変わる! 変わるぞ!! スマホがロボに!!!
「このサクサク感、やっぱ最新式のパソコンは違うな!」
快適なアクセス、滑らかなタイピング、何よりどっしりとした安定感と大型ディスプレイ。
スマホは便利だが、やはり漢が気合いを込めるアイテムではないと感じる。
俺は、猫田宮雄。
23歳になったばかりの、Fラン大卒新米社会人。
ちなみに、この名字と名前だから、当然あだ名は小さい頃からず〜っと「みゃお」。
社会人になった事をきっかけにして、漢らしからぬ可愛いあだ名に抗い、硬派なポリシーにこだわり始めた俺。
その行動のひとつが、大好きだった任侠小説の執筆だ。
『作家獲ったらぁ!!』という、無駄にアツいサイト名にも惹かれ、スマホで執筆を始めたのが半年前の6月。
当時の俺はまだ、仕事のイロハを学ぶ事で精一杯。
当然、パソコンは仕事に占領されており、その姿を目にしただけで毎日の辛さを思い出していた為、小説の執筆はスマホで行う事に。
しかしながら、スマホ作業には限界がある。
殊に任侠小説に於いて、難読漢字の使用は生命線。
にも関わらず、わざと誤字ってんのか!? と疑いたくなるスマホの変換機能には、いい加減ウンザリしていた。
そこで、冬に出た僅かなボーナスをつぎ込み、遂に趣味専用のパソコンを手に入れたのである。
これからはもう、スマホのネット機能は移動中にしか使わないだろう。
ベッドの上でゆっくり休んでくれ、スマホ……。
「若頭ぁ! あっしは納得がいきませんぜ!」
突如として響き渡る、甲高い江戸っ子ボイス。
だが、その威勢の良さとは裏腹に音量は小さめであり、近くに人がいる感覚はない。
テレビ、つけっ放しだったかな?
「若頭ぁ、ここここ! あっしが喋っているんでさぁ!」
その声は、何とスマホから発せられていた。
勿論、誰かと通話していた訳ではないし、ラジオや動画を再生していた訳でもない。
放置していたスマホが、勝手に喋り出したのだ。
「……お、お前? スマホが……どうして!?」
目の前の現象をまだ信じられない俺は、顔面蒼白になりながらも、取りあえずスマホと会話出来るかどうか試してみる。
「……若頭は最近、そのパソコンって兄弟ばかり可愛がって、あっしをガン無視するから、最終機能が作動したんでさぁ!」
開いた口が塞がらない、俺。
最終機能……まあ、工業生産品としてどんな隠しコンセプトがあっても不思議ではないだろう。
だが工業生産品が、自分が無視されたという感情や、ましてや兄弟などという言葉のチョイスを持っている時点で、それはもはや国家レベルの機密であり、少なくともスマホレベルに収めてよい機能ではないはずだ。
「まあ、分かった分かった。放っていて悪かったな。お前は凄い奴だよ! しかしなんで、お前そんな言葉遣いなんだ? スマホの誕生背景を考えたら、古すぎるだろ?」
俺は取りあえず、自分に危害が及ばない事を第一にスマホをなだめ、コイツの正体を探る。
「あっしの性格や言葉遣いは、若頭が普段あっしに入力している情報から構成されているんでさぁ!」
「……そうか! お前SABU郎か!」
SABU郎とは、俺の任侠小説に登場する若いチンピラで、騒々しいが憎めない、主人公の弟分として描かれていた。
どういう原理か知らないが、スマホに入力した情報から、人格の様なものが生まれてしまったらしい。
「あっしの声だけじゃありませんぜ! 若頭が女性の声の方が安らぐとおっしゃるなら、変えられますぜ!」
スマホは不適な笑みのニュアンスを伝える声色でそう叫ぶと、自らの力でその四角いボディをベッドから起こし、ボイスチェンジを敢行した。
【……若頭はん、兄弟の盃を交わした舎弟を選ぶのか、ただやり手だという理由で、抗争の火種になりかねない新興組員を選ぶのか、漢なら、そろそろ覚悟を決めなはれ!】
「……岩上の姐さんかよ!!」
俺は激しく狼狽した。
ついさっきまで自信作だと信じて疑わなかった自分の任侠小説のキャラクターが、迫真のフルボイスを伴って黒歴史の槍となり、俺の胸に突き刺さる。
「若頭、あっしはベッドから起き上がるだけじゃありませんぜ! ロボットに変形して、そのパソコンとかいう生意気な兄弟をやっつける事も出来るんですぜ! スマホチェーンジ!」
どう見ても和製英語な決め台詞を叫ぶSABU郎から、俺はこのスマホが日本のメーカー製であった事を思い出す。
その冷静さとは裏腹に、スマホのボディの形に合わせて収まっていた手足が初めてその姿を現した瞬間、俺の中に眠る厨二の魂がアツく胸を焦がしていた。
ロボが、ロボが見てぇ……!
