田舎町のクリスマス2
まだ暗いうちに、ぱっかりと目が開いた。スマホを確認すると、まだ午前四時だ。もう少し寝ようと思い、目を瞑って横たわっていても、全く眠気が襲ってこない。どうやら、これが時差ボケというものらしい。
延々とスマホをいじって過ごし、ようやく八時頃に日が昇り始めた。慌てて窓から外を見ると、地平線から朝日が顔を覗かせていた。
「すげえ、本当に、何もないな……」
遠くに別の農場が見える。その周辺に木が生えている以外、森もなければ、山もない、至って平坦な大地がどこまでも続いている。雪に覆われて真白な中、ところどころに黒い点のように見えるは、放牧されている牛だろうか。
朋は身支度を整えて、なるべく足音が鳴らないように気を付けながら、階下のキッチンへ向かった。キッチンにはすでにスーザンがいて、コーヒーのいい匂いがしていた。やはり、慶はまだ起きていないようだ。
「おはよう、朋。コーヒーいる?」
「おはよう、スーザン。ありがとう。もらうよ」
コーヒーと、コーヒーに入れるクリーマーをもらった。ヘーゼルナッツ味のミルクのようなもので。ブラックコーヒーに入れると、ものすごく美味しくなる。
ちびちびコーヒーを飲みながらも、キッチンの窓から見える地平線を眺めた。拙い英語で、「すごい景色だね」と伝えると、スーザンはコーヒーカップを片手に、誇らしげに胸を張った。
「ここには何もないけど、本当にいいところよ。私はここ以外には住めないわ」
田舎で小さな町が多く、雇用も決して多くはない。そのため、若者たちは大学を素業すると、都会へ引っ越してしまうことが多いんだとか。
日本の地方でも過疎化の問題があると聞いたことがある。どこも同じような悩みを抱えているんだな、と思っていると、階段がぎしぎし鳴って、慶がキッチンに姿を現した。
「おはよう……」
寝起きなので、髪が爆発している。からまった毛糸の塊が歩いているようだ。
「おはよう。お前、頭すげえぞ」
「ん……」
慶はのそのそとバスルームへ向かう。数分後、身なりを整えて戻って来た。
彼は冷蔵庫の中からクリーマーと、牛乳を取り出し、戸棚から巨大なシリアルの箱を取り出した。
「朋は、何か食べた?」
「いや、まだだよ」
「遠慮しないで、適当に冷蔵庫とか戸棚漁っていいよ。アメリカでは、親しい人の家の冷蔵庫を勝手に開けるのは、普通だから」
「そうなのか?」
慶は朋と二人分のシリアルを用意しながら頷いた。日本だと、勝手によその家の冷蔵庫を開けるのは憚られる。朋だって、ヘイグランド家にずかずか入っては行くが、冷蔵庫を勝手に開けるようなことはしたこどがない。
朝食を終え、皿を洗うと、ダイニングルームの隅に、天井に届くほど大きなクリスマスツリーが鎮座していた。すでに飾り付けはされていて、ツリーの周りにはプレゼントが積まれている。
「後で、ここにプレゼントを置こう」
「分かった。恵瑠は今日来るのか?」
「昼ごはんは一緒に食べると思う。明日は親戚の家で集まるから、その時も来ると思うよ」
「えっ、あたしも親戚の集まりに行くのか?」
「もちろん」
「いいのか?」
「近くに家族がいない友達とか、付き合ってる相手を連れて行くのは、普通だよ。特に、朋は俺や恵瑠にとって家族みたいなものだし。クリスマスにひとりで過ごすって言うと、ものすごく同情されて、『絶対にひとりはダメだ。家に来い』って言われるらしいよ」
「へえええ~」
何でも、恵瑠と同じ大学に通う、日本からの留学生の体験談らしい。
アメリカ人にとって、クリスマスはそんなに思い入れのある行事なのか。日本では家族というより、恋人と過ごすことに重きを置かれているイメージなので、実に興味深い。
「それにしても、立派なツリーだな。本物か?」
「うん。クリスマスツリーを育ててる農家があって、事前に木を選んでおくんだ。時期が来たら、自分で取りに行く」
言いながら、ツリーの下を覗き込むと、根本はバケツのようなスタンドに固定されていて、飾っている間は水を足す必要があるらしい。
日本から持ってきたプレゼントを並べ終わると、愛犬のボブを連れて外へ出た。本日の気温はマイナス十三度。ダウンジャケット、手袋、マフラーを着用し、恵瑠のスノーブーツを借りた。ヘイグランド家は毎年のようにクリスマスをここで過ごすので、家族分の防寒着とスノーブーツが保管されているらしい。
外に出ると、露出している部分の肌が痛いくらいだった。太陽の光が積もった雪に反射して、ものすごく眩しい。
