側にいたい1 ー嫉妬ー【慶視点】
「何をやってるんだ、俺は……」
玄関のドアを閉めるなり、慶はその場にずるずるとへたり込んだ。
体育祭で、安達が朋を抱きかかえて救護テントに連れて行くところを目の当たりにして、激情に我を忘れた。嫉妬を垂れ流しにして朋を怖がらせたばかりだというのに。
このところ、安達が頻繁に朋に会いに来る。体育祭も終わったし、リレー仲間という関係もなくなったのにも関わらずだ。ここまでくると、朋と会話するために昼休みに押しかけてきているのだとしか思えない。慶の勧誘は教室に来るための言い訳に使われている気がして癪に障る。
楽しそうに会話し、興味津々といった目で朋を見るのが気に食わない。二人が並んでいるところを見るだけで嫉妬と焦燥感で爆発しそうだった。
普段からネガティブな感情ほど表に出やすいという自覚はあったが、今は表情を取り繕う余裕すらない。こんなにも自分の感情がコントロールできないことは今までになかったように思う。焦るな、押し込めろと自分に言い聞かせても、噴火寸前の火山のようにぐつぐつと怒りが煮えたぎるのを制御できない。
そもそも、自分の恋心は朋にとっては迷惑なのだ。勝手に好きになった挙句、嫉妬で我を忘れて八つ当たりするなど、迷惑極まりない。
「このままじゃ、朋に気付かれる……」
嫌われるのが怖い、朋が自分から離れてしまうのが怖い。でも、どうしていいか分からない。
――苦しくて苦しくて、たまらない。
「あら、帰ってたの?」
リビングから部屋着姿の恵瑠が現れた。ヘイグランド家では姉弟間も英語で会話する習慣があるので、自然と使用言語が切り替わる。
「何やってんの、そんなとこで」
「何でもない……」
「何でもないって顔じゃないわね」
慶は立ち上がって自分の部屋へ足を進めた。鬱陶しいことに、後ろから恵瑠が付いてくる。
「朋に気付かれるって、あんたがあの子のこと好きだってこと?」
「……聞こえてたんなら、いちいち訊くなよ。……それより、何で俺が朋を好きだって知ってるの?」
うんざりして睨むと、恵瑠は呆れた顔をした。
「見てれば分かるに決まっているじゃない」
そんなに自分の態度は分かりやすかっただろうか。他人からは何を考えているのか分からないと言われることに慣れているので、てっきり誰にも気付かれていないと思っていた。それとも、恵瑠が昔から慶と朋を知っているからこそ分かったのか。
(本当に、朋にばれるのは時間の問題だな……)
何とか感情をコントロールしなくては、後悔することになる。
「別にばれたっていいんじゃない?」
「簡単に言うなよ。ばれたら、朋と今までの関係じゃいられないだろ」
勝手に部屋に入ってきて、慶が制服を脱いでいる間、恵瑠はベッドの上でスマホをいじり始めた。
「そりゃあ、今までの関係を維持できたらあんたには都合がいいんでしょうけどね。でも、今のままだとあんたたちどっちも苦しむだけじゃない」
「……どういう意味?」
「あんた、自覚がないの?」
恵瑠はスマホから顔を上げて、ちらりと慶を見た。
「あんたは朋が好きで、あの子を誰にも渡したくない。だからこそ、朋の現状はあんたにとって都合がいいのよ」
恵瑠の言葉が胸に刺さった。
「そんなことはない」と言いかけて、言葉に詰まる。本当に、そう言えるだろうか。
確かに、慶は朋に執着している自覚がある。慶は生まれれ持った性質なのか、育った環境のせいか、他人に対してあまり興味がない。相手に自分のことを知ってもらいたいという気持ちも希薄だ。仲のいい友達はいるが、深いとこまでは決して踏み込ませない。
唯一の例外が朋で、かけがえのない存在だ。だからこそ、朋が男に嫌悪感を持ち、寄ってくる相手を遠ざける現状は、彼女を独占したい自分とって実に都合がいいのではないか。
恵瑠の指摘に、血の気が引いた。
(俺って、最低じゃないか……)
朋は心の傷を抱えて苦しんでいる。その状況にほくそ笑んでいる自分に対し、嫌悪感で胃がむかついた。




