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境界線で君を待つ  作者: 柏井清音
1章
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朋と慶3

「ヘイグランド君、ちょっといい?」

 その日の昼休み、弁当を食べ終わって教室で音楽を聞いていた朋たちの教室に、他のクラスの女子が訪ねてきた。


 声の主を確認するなり、和枝が目を見開く。


「あれって、隣のクラスの伊藤めいじゃない?」

「ああ! 入学式で男子がめっちゃかわいいって騒いでた人?」

 ゴシップ好きのまな美は身を乗り出して、食い入るように伊藤を見る。確かに、色白で大きな瞳、短めのスカートから覗く脚はすらりとしていて、可愛らしい容姿だ。


「……何か用?」

 慶はいかにも面倒くさそうに溜息をつきながら立ち上がって、イヤホンを朋に投げて寄越した。

 伊藤の前まで慶が来ると、二人の身長差もあって、やたらと彼女が小さく見えた。男子はああいう、庇護欲をそそるタイプが好きなんだよ、と以前まな美が言っていたことを何となく思い出す。


「えっと、ちょっと、いいかなぁ?」

 伊藤は恥ずかしそうに俯いて、慶の制服の袖を摘まんで廊下に誘い出す。慶は無言で彼女の手を振り払ったが、ゆっくりと後に続いて教室を出る。途中、扉の上枠に頭をぶつけないように上半身をかがめた姿が気だるげで、彼の心境を反映するように、長い髪がゆらりと背中を這った。


「んはああ!」

 教室の扉が閉まるなり、まな美が興奮したように地団駄を踏みながら朋を振り返る。目は「恋バナ大好物です」と主張するように爛々と輝き、頬は桃色に染まっている。

「告白でしょ、あれは! すごいね! まだ入学して一か月経ってないのに!」

「あ~、どうなんだろうな」


 一か月も経っていない、そして、隣のクラスで二人の接点は多くない。そんな状態でよく相手のことを好きになれるな、と朋は呆れて半目になる。

「なになに、朋ってば、嫉妬してる?」

 嬉しそうにニヤニヤしながら、和枝が身を乗り出してきた。朋は片手で和枝の額を押して距離を取る。


「いや、そうじゃなくて。よく知りもしない相手のこと好きになるって、あたしには理解できねえなって」

「ええ、だって、あのイケメンっぷりだよ? さっさと告白しないと、他の女子に奪われるじゃん!」

 まな美は鼻息荒く声を上げた。

「うちのママが言ってた! 社会人になっちゃうと、全く出会いが無くなるんだから、学生のうちに優良物件を捕まえておかないとダメよって!」

「優良物件て……。不動産じゃないんだから」

「いい男はさっさとトンビに攫われるから、狩るなら早めがいいって! 気が付いた時には訳ありのおひとり様しか残ってないって嘆いてた!」

「狩るって……。ハンターか」


 ものすごく偏った考えな気もするが、シングルマザーであるまな美の母が身をもって実感したことらしい。彼女は30代半ばで離婚したものの、周りのいい夫、いい父親になりそうな男性はすでに目ざとい女たちに狩りつくされていたそうだ。「残り物には福があるって言葉は恋愛市場には適用されないのよ」というのは、あくまでまな美の母の意見だが。


「でもさ、隣のクラスだと接点持ちたくても持てないじゃない。悪くないなと思ったら付き合ってみて、お互いのことよく知ってから、合わないなと思ったら別れればいいんじゃない?」

 和枝の援護射撃に、朋は思い切り顔を顰める。


「それって、好きになったから付き合いたいじゃなくて、彼氏が欲しいから、条件に合う男を探してるってことにならないか? バイトの面接じゃあるまいし」

「うん、そうだよ? せっかく高校入ったんだし、恋愛したいじゃん、彼氏欲しいじゃん!」

 まな美は根っからの恋愛脳らしい。今まで誰かを好きになったこともない朋にとっては、未知の生物に出会ったような気分だ。


 そもそも、今まで小学校、中学校ともに「男女」と揶揄されてきた朋としては、誰かに好意を寄せられたことはないし、自分を女子として認識してくる男がこの世に存在するのかも謎だった。


 朋にとって、男子とは、気兼ねない会話をしたり、ゲームで対戦したりする友達要員であって、まな美や和枝の言う「彼氏」という、よく分からない特別枠に祀る対象ではないのだ。


「待て、あたしがおかしいのか? お前たちの言ってることが理解できねえ。『付き合う』って要するに、そいつが特別な相手になるってことだろ? 好きでもないやつを特別な存在に認識できるわけないよな」


 混乱に顔を顰めた朋を見て、和枝とまな美が顔を見合わせ、呆れたような、困惑したような表情を浮かべた。和枝が何か言おうと口を開きかけた時、教室の扉が開いて、慶がのっそりと姿を現した。


「おかえり」

「ん」


 朋の隣の椅子に腰を下ろした慶に、預かっていたイヤホンを返してやる。

「ねえねえ、やっぱり告白だったの、慶君?」

 慶はまな美をちらりと一瞥しただけで、スマホに視線を落とした。

「……別に」

「ええ、知りたい! 知りたいよねえ、朋!」

「いや、あたしは別に……。それに、周りに聞こえたら、伊藤さんかわいそうじゃねえか」

「でもでも!」


 不満気なまな美に、和枝がイチゴ味のチョコレートを差し出す。


「まあまあ、朋の言う通りよ。でも、こんな人目に付く時間と場所で呼び出したってことは、伊藤さんも注目集めるの知っててわざとやったんだろうけど」

「ええ! 何で?」

「牽制じゃない? 私は慶君狙ってるから、手を出さないでねっていう、このクラスの女子、主に朋に対しての」

「はあ? 何であたしなんだよ」


 和枝は呆れたような声を出した。


「さっきから言ってるけど、あんたたち、いつも一緒にいるじゃない。高校生にもなると、男と女が一緒にいるって、幼馴染だっていう以外に、何か特別な理由があるんじゃないかって勘ぐりたくもなるでしょう」

「そんなの、別に理由なんてねえし」

「周りはそうは思わないわよ、って話よ」


 朋は和枝が差し出したイチゴ味のチョコレートを口に放り込むと、もやもやした気分で黙り込んだ。

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