不機嫌
その日、学校が終わっても慶は不機嫌なままだった。帰り道も重苦しい空気が流れ、ちらちらと横目で慶の顔色を伺っていた朋は、家の前に到着すると、ぐったりとした疲労感を覚えた。
体育祭以来、慶が何を考えているのか分からない。妙にイライラしていることが多くなったし、何度理由を訊ねても教えてくれない。こういう場合の慶は、察してほしいから黙っているのではなく、説明したくても言葉にできない、もしくは朋には知られたくないから黙り込むという選択をするのだ。説明しないと決めたのなら、不機嫌を表に出さないでしいのだが、今年16歳の少年には向かって、それは望みすぎだろうか。
「じゃあ、また明日な」
できるだけ明るく言って、そそくさと自宅に入ろうとすると、慶が無言でヘイグランド家を指さす。ちょっと寄っていけ、という意味なのだろう。
「いや、いいよ。って言うか、嫌だよ。さっきからめちゃくちゃ機嫌悪いじゃん、お前」
何に苛立っているのか知らないが、背後でブリザードが吹き荒れている慶と二人きり、部屋で向き合っている自分を想像すると憂鬱になる。今は一刻も早く家に帰って炭酸飲料を一気飲みし、録画していたバラエティー番組でも観たい。
朋の心情を察したのか、慶は気まずそうな顔をした。
「……そっか。ごめん」
「お前も色々あるんだろうけど、一晩気持ちを落ち着けてくれるとありがたいよ。本当に、お前最近変だぞ。反抗期か?」
慶はしばらく視線を逸らせて逡巡した。ややあって、慶がぽつりと零した。
「……でしょ」
「え?」
「怖かったんでしょ?」
慶の薄茶色の双眸が、瞬きひとつ見逃すまいというように、朋を見据えている。
「あいつのことが、怖かったんでしょ、昼休み、手を伸ばされて」
朋は我知らず息を呑んだ。どうしてわかってしまうのだろう。慶には何もかも見透かされているような気さえする。
確かに、朋は「男っぽさ」が苦手だ。家族や慶には反応しないが、親しくない男性の、「男っぽさ」が際立つもの――例えば、大きな手や低い大声、がっちりした胸板などを見ると、軽いパニック状態になってしまう。だがそれを認めるのは、弱い部分をさらけ出すようで抵抗を感じる。
何と言ったらいいかわからずに黙っていると、慶は重くて長い溜息を吐いた。
「こんな所で話す内容じゃないと思ったから、家に誘ったんだけど……。ごめん、俺も、朋を怖がらせたみたいだ」
ふっと自嘲するかのような笑みを零して、慶は身を翻した。その広い背中が、妙に遠くに感じた。
「じゃあ、また明日」
違う、慶のことは怖くない。そう言いたいのに、言葉にならなかった。
口をぱくぱくと開閉しているうちに、慶はヘイグランド家の中へ消えていった。




