振り返ればメリーさん(ツンデレ美少女の姿)
『私メリー、今改札前にいるの』
『私メリー、今一番出口の階段前にいるの』
『私メリー、今…………東南ビルの下にいるの……』
『私メリー、その……そろそろ……リアクションほしいのだけれど……』
『あの……ひぐっ……そろそろ……えぐっ……でんわでて……えうっ』
メールの文面で泣き出したので、さすがに可愛そうになり僕は電話に出てやることにした。僕は心優しい男なのだ。
「もしもし」
『あなた、それでも社会人の自覚あるの?携帯電話は携帯しておいて、なおかつ連絡が通じるようにしておかないとなにも意味がないのよ!』
「なんで、怪異風情が僕に説教してんの?あと、非通知の電話に出るようなやつは、社会人以前に情報リテラシーが甘い」
つーか、今時のメリーさんってメール対応もできんのかよ。
『当然よ。私たち──都市伝説由来の怪異──は、人間の社会と共に生まれ、そして、朽ち果てていくのだから』
自然にこっちの思考が読まれている。不味い!とか考えるべきだろうか。
『…………のってあげないから』
知ってるのかよ。追求をめちゃくちゃしたいのだが、ぐっとこらえて別のことを聞いた。
「その割には、えらく時代遅れな格好のやついるよね。花子さんとか」
『知らないの?あの子最近髪に緩めのウェーブかけてるわよ』
「まじか」
思った以上に、時代に適応……適応してるって言っていいのかそれで?
『って、あなた何当たり前みたいにメリーさんと会話しようとしてるのよ』
「一人称が自分の名前なのはともかく、敬称までつける女とは初めて喋った。電話切っていい?」
爺さんにその昔いわれたんだ。一人称が自分の名前でさらに敬称つけるような奴は、関わらん方が良いと。
『切ったらぼてんごろんよ』
「何が落ちた!?」
まあ、この電話の相手が尋常な存在ではないことは確定なのだが。なんせさっきから僕は、既に解約済みのスマホを使っていて、かつWiFiのルーターの電源をぶったぎっていたのだから。
『私メリー、郵便局まで到着したの』
「おお、早いな」
さて、どうしたものか。正直、電話の感じからしてチョロそうな印象が拭えないのだが、それでも逸話的には危険な部類の存在には違いがない。
『到着はしたのだけれど、人気者は辛いわね。カメコに囲まれてしまったわ』
俗世に染まってるってレベルじゃねえぞ。それとも何か、最近の都市伝説はサブカルに精通してなきゃだめなのか。
つーか、それよりも。
「なんで?」
『私メリー、怪異コミュニティのオタクサークルの姫なの』
「そういうこと聞いてるんじゃない。というより、呪いの西洋人形が何言ってんの?」
サークルあるのかよ。怪異界隈の事情がちょっと気になるじゃないか。そして、姫なのかよ。
『私メリー、そう言えば言ってなかったかしら。今の私の姿は、超新紀フヴァニアンの神凪リン1/10スケールフィギュア、だと移動が面倒だったので1/1スケールよ』
は?
『あまりにも西洋人形が捨てられる確率が低すぎて、人形という概念に当てはまるのならばなんでも引き受けることにしてるの。都市伝説業界も、不況なのよ』
なんか、あまり知りたくなかった事実が、メリーさんから明かされているのだが、僕はそれどころではなかった。
そもそも、はじめからおかしかったのだ。メリーさんという都市伝説は、人形をぞんざいに廃棄し、その人形が自力で持ち主の元へと戻ってくる、時にはその持ち主の命を奪う、というストーリーが大体の筋なのだ。
だが、僕は誓って言えることだが、実家を出てからは人形もしくはそれに類するものを、廃棄したことはない。なんなら、一体も買っていない。そして、そもそも廃棄するはずがない。
だが、先ほどメリーさんが明かした今の彼女(彼女?)の姿。それは、紛れもなく僕のコレクションであり、泣く泣く実家に置いてきた宝物である。
メリーさんが、現れたということはそれが捨てられたというわけだ。勝手に。
僕の体温が下がるのが分かる。
『私メリー、あと少しで撮影を締め切るの』
「そう」
こうしちゃいられない。
僕は車のキーを手にして、玄関の扉を開く。
エレベーターを待つことすらもどかしく思い、マンションの階段で駐車場へと向かった。
『あなた、どこへいくつもりなのかしら。今さら逃げ出したところで私からは、逃れられないわよ』
「なら、丁度いいや」
エンジンをかける。
一気にアクセルを踏み込んだ。
「連いてこれるか、メリーさん」
『ふざけないで、あなたの方こそ私についてきやが…………なにやらせようとしてるのよ!というか、どこに向かおうっての!?』
そりゃ決まってる。メリーさんが本当に向かうべき場所にだ。
◆
「やっぱり」
爺さんからのメールの返信は、現在老人会の日帰り旅行で家を開けているというものだった。
ますます確信が深まっていく。あと、殺意と。
『わた……ゲホッ……タ、タンマ……すぅー……私メリー……』
電話の相手は息切れしていた。メリーさんって、不思議な力でやってくるとかじゃなくて、普通に走ってるんだな。
「あ、悪い信号青に変わったから、かけ直して」
『私メリー、あなたの方がよっぽど人でなしだと思うの……。車の屋根で良いからのせてよぉ……』
「なんか呪われそうだからやだ」
そして、誰がどう考えても人じゃないのはそっちだ。
ガゴッっていう何かがぶつかる音がしたから、上に勝手に乗っかったのだろう。車体に傷がついていたら絶対に弁償させてやる。
到着しました我が実家。いきなり踏み込んでも良かったのだが、嫌な予感がしたので先に我が家の裏手に回った。
やっぱりだ。
「許さねえ、あのくそばばあ!」
そこにはごみ袋に乱雑に捨てられている我が宝物たち。もちろん許可などしていない。すぐに回収した。ごめんよ、ことが終わったらキレイにしてやるから。
『私メリー、今あなたの背後にいるの』
「遅い」
『どうして怒られるか分からないの。そもそも、あなたの実家が神社なんて聞いてないわ』
聞かれてないもん。直接振り返るのは、ヤバそうな感じがしたので、スマホのカメラ越しにメリーさんの顔をみた。赤髪の美少女がそこには写されていた。本当に神凪リンの姿だ。
『浄化されたらどうしてくれるつもりだったの?』
「妙なロジックで構築されている都市伝説由来の怪異を、何の準備もなしで祓える訳ないし、祓えるならそれはそれで僕に困ることは何もない」
『私思うの、あなたには血も涙もないと』
私メリーから始めなくて良いの?
それはそれとして。
「さあ、メリーさん。どうぞご存分に」
可哀想な我がコレクション達をメリーさんに見せた。
『私メリー、今あなたの後ろにいるの』
「ひぃぃぃぃぃ!!!!」
勝手なことをした親戚には、灸を据えたので、僕はアスファルトを切りつけるように走る車に乗って意気揚々とマンションへと帰宅した。
僕:神社生まれのメンタルつよつよ君。最近は、作りすぎたご飯を電話ひとつで食べに来てくれる存在ができて、ホクホクしている。
メリーさん:神社生まれのやベえやつに目をつけられたのが運のつき。でも、肉じゃが美味しい