ノンバイナリー1
体育祭も終わり、期末テストが近づいてきた週末、朋は昼近くにヘイグランド家を訪れていた。勉強に疲れたし、寝ている慶を叩き起こして、気分転換に買い物にでも誘おうと思ったのだ。
いつも通り勝手に家に上がると、慶の部屋へ行く途中、リビングで恵瑠と誰かが話しているのが見えた。
「よう、恵瑠」
「あら、朋。慶なら寝てるわよ」
「だと思った。起こしてくる」
「ちょっと待って」
恵瑠は一緒にソファに座っていた二人の外国人を振り返った。ひとりは赤毛の女性で、もうひとりは髪が短く、中性的な見た目をしているため、性別は分からない。
「私の大学の友達のミシェルとベラよ。日本に遊びに来てて、今週いっぱいうちに泊ってるの。ミシェル、ベラ、この子はお隣に住んでる朋よ」
英語で紹介された二人はにこやかに手を振ってくれた。中性的な方がミシェルで、名前からして女性のようだ。声はやや低めだが、喉仏も見当たらない。
「ああ、私はノンバイナリーなんだよ。そして、ベラは私のパートナー」
朋の困惑に気が付いたのか、ミシェルが肩を竦めながら言った。不躾にじろじろと見ていたことに、恥ずかしさと申し訳なさで頬が熱くなる。
「ノンバイナリー??」
単語が理解できず、助けを求めて恵瑠を見る。恵瑠は日本語で説明してくれた。
「ノンバイナリーっていうのは、自分の性別を『女性』とも、『男性』とも捉えていない人のことよ」
「えっ??」
朋は驚愕に目を見開いた。どちらでもない性別という概念があることを、初めて知った。
「そんなのって、あり得るのか? でも、ノンバイナリーって単語があるってことは、それなりの人数がいるってことだよな?」
「あり得るもなにも、現にそういう認識の人がいるっていうのは事実じゃない。体と心の性別は必ずしも一致してるとは限らないし、一致してないと間違っているなんてことはないの。だって、正解って誰が決めるの?」
「まあ、そうだけど……。あたしもこんなだし、女らしくしてないと、色々言われることが多いから、何となく、自分が悪いことをしているような気がしてたんだ」
「……あんたはわざと粗野に振舞っているように見えるけどね」
恵瑠はフンと鼻を鳴らした。
「まあ、でも、女に生まれたからって、女として生きて、男を好きにならなくちゃいけないなんて、カビの生えた思想の押し付け以外の何でもないわ。無責任に言いたい放題言ってるやつのことなんて気にする価値もない。時間の無駄よ」
他人の意見に従って「女らしく」しても、朋は不満を抱えたまま生きていくことになるだろう。その結果不幸になっても、誰も責任なんて取ってくれない。「他人の意見に従うと決めたのは自分だろう」と突き放されるだけ。世間の目を気にし、自分を偽った末の結果に、納得なんてできるわけがないだろう、と恵瑠は言う。
「だったら、最初から自分の心に従って、後悔しないように生きた方がいいじゃない。曖昧さを受け入れるのって、勇気がいることなんだと思うわ。でも、全てのことが白と黒で割り切れるわけじゃない。どちらかである必要なんてない。唯一覆せないのは、あんたが礒狩朋っていう人間だという事実だけ」
恵瑠の言葉に、目から鱗が落ちた、いや、目から鱗が落ちたなんてものじゃない。急に目の前が明るくなったような気がした。




