表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界線で君を待つ  作者: 柏井清音
3章
16/57

勧誘

「頼む、ヘイグランド! バスケ部に入ってくれよ!!」


 ゴールデンウィークも終わり、中間テストも近づいてきて、ピリピリした雰囲気が漂う教室内に野太い声が響き渡った。


 慶は教室の入口に佇みながら、不機嫌な顔で自分に向かって頭を下げる男を見下ろしている。慶に負けず劣らず巨大な体を屈めた彼は、上履きの色から見るに、2年生だ。


「何回も言いますけど、興味ないんで……」

 無感動な声に、男は弾けるように頭を上げた。両手を合わせて、今度は慶を拝みだす。

「そう言うなって! お前にぴったりな部活だと思わないか? な?」

「……俺、運動苦手なんで」

「大丈夫だって、これから俺たちがみっちり教えるから!」

「結構です」

「なあ、頼むよ! お前、せっかくでかいんだからさ! その無駄に伸びた身長を有意義に使ってみたいと思わないか?」


 明らかに余計なお世話かつ失礼な言葉に、慶はむっつりと黙り込んだ。


(先輩、よくもまあ、飽きずに通ってくるよな。昼休みだってのに、他にやることないのか?)

 自分の席から遠巻きに二人のやり取りを見ていた朋は、呆れて口の端が引き攣るのを感じた。

 二人の攻防は入学から何度も続いているが、一向に慶は首を縦に振らない。それもそのはず、慶は自他ともに認めるインドア派だ。バスケットボールなんて、体育の授業でやったことがある程度だろう。


「……もう来ないでください」

 まだ何か言い募っている男を一瞥して、慶はぴしゃりと教室の戸を閉めた。廊下から聞こえる「待ってくれ~!」という情けない声を無視して、慶は朋の席に戻ってきた。


「おかえり」

「……無駄にでかくて悪かったな……」

 慶は眉間に深いしわを刻みながら、朋にしか聞こえない声で呟く。相当頭にきたらしい。目の前の椅子に腰を下ろした彼に、朋は哀れに思ってスナック菓子を差し出す。

「お前も大変だな。女子にもバスケ部にもモテて」

「……どっちも嬉しくない。朋だって、陸上部が勧誘に来ただろ」

「ああ、入学式のすぐ後だろ。断ったら、すぐに来なくなったぞ」


 朋は中学時代、陸上部に所属していて、それなりに優秀な成績を残していた。3年で引退したのを期に陸上を辞めてしまったが、礒狩という珍しい名字を覚えていた女子陸上部の部長が、直々にスカウトしに来たことがあったのだ。


「あれって、2年の安達先輩でしょ?」

 慶の背後から、和枝が近づいてきた。今日は昼休みに委員会があると言っていたのだが、どうやら終わったらしい。何やら大量のプリントを抱えているので、後ほどクラスで配布するのだろう。


「……あの先輩知ってるの?」

「うん、安達先輩。同じ中学で、委員会が一緒だったから……。ていうか慶君、あんなに頻繁に接してるのに、安達先輩の名前覚えてなかったの?」

 和枝は呆れたように半目になった。慶は悪びれる様子もなく肩をすくめる。

「お前って人の顔と名前覚えるの苦手だったよな、昔から」

「興味ないことは覚えられない」

「しれっと酷いこと言ったわね、今……」

 和枝は持っていたプリントを黒板の前の教卓に置いて、朋たちの席に戻ってきた。


「あれ何のプリントだ?」

「ああ、体育祭のお知らせ」

「もうそんな時期か」


 朋たちの学校は、毎年6月中旬に体育祭を開催している。梅雨の時期に何故、と思ったが、以前は9月に開催していたものを、例年の猛暑が原因で熱中症で倒れる生徒が続出したため、開催日を無理やり移動せざるを得なくなった結果らしい。中間テストが終わったら、赤と白の組に別れて団体競技などの練習が始まるそうだ。


「ホームルームの時間に皆に話すけど、誰がどの種目に出場するか話し合う必要があるんだって。今日の委員会はその会議だったのよ」

「どんな種目があるんだ?」

 和枝は手元のメモを見た。

「全員必ず出場しないといけないのは、障害物競走と大玉転がしかな。団体戦は玉入れ、騎馬戦、ダンス、あとはリレー」


「はあああん! ダンスって、男女ペアなの!? やっだぁ、恋の予感しかしないんですけど! うち、ダンスに出たい!」

 少女漫画を読んでいたまな美は和枝のメモを見るなり身悶えしだした。今日も恋愛脳は絶好調のようで何よりだ。


「慶君とか出ちゃったら、女子の間ですっごい揉めそうだよね!」

 興味が無さそうにスマホゲームをしている慶をちらりと見た。いつも気だるげにしている慶が踊っている姿を想像できない。


「そうねえ、じゃあ、血で血を洗う争いが勃発しかねない慶君は、ダンス以外でお願いしたいかな」

 和枝が苦笑する。


「慶は確実に馬の方をやらされるだろうけど、騎馬戦はどうだ? これなら男子と女子で分けられるから揉めないだろ?」

「中学もそうだったから、別に俺はそれでいいけど」

「じゃあ、ホームルームの時に騎馬戦に手を挙げてね」

 和枝がメモに「慶君:騎馬戦」と記入する横で、慶はスマホから視線を上げて朋を見た。


「朋はどうするの?」

「あたしは元陸上部だし、リレーかな」

「了解。じゃあ、それぞれ希望の種目で手を挙げてね」


 ホームルームでクラス全員の希望を確認した結果、皆の希望通り、慶は騎馬戦、朋はリレー、まな美は応募多数をじゃんけんで切り抜けダンスを勝ち取り、和枝は希望者が少なかった玉入れに参加することになった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