花火大会1
結局、慶はドラッグストアのバイトを蹴り、朋と一緒に近所の倉庫で、8月だけ仕分けの仕事をするとになった。客商売ではないため、不特定多数と接することがないのが決め手だったそうだ。慶は愛想がないし、朋もどちらかというと人見知りをする方なので、黙々と作業できる方がありがたい。倉庫には冷房がない部分もあるのが難点だが、二人は特にトラブルも起こさず、真面目に勤務している。
「しっかし、毎日暑いよなぁ」
バイトの帰り道、コンビニで買ったアイスクリームを食べながら、朋は気だるくぼやく。
二人とも汗だくで、仕事着から汗の臭いがする。早く帰宅してシャワーを浴びたい。
蝉が嫌がらせのように鳴いているが、彼らも短い命を燃やして必死なのだと思うと、邪険にするものかわいそうだ。
「日本の夏はどうしてこうも蒸し暑いかね。あーあ。オーストラリアに親戚でも住んでれば、毎年行くのにな。南半球は今、冬だから」
「本当にね」
生憎と、慶の祖母の家もアメリカ中西部という、夏は東京と同じくらいの高温と湿度に悩まされる土地にあるため、避暑地には向かないらしい。多くの家が全館空調システムを持っているため、トイレで踏ん張っている間に熱中症になる心配がないのは東京よりいい点だそうだ。ちなみに、冬はマイナス20度くらいになる極寒の地と化すという。
「そういえば、今度花火大会に行こうって、まな美が言ってたな」
朋は通りがかった町内会の掲示板に目を留めて呟いた。8月に入ると都内では色々な場所で花火大会が行われている。まな美と約束している花火大会の開催は8月中旬のものだ。河川敷に会場が設置され、会場付近には夜店が出て、毎年大変な賑わいを見せる。
「和枝は彼氏と行くから、行くとしたらあたしとまな美なんだけど、お前も来るか? 慶が来るなら誰かイケメンの友達連れてきてって言われてるんだけど……」
「イケメン……」
慶はしばらく考え込んだ。慶にもそれなりに友達はいるが、彼らがまな美の審美眼に適うかと問われると、微妙なところだろう。
「まな美は適度なマッチョが好きみたいだぞ。でも、あたしらの友達にマッチョはいねえよな」
二人で顔を見合わせる。
「ま、当日までに、まな美が誰か連れて行くやつ見つけるかもしれないからな」
朋は肩を竦めた。
案の定、花火大会数日前にまな美から、連れて行く人が見つかったとメッセージが来たのだった。
「久しぶりだなあ、ヘイグランド、礒狩さん!」
花火大会の待ち合わせに現れたのは、白い歯眩しい安達と、ピンク色の浴衣に身を包んだまな美だった。側に何人か安達の男友達らしき人物がいたが、バスケ部の仲間ではないようで、幸い慶と掴み合いになった男は来ていなかった。
安達と会うのは映画に誘われて以来なので、気まずい。
「チッ」
「ど、どうも! ゴホゴホッ」
慶は安達の姿を見るなり舌打ちをしたので、朋は慌てて咳払いをして誤魔化した。安達に聞こえていないといいのだが。
「それにしても、まな美、よく先輩の連絡先知ってたな」
「ん~、こないだ偶然、バスで一緒になって、その時花火大会に誘ったんだよね。その時に交換したんだ」
まな美は半幅帯に帯締めをし、可愛らしい鳥の帯留めを飾って、浴衣を着物風にアレンジしている。まな美の雰囲気に合った装いは、このイベントにかける彼女の情熱を表しているようだ。
安達先輩は交友関係が広そうで、知り合いにイケメンがいそうだと声をかけたのだという。いかにもまな美らしい強かさである。
「ちょっと、あの人結構良くない?」
「まな美はああいうタイプがいいのか?」
さっそく、安達の友達の一人をロックオンしたようだ。まさに狩人である。目線の先にいた男は確かにガタイがよく、偏見を恐れずに言うなら、柔道部に所属していそうだった。適度にマッチョなようだが、イケメンかどうかは微妙なところだと思う。以前まな美に言われた通り、朋の判断基準は慶のため、どうしても点が辛くなりがちだ。ちなみに、美女の基準は恵瑠である。
もし朋に恋愛感情が備わっているとして、男女問わず、惹かれる外見のハードルが高すぎることが判明した。スタート地点にも立っていないのに、前途多難すぎる。
「花火大会といえばデートだけど、出会いの場でもあるよね! うち、頑張る!!」
まな美は持前の人懐こさを発揮して、積極的に話しかけにいった。是非、獲物を射止めてほしい。
全員で河川敷へ向かってぞろぞろと歩きだす。段々と人混みが増えてきた。
「そういえば、二人はバイトも一緒なんだって?」
「はい、倉庫で働いてます」
安達は感心したような声を出した。
「ヘイグランドはバリスタとか似合うだろうなと思っていたんだが、倉庫は意外だったなあ」
言われて、慶のバリスタ姿を想像する。似合うだろうが、そのカフェは女性客が殺到して嬉しい悲鳴半分、本当の悲鳴半分で、えらいことになりそうだなと思った。第一、バイトに高校生を採用しているかも謎だ。
朋はちらりと横を歩く慶を見た。すれ違う女性たちの熱い視線のせいもあってか、憮然としている。
「慶は見た目がキラキラしてるから誤解されがちですけど、性格は内向的だから、人から注目されたりするのは、あまり好きじゃないんですよ」
「そうかなのか。まあ、確かにいつも注目されると辟易するものなのかもな」
慶は自分の話をされているのに、何を言うでもなく無言で歩いている。
(参ったな、まだ安達先輩のこと苦手なのかよ)
慶は人と距離を置きたがる。そんな慶と親しくなろうとするならば、慶の気持ちお構いなしてグイグイ話しかけていくタイプ――要するに安達やまな美のような性格が実は相性がいいと思う。慶の反応の薄さを気にするタイプだと、そのうち話しかけなくなり、永遠に距離が縮まらないからだ。
実際、入学当初まな美のことを苦手としていたが、彼女は根は人がいいので、慶もすぐに慣れた。安達のことも、しばらく抵抗してみせても、諦めて受け入れるのではと思っていたが、一向にそれが見られないから不思議だった。
「夏休みもあと二週間もすれば終わりだな。二人はバイト以外でどこか行ったりしたか?」
「いえ、特別な予定とかはなくて。バイトも夏休みの間にできる限り稼いでおきたいんで、バイトのシフトも毎日のように入ってますし」
「そうか。じゃあ、二人は夏休みもほぼ毎日一緒なんだな」
「たまにシフトがずれてる時もありますけどね」
「本当に仲がいいんだな。どうだ、ヘイグランド、今度俺たちとバスケでもしないか!? 熱い男の友情を育もうじゃないか! そしてあわよくばバスケ部に」
「入りません。暑いのに無駄に体動かしたくないんで」
「おいおい、即答だなあ!」
安達は明るく笑いながら慶の肩をバシバシ叩く。慶は露骨に顔を顰めた。地味に痛かったらしい。
(先輩、この前の映画の件は気にしてないみたいだ……)
普段通りに接してくれるのが有難い。少し気にし過ぎただろうか。まな美と和枝に相談はしたが、もしかしたら、このまま有耶無耶になって、今まで通り、平穏な日々を送れるのかもしれない。




