが薄くなったのを感じて、朋は慶の背中を追って歩き出す。
風に乗って、焼き魚の匂いがしてきた。どうやら、早めの夕食の支度をしている家があるらしい。我が家の今晩の夕食は何かなあ、と考えていると、不意に慶が口を開いた。
「……朋はどうなの?」
「え?」
慶は足元に視線を落として続ける。
「誰かと付き合うようになったら、俺が邪魔になる?」
慶の声に、脳の奥底に閉じ込めた記憶が蓋を押し上げた。ねっとりとした不快感が胸を中心に広がって、朋は思わす頭を振った。
「……そんなこと、あたしに起こるわけないって、知ってるだろ、お前」
弱々しく吐いた言葉は車の騒音に溶けたはずなのに、慶は痛いものをこらえるような顔で朋を見て、すぐに視線を逸らした。
「……ごめん」
「……もう、この話はやめようぜ」
視界の端に、慶が頷くのが見えた。
気まずさを取り繕うために、朋は半分食べかけのメロンパンを慶に差し出す。
「食うか?」
慶は無言でそれを受け取り、口に入れた。