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境界線で君を待つ  作者: 柏井猫好
番外編

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田舎町のクリスマス1

「うおおおお!! すっげえ、さみい!」


 強風と突き刺すような寒気に、朋はダウンジャケットの襟を掻き合わせた。目の前では道路に粉雪が叩きつけられ、一瞬の後に風に煽られて再び宙に舞い上がるという、おおよそ東京では見られない光景が広がっている。


「運悪く、すごい寒波に当たっちゃったね」

 背後で慶がぽつりと呟いた。振り返ると、寒そうに身を縮める慶の隣に、白髪を短く切り揃え、眼鏡をかけた白人女性が立っている。

「改めて、ようこそアメリカへ! さっそく中西部の冬の洗礼を受けたわね!」

 豪快に笑いながら、力強く抱きしめてくれる。

「サンキュ、スーザン。久しぶり!」

 朋がだとだとしい英語で返すと、白人女性ことスーザン・ヘイグランドは、にっこりと笑った。

「さあ、家まで、ここから車で二時間だから、さっさと出発しましょう!」


 冬休み、クリスマスを慶の祖母であるスーザンと過ごすため、朋と慶はアメリカ中西部に来た。羽田空港からミネソタ州ミネアポリスを経由して十五時間ほどで到着したこの地は、冬になるとマイナス20度程になる極寒の地だ。そのうえ、二人は今シーズン最悪の寒波と一緒に上陸してしまった。空港の電光掲示板に表示されている現在の気温は華氏マイナス18度、日本で採用されている摂氏に換算すると、約マイナス28度だった。


 屋外の駐車場に急いで移動し、大きなSUVタイプの車に乗り込む。

 空港に着いた時点ですでに日が暮れていたことと、天候が悪いせいで、車窓から見える景色は一面濃い灰色に、次から次へと吹き付ける白い雪がまだら模様を作るという残念なものだった。途中ガソリンスタンドでトイレ休憩を挟みながらも、ハイウェイをかっ飛ばして走ること二時間、ようやくトウモロコシ畑の真ん中にぽつんと建つスーザンの家に到着した。


 屋根に雪が積もった家は小ぢんまりとしていて、スーザンがせっせと飾り付けたクリスマスカラーの電飾や雪だるまの置物などで賑やかな外観となっている。


 アメリカというと巨大な家を想像するが、この家はスーザンの義父が八十年ほど前に建てた、いわば手作りの家で、寝室が三つにキッチン、ダイニングルーム、書斎と地下室という、掃除が苦にならないサイズだった。普段はスーザンがひとりで住んでいるので、十分な大きさといえよう。ちなみに、スーザンの夫は彼女より随分年上だったので、すでに他界している。


 恵瑠も秋までこの家に住んでいたが、今は大学近くで一軒家を借りてルームシェアをしているようだ。アメリカでは高校を卒業すると親元を離れるのが一般的なので、恵瑠も二年生になったのを機に独立したらしい。


 三人が家に入ると、スーザンの愛犬ボブが出迎えてくれた。雑種とのことだが、大きさは中型犬くらいで、がっしりとした体躯をしている。耳が垂れていて可愛らしい。


「さあさあ、疲れたでしょう。今、暖炉に火を入れるから」


 地下室に巨大な空調システムがあるため、この地域の家は全ての部屋に二十四時間暖房が効いている。それでも、暖炉というのは癒しと温もりを提供してくれる大事な存在だ。


 スーザンが夕食の支度をしてくれている間に、朋と慶は二階にある、それぞれの寝室に荷物を運び入れた。朋と慶の寝室は廊下を挟んで向かい合っている。朋の部屋には大きなベッドと、アンティーク調のドレッサー、そして箪笥が置いてあった。


「そこは恵瑠が使っていた部屋なんだって」

 自分の部屋にスーツケースを置いてきた慶が朋の部屋の戸口に寄りかかりながらあくびをしている。長旅と時差ボケで眠いようだ。

「へえ、何か、居心地のいい部屋だな。このドレッサーなんか、大切に使われてきたのが分かるよ。丁寧に手入れされてて、すごく味がある」

「うん、父さんもこの家で育ったし、置いてある家具はほとんどグランパかひいおじいさんの代から使ってるものだから、結構年季が入ってるんだけど」


 日本の自分の祖父母の家とは全く違った趣がある。地震がない地域なので、築八十年の家でも、手入れさえきちんとしていれば、全く問題なく住み続けられるそうだ。

 寝室には大きな窓があった。覗き込んでみても、外が真っ暗なので、自分の顔しか見えない。せっかく初めて海外に来たので、景色も楽しみたい。


「明日は晴れる予報だから、きっと外に出れるよ。と言っても、本当に畑以外何もないけど」

「そっか。明日はクリスマスイブだし、色々楽しみだな。町にも行ってみたい」


 スーザンの家から、恵瑠の通っている大学のある町までは車で十五分の距離にある。日本の感覚だと町と呼ぶよりは村に近いような規模だが、この周辺では「タウン」と言う単語を使うのだそうだ。


 手早くおなかを満たして休めるように、その日は結局、ホットドッグで夕食となった。付け合わせに、きゅうりのピクルス丸々一本、市販のポテトチップスと、ポテトチップスに付けるディップというクリームチーズのような質感のものが出てきて驚いた。


「なあ、アメリカって、夕飯にポテチが出てくるの、普通なのか?」

 日本語だが、何となくスーザンに聞こえないように小声で慶に訊ねると、彼は無表情のまま頷く。

「家によるけど。夕飯に限らず、ランチにも出てくるよ。サンドイッチのチェーン店に行くと、セットメニューにドリンクとポテチ、あとはクッキーとか選べるようになってるところが多い。多分、フライドポテトと同じような感覚だと思う」

「確かに、揚げた芋だけどさ。すげえな、これぞ異文化だわ」


 日本ではホットドッグも食事というより、軽食に分類される気がする。ポテトチップスなど、完全にお菓子である。お菓子が夕食の一品として出てくるのは想像していなかった。


 さっと夕食を食べてシャワーを浴び、ベッドへ潜り込む。いつ眠りに落ちたのかわからないくらい、疲れ切っていたようだ。

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