恋と失恋【慶視点】
朋に対する感情を自覚したのは、小学校六年生の夏の日。朋が初潮を迎えたのを目撃してしまった、あの衝撃的な日だった。
それまで、二人の違いについてあまり考えたことがなかったように思う。朋は朋という生き物で、慶は慶という生き物。しかし、その時、慶もまた、はっきりと気付いてしまった。
――朋は女で、自分は男なんだ。
走り去る朋の背中を見送りながら、酷く混乱したのを覚えている。たった数分前と、今の自分たちはまるで別の生物にすり替えられてしまったかのように奇妙な感覚だった。
しばらくして落ち着きを取り戻してみると、気付いたばかりの二人の違いが、慶にはとてもくすぐったく感じられた。朋に会うと妙に意識してしまい、まだ幼さを残す彼女の笑顔を見るたび、心の奥がほんわりと温かくなった。近くで朋の体温を感じると、そわそわとする自分に気が付いた。
(俺、もしかして、朋の事が好きなのかも……)
そう思い至った途端、朋に対して感じていた庇護欲、己の不甲斐なさ、悔しい気持ちの全てが、すとんと腑に落ちた。
そして恋を自覚すると同時に、失ったのだ。
初潮を迎えてから、朋は自分に向けられる異性としての好意に非常に敏感になった。性的な興味を向けられることを心の底から嫌悪していて、「大きな胸に触りたい」など、女性であるがゆえに向けられる欲望のみならず、純粋な朋個人に対しての恋愛感情も混同して、侮蔑の対象にしてしまうのだ。
この想いに気付かれた途端、徹底的に壁を作られ、朋は逃げてしまうだろう。それでなくても最近は、慶との関係を「幼馴染だ」と言い張ることで周りを牽制しているのだ。朋は無自覚なようだが、慶にも彼女を作る選択肢があるのだと示すことで、慶の意識を自分から逸らせようとしている。
朋が望むなら、兄弟だろうと、親友にだろうとなってみせよう。しかし、決して悟られてはならない。この胸の内だけは。
朋はすでに、慶という人物を形成する重要な要素のひとつになっている。失くしてしまえば、どうやって生きていけばいいのか分からない。それだけは避けなくてはならないのだ。朋への想いは、徐々に執着めいたものへと転じていった。
この気持ちを抱いたまま朋の側にいるには、彼女の心の傷を癒し、自分は決して傷つけないのだと信じてもらうしかない。しかし、いくら強く慶が望んでも、朋の心の傷は彼女自身が望んで癒さなくてはならい。慶にできるのは、朋が決心するその日まで彼女がこれ以上傷つかないように、あらゆる敵から守ってあげることだけ。
『それで朋を守っているつもりなんだから、笑っちゃうわ』
ふと、恵瑠の嘲笑が頭の中で木霊した。