家の側には大きな納屋と、収穫したトウモロコシを収納しておく巨大な円柱型の檻のようなものが建っていた。
「グランパが生きていた頃は、ここでも牛を育ててたんだけど、今は土地だけ他所の農家に貸してるんだ。春と夏はトウモロコシを栽培して、秋と冬にはその農家の牛を放牧しているらしいよ」
朋と慶がぶらぶらと庭を歩いていると、牛を放してある区域との境目にあるゲートに、牛が集まっているのが見えた。もっと近くで見てみようと近づくと、牛はじりじりと後退って逃げた。大きな体でも、ものすごく臆病らしい。
広大な庭を歩き回ていると、すぐに昼食の時間になった。
家の中に入ろうとすると、車が近づいてくる音がした。振り返ると、真っ赤な車がこちらへ来るところだった。家の脇に駐車すると、中から厚着した恵瑠が出てきた。同時に助手席から背の高い男も出てきた。
「久しぶりね、二人とも」
「おう、恵瑠じゃねえか!」
慶と交代で恵瑠とハグをすると、恵瑠は背後でにこにこしていた男を振り返る。
「こちらはエリックよ。エリック、私の弟の慶と、幼馴染の朋よ」
エリックは慶と同じくらい長身で、柔らかそうな金髪に、青い目が優しそうな青年だった。何でも、彼は恵瑠と同じ大学の学生で、この後、実家のある街まで数時間かけて帰省する予定だという。明日のクリスマスは恵瑠と過ごせないことから、イブである今日はスーザンに招かれて、昼食を共にすることになったらしい。要するに、恵瑠の彼氏のようだ。
一通り挨拶し終わって、どこからか走って来たボブにじゃれつかれながら、四人で家に入る。
スーザンを手伝ってダイニングテーブルに昼食を配膳する。この日のメニューはポテトソーセージという、ポテトと豚肉、ハーブなどが詰まった大きなソーセージ、マッシュポテトとグレイビーソース、茹でたグリーンピースだった。スーザンとエリックが食前のお祈りをささげた後、大皿の料理を順番に回して取っていく。恵瑠、慶、朋はキリスト教徒ではないので、お祈りの最中は両手を膝にのせて、じっとしているだけだ。
食べている間も恵瑠の大学のことや、エリックの出身地、このポテトソーセージはどこそこの家の旦那の手作りを売ってもらったものだとか、他愛もないおしゃべりが続く。基本的に、朋は英会話が苦手なので聞き役に徹し、慶はいつも通り無言で大量のソーセージを次々と口に入れていく。
食後は、スーザンが前日、空港に迎えに来る前に焼いておいたクリスマスクッキーを食べた。地域差はあるようだが、この地域ではクリスマスにケーキを食べる習慣がない。もっぱら、各家で代々伝わるレシピでクッキーを焼いて、何日もかけて食べるものらしい。
食事が終わって、エリックを送るついでに、恵瑠に町を案内してもらうことになった。
「町といっても、本当に何もないわよ?」
車で十五分の距離にあるのは、人口数千人という、小ぢんまりとした町だ。町の端から端まで車で走行しても五分程度しかかからない。日本でもお馴染みのハンバーガーのチェーン店や、日本では見かけないアイスクリームのチェーン店、十分な大きさのスーパーマーケットが数店あるので、そこまで不便なようには見えなかった。
町の南側はダウンタウンと呼ばれ、古い建物が多かった。道はアスファルトの代わりにレンガが敷き詰められており、とても風情がある。
ダウンタウンを抜けると、道もレンガではなく、アスファルトになった。町の北側、中心から少し離れたところに、恵瑠の通っている大学がある。広大な敷地に、いくつもの建物が並んでいる。アメリカンフットボールの競技場や、ゴルフコースも完備されているらしい。
「私の専攻はビジネスで、副専攻が心理学だから、あっちの建物と、こっちの建物に受講する講義が集中しているのよね」
教科によって建物が違っているらしい。今は前半の学期が終了し、クリスマス休暇中なので、構内は閑散としているが、学期が始まれば、多くの学生が行き交うそうだ。
大学構内を車で一周してから、スーザンの家まで送ってもらう。夕飯までテレビを観たり、のんびり過ごした。クリスマスイブなだけあって、ニュースで「サンタクロースは今、どこを飛行中で、天候次第で到着が遅れる」などの予報をやっていたのが面白い。子供たちはこれを観てわくわくしているのだろうな、と思うと微笑ましい。
ダイニングルームのクリスマスツリーや、暖炉に飾った靴下などが、いかにも外国にいるという雰囲気を盛り上げてくれる。しかし、ウキウキした気持ちも、時差ボケには勝てなかった。夜の八時を回る頃には眠くて起きれていられなかったので、朋も慶も、早々に就寝した。




