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境界線で君を待つ  作者: 柏井猫好
2章

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呪い1

 小学3年生の時、朋はある呪いを受けた。

 ある秋の日、慶や他の友達と公園で遊んでいて、忘れ物を家に取りに帰る途中、不審な男に遭遇したのだ。


 時間を短縮できるかもしれないと思って、いつもは通らない人気のない道を選んでしまったのがいけなかかった。途中にある廃屋の前で、40代くらいの男が、帽子を目深に被って佇んでいた。

 何かそわそわと落ち着かない様子に不穏なものを感じ、なるべく男の近くを通らないように足を速めた時だった。


「お嬢ちゃん、どこに行くの?」


 男の声に、朋は思わず足を止めてしまったのだ。訝しく思って男を振り返ると、男は人の好さそうな笑顔を浮かべて近づいてきた。


「家に、帰るんですけど」

「家で、誰か待っているのかな?」

「……お母さんが」

 男はそうか、と呟いて、何か考えていたようだが、朋が歩き出すと、先ほどと同じように笑顔を浮かべて近づいてくる。


「ねえ、おじさん、面白いゲームを持っているんだ。ちょっとこっちに来てくれたら、お嬢ちゃんにあげるよ」

「いりません」

 断っても、男は執拗に後を追ってくる。


 不安で鼓動が速くなった。学校でもらったプリントに、「知らない人にはついていかない」と注意喚起がしてあったことを思い出す。生憎と、今は防犯ブザーを持っていない。どうやって男を遠ざけようか。


 走り出そうとした時だった。


 急に強い力で腕を引かれて、たたらを踏んだ。声を出そうとしたところを、背後から男に羽交い締めにされ、口を塞がれた。身を捩って抵抗するも、男は軽々と朋を引きずって、廃屋の門を開け、中に踏み込んでいった。


 廃屋の玄関は、あらかじめ男が開けておいたらしい。そのまま中に引きずり込まれると、男は後ろから抱きついてきた。


「静かに……。声を上げちゃダメだよ? あまり乱暴なことはしたくないからね」

 耳元で優しく言い聞かせる声は、興奮したように荒い。


 鼓動があまりにも煩く、耳がよく聞こえない。何とか頷くと、男はそっと朋の口から手を離した。しばらく警戒したように朋の様子を伺っていたが、朋が声を上げないと分かると、大きくて肉厚な手で朋の両肩を撫で始めた。


「ああ、いい子だね……。大丈夫だよ。リラックスして」

 肩を震わせた朋を宥めるように、何度も肩を摩ってくる。


「女の子は皆通る道なんだよ……。ほら、こうやって……」

 ナメクジのように、ねっとりと粘着質な指が腕を這う。あまりの不快感に肌が粟立ち、胃の奥から吐き気が込み上げてきた。


 冷水を頭から浴びせられたように全身から血が引いて、背中にはじっとりと冷や汗が滲む。


「女の子は皆、こうやって悦びを教えてもらって大人になるんだよ。僕たち男が、たっぷりと可愛がってあげるんだ。……さあ、気持ちよくしてあげようね」


 暖かく湿った息が右の耳を覆い、恍惚とした男の声が頭に響いた。


 首筋に、柔らかいものが押し付けられた。鉄のように熱く感じ身を竦ませたのも束の間、すぐにそれは男の唇だと分かった。

 男の唇がゆっくりと喉を滑り、鎖骨まで到達した途端、足が震えた。

 まだ平たい胸を揉まれ、恐怖に息が乱れて視界が霞む。

 大声で拒絶したいのに、喉はピッタリと張り付いたように動かない。


 胸をまさぐっていた湿った指が服の上から腹部を伝って、ショートパンツのボタンに辿り着いた。太い指に押されたボタンが、ボタンホールを通るのが、スローモーションのように見えた。何とか身じろぎすると、強い力で押さえられ、背中が屈んだ男の胸と腹に押し付けられる。


「大丈夫だよ。優しくしてあげる…」


 男の、駄々をこねる幼児をあやすような甘い声が耳朶を犯した時だった。

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