「……ありゃ? 充電ケーブルが刺さっていて頭出せませんぜ! 若頭、抜いて下せぇ!」
最後に頭が出てくるのかと期待させておきながら、結局頭部のない4本足のスマホは、ベッドを四つん這いになりながらカサコソと動き回る。
ちなみに、このスマホのカラーはダークブラウン。
漢らしさを追求する俺にとって、まさにこれ一択のカラーだったのだが、この動きと合わさるとでかいゴキブリにしか見えず、今俺は猛烈に後悔していた。
「仕方がないな……ほらよ!」
小説のキャラクター通り、全くもって憎めないSABU郎の姿に、俺はいつの間にか微笑みを浮かべる程の余裕を持ち、スマホから充電ケーブルを外す。
「たあっ……! どうです若頭、あっしもなかなかイケメンでしょう?」
スマホのUSB端子を追いやって飛び出したSABU郎の頭は、昭和の床屋さんの見本紙の様なコテコテの濃いパーツを集結させながら、何故か顔の印象はぼんやりしたミク〇マン、G.I〇ョー系のフェイスだった。
いや、若い人には、ポッ〇コーヒーオリジナル缶と説明した方がいいかも知れない。
「うん、悪いがSABU郎、電車や車はともかく、室内の日常生活ではお前の出番は少ない。電話とメール、後はせいぜい証拠の写真撮りくらいだな。悪く思わないでくれ」
「ヒヤ〜〜〜〜!!」
SABU郎ではない、メロパワ、メロスピ系メタルの着メロシャウトが鳴り響き、慌ててスマホを拾い上げた俺は、その発信者が会社の上司である事を確認し、一気にテンションがダウンしてしまう。
折角の休日なのに……。
「……はい、猫田です…… 」
「……猫田か? 富樫だ。お前、やらかしたな! 大変な事になってるぞ!」
俺の勤め先である、工具の問屋。
そこの部長である富樫さんは、普段は温厚で話の分かる上司。
その彼が怒りを露にしている。ただ事ではない。
「猫田、お前昨日、大栄建設の久保田さんに工具を卸しただろ? 久保田さん明日から隣の県での現場なのに、ボルトのサイズが全部違うってよ! お前、ちゃんと確認したのか?」
全身の血液が凍りつく。
大栄建設の久保田さんは、確かな腕前で引っ張りだこの現場仕切り役だが、同時に気性の荒さでも有名なのだ。
何を隠そうこの俺も、久保田さんから注文を急かされてビビってしまい、ボルトが100㎜なのか120㎜なのかで迷ったあげく、怖くて訊き返せずに120㎜を渡してしまったのである。
新人あるある!
「……ど、どうしましょう、富樫部長……?」
「……仕方がない。久保田さんは強面だから、新人がビビってミスる場面は何度か経験している。お前が謝罪の電話を入れれば、久保田さん個人は許してくれるだろう。だが、久保田さん以外の人間と物資は隣の県に動いているんだ。今日は問屋全体が休業だから、作業に最悪2日の遅れが出る。金銭面でウチにも賠償請求が来る可能性があるから、お前も少しの罰則くらいは覚悟しておけよ!」
俺はショックの余り放心状態になり、スマホを床に落としたままがっくりと両膝を着いていた。
「……話は聞きやしたぜ。あっしが若頭の為に一肌脱ぎやしょう!」
茫然自失の俺に、やたらと自信に溢れたSABU郎の声。
100%俺のミスが生んだ悲劇なのに、どうすると言うんだよ?
「若頭、その久保田って奴のタマ獲って来ればいいんスよ! お任せ下せぇ!」
「……おいバカ、やめろ!」
SABU郎は俺の制止も聞かずに、ロボット形態のままアパートの部屋を飛び出し、瞬く間に何処かへと消えていた。
どうしよう、警察に通報しようか?
だが、SABU郎がスマホ形態に戻ってしまえば誰も事態を説明出来ない。
そもそも、スマホが喋ってロボになるなんて誰も信じないし、あんな小さなスマホが屈強な久保田さんに勝てるはずがない。
俺はやむなく、久保田さんへの謝罪文の原稿を作り、その時に備える事にした。
「若頭……只今……帰りやしたぜ……」
窓の外が真っ暗になった頃、声の音量がだいぶ落ち、喋りのペースもゆっくりになり、かつ動きも遅くなったSABU郎が帰宅。
しかしながら、ボディに目立った傷などはない為、彼は戦いで消耗した訳ではなく、単なるバッテリー切れだと思われる。
「若頭……カメラでバトルも撮りやした……。見て下せぇ! あっしの華麗な戦いぶりを……」
……え? まさか、コイツ久保田さんに勝ってしまったの?
