セクシュアリティ2
「肉体関係を持つことに全く興味ない人がいたとして、朋はその人と付き合ってみたいなと思う?」
「……考えたこともねえパターンだな」
性的接触を全く求められないのであれば、その人の性格が良くて、自分とも相性がいいようであれば、嫌悪感を抱かないのかもしれないが、正直、その時になってみないと自分の反応を想像できない。何せ朋は、「恋」というものがどんなものかもよく理解できないのだ。漫画やドラマなどでは胸が高鳴ったり、相手の前だと緊張して挙動不審になったりするようだが、今のところそんな経験はしたこどがない。
「でもまあ、朋の場合は原因がはっきりしてるみたいだから、セクシュアリティの問題じゃなくて、男性に対して嫌悪感とか、恐怖感を抱いているんでしょうけど」
朋が男性を嫌悪するようになった頃は幼過ぎたため、実際に誰かに対して性的欲求を抱くことがあるのかどうかは、トラウマを克服してからでないとわからないだろう。
しかし、どうしたら克服できるようになるのか分からないし、果たして自分は、男性に対する恐怖感を取り除きたいと思っているのだろうか。朋にとって、男性を拒絶して遠ざけることは、最大の防御だからだ。今更それを止めてしまうと、非常に無防備に感じて心許ない。
悶々と考えていると、まな美の明るい声がして我に返った。
「だったらさあ、付き合う前から『キスとかエッチはできません』ってハッキリ言っておけばいいんじゃない? それでもいいって人と付き合えばいいし、付き合ってる途中で文句言うようなやつとは別れちゃえばいいじゃん!」
「うう……。そういう問題なのか? 第一、あたしが他人に対して恋愛感情を抱かないアロマ何とかだって可能性もあるじゃねえか」
「アロマンティックね。まあ、その可能性だって否定できないけど、結論を急ぐ必要はないわよね」
「も~! 朋は根が真面目だから、深く考え過ぎだと思う!」
おかわりしてくる、と元気に告げて、まな美はドリンクバーへと向かった。ついでに和枝と朋のおかわりももらってきてくれるそうなので、ジンジャーエールを頼んだ。まな美が戻ってくると、小腹が空いていた3人はケーキとパフェを注文した。
「さっきの話だけど、別に先輩と仲良くなったら、付き合わなくちゃいけないってわけじゃないでしょ。気楽に考えたら? とりあえず、安達先輩がはっきり『付き合ってくれ』って言ってくるまでは、今まで通り接していればいいんじゃない?」
「好きになってほしくないから、距離を取りたいんだけどさ」
和枝は異論があるように眉を上げた。
「ストーカーになったり、しつこかったり、『何で僕のこと好きになってくれないんだ』って逆ギレしてくる人は迷惑だから拒否するのは当然だけど、例外を除いて、誰を好きになるかはその人の自由であって、朋が『好きにならないで』って言う権利はないと思う」
よく、「恋は落ちるもの」と言うが、誰かを好きになろうと思ってなれるものではない。反対に、好きにならないでいられるものでもない。本人にもコントロールできない感情を、他人が制御できるわけがない。
「確かに、和枝の言う通りだな……」
傷つきたくないあまり、自分のことしか考えていなかったのではないか。近寄ってくる相手を押しのけることに必死で、遠ざけられた相手がどんな気持ちになるかなんて、想像していなかった。
――誰かを好きなるとか、誰かと付き合う以前の問題だな。
通常のコミュニケーションすら拒絶している今の自分が、「交際」という、いわばコミュニケーション力を駆使して挑むラスボスのような関係に対峙できるはずがない。
「もちろん、朋にも断る権利はあるんだから、良く知ったうえで安達先輩はないと判断したら、断ればいいんじゃない? 朋が言うように、誰かを好きになること自体がないのかもしれないし、時間をかけて自分自身のことと相手を知ればいいと思う」
現状、朋は自分のことを知らなすぎる。今まで必死で避けてきたせいか、自分に恋愛感情や性欲というものが備わっているのかも分からない。分からない状態で判断しようとしても、無理がある。
「そうだな……。ところで、こんなことを訊くのもアレなんだが、誰かを好きって、どうやってわかるもんなんだ?」
「うちは、きゃ~!! ってなって、ドキドキして、その人のこと、ずっと目で追っちゃうの。そんで、その人もうちのこと気にしてくれたりすると、めちゃくちゃ嬉しい! ってなる! そんで四六時中イチャイチャしたくなるんだよ!」
「私は、一緒にいると心が落ち着いて、一緒に過ごす時間がすごく楽しいな、って人を好きになることが多いかな。ドキドキよりは安心させてくれる人がいい」
「そっか。好きにも色々あるんだな。何か、まな美が言ってるみたいに、ドキドキして夜も眠れない、みたいなのが好きってことなのかと思ってた」
二人の恋愛観は真逆のように聞こえる。どちらが正解なんてないし、その人なりの恋愛があるということだろう。
二人が頷いたところで、まな美が不思議そうに首を傾げた。
「何かさあ、和枝の話ってすごく具体的だね。過去に何人も彼氏いたみたい」
「そんな何人もいないけど……。今の彼氏が落ち着くタイプっていうか」
まな美と朋はお互い聞こえるくらい大きく息を呑んだ。
「和枝彼氏いるのか!?」
「えっ!? いつできたの!?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「「聞いてない!」」
興奮して二人同時に返すと、和枝は苦笑して、「今度紹介するわね」と言った。