アイデンティティークライシス2【慶視点】
そんな動物園のパンダ状態だった環境を悪化させたのが、二次性徴だった。慶は幼い頃も背が抜きんでて高かったが、小学校高学年になると筍のように身長が伸び、声変わりを迎え、体つきも男っぽくなった。そんな慶に肉食動物のごとく食いついてきたのが女子たちだった。
中学に入ってからは廊下を歩くだけで黄色い悲鳴が聞こえてきたり、持ち物が無くなったり、女子の注目をやっかんだ素行不良の生徒や先輩たちに目を付けられたりと、毎日辟易していた。
家族同然に育った朋だけは、慶を特別扱いすることがなかった。何故なのかそれとなく聞いてみたことがあるが、朋は怪訝な顔で言ったのだ。
「考えてもみろよ。お前、毎日自分の母ちゃんを『日本人だなあ』とか、父ちゃんを『今日もバリバリのアメリカ人だなあ』って考えながら生活してるか? してないだろ? それと同じことだよ。あたしの頭の中で、お前は『慶』っていう人間として登録されてて、そこに男だとか、日本人だとか、アメリカ人だとかの補足情報は書かれてないんだ」
自分の本質だけを見てくれる朋は、慶にとってかけがえのない存在だった。恋人でもないのに四六時中一緒にいるのは変だという他人の意見など知ったことではないし、とやかく文句を言われる筋合いはない。そんな奴らのせいで朋と気まずい思いをしたくない。
「……二度と話しかけてくるな」
遠ざかる伊藤の背後に呟いた慶の声は届いていないだろう。それでも少し、溜飲が下がった気がした。
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