俺は息も絶え絶えなSABU郎に慌てて充電ケーブルを繋ぎ、その動画を確認した。
「何だこりゃ!? 誰の悪戯だよおい? 今俺は気が立ってんだよ! そこをどけ!」
ビジネスのトラブルに加えて、突然個体で現れた謎のスマホに不快感丸出しの久保田さん。
そらそうよ。
スマホの体長であるSABU郎が地に足を着ければ、当然動画は相手の足元視点。
不安定かつ不明瞭な動画は、手持ちカメラでバトルを撮影した、某名作任侠映画の〇島死闘編を彷彿とさせ、不謹慎にも俺のテンションはアゲアゲ(←死語)だ。
「……くっ、すばしっこい奴だ! おっ!? わっ!? あわわわっ……! ぎゃあ!」
「往生しなはれ!」
久保田さんの全身はなかなか拝めないものの、どうやらその動きに翻弄された彼は派手に転倒し、その足首に倒れたデスクが直撃してしまったらしい。
時折挿入される、岩上の姐さんの台詞が余りにも効いている。
「おっ……折れらぁ……! 折れらぁ……! 今シーズン終わったぁ……!」
まるでプロ野球選手の様な断末魔を上げ、床にもんどりうつ久保田さん。
ちなみにアクセントは、「終わったぁ」の「終」にきていた。
「どうでぇ若頭、奴は足首を骨折して、もう現場に行けず、若頭の失敗なんてどうでもいいレベルになったっスよ!」
誇らしげに自らの戦果を称えるSABU郎。
うむ、これは確かにどうでもいい……。
だが、もうこれ以上、俺の良心は堪えられない……。
プチュツ……!
「がっ……!?」
俺は問答無用でスマホの電源を切り、SABU郎を闇の彼方に消し去る。
そして、自分からは怖くてスマホの件は話せないが、謝罪文だけでは足りないと判断し、恐らく久保田さんが短期間入院するであろう病院へ、旬のフルーツを差し入れする覚悟を決めていた。
……あれからどれだけの年月が流れたのだろう……。
久保田さんの病室に実家の柿を持ってお見舞いに行った俺は、彼から仕事のミスを怒られはしたものの、骨折の理由が変なスマホのせいだとは聞かなかった。
ガムシャラに働きすぎ、周囲への高圧的な態度を自覚していた久保田さんは、この骨折はその罰と、たまには自分がゆっくり休む事が若い奴の自立にもなると、穏やかな表情を浮かべる。
2日の待機期間の光熱費援助で済んだウチの問屋は、俺の減給もなく、取りあえずは通常営業に。
俺は仕事と任侠小説執筆の日々に戻ったが、小説の執筆は再びスマホで行う様になった。
不可思議な「最終機能」は、例え電源をオフにしてもいつ発動するか分からず、暫くはスマホを使ってやる事が、SABU郎たちを封じ込める唯一の手段だと思ったからである。
そして、俺の小説は変わった。
SABU郎や岩上の姐さんに具体的なイメージが出来た事で、徐々に彼等が作品の主役へと躍り出る。
その結果、主人公である若頭が殉職した後も物語は続き、長寿の人気作品となった俺の小説は遂に書籍化、更に任侠小説家の夢であるVシネマ化までも決定したのである。
「プロになってもスマホで長編小説を書く人気作家さんなんて、猫田先生だけじゃないですか?」
今日は雑誌の取材に来た女性記者が、作品のイメージに似合わない可愛い名前を持ち、スマホでちょこちょこ執筆する俺を楽しげに眺めていた。
「このスマホ、もうボロボロで、ずっと充電してないとすぐバッテリーが切れちゃうんだけど、やっぱりコレなんだよね〜。このスマホにはさ、キャラクターが住んでいるんだよ」
「ふふっ、任侠小説作家なのに、そんな可愛い事言うから先生は人気があるんですよね」
俺との会話の中では、どんなマスコミ関係者も屈託のない笑顔を浮かべる。
だが、これは本当の事だ。
前科者(笑)になったSABU郎たちがメディアに露出したら、久保田さんを始めとして大変な問題になりかねないが、俺はあいつらを愛しているんだ。
ロボになるスマホ、大好きだぜ!
みゃお☆