2話
「かかぁ! 帰った!」
「帰ったじゃないんだ! 何処をほっつき歩いてたんだい?!」
俺は、小鉄に連れられて彼の家に案内されていた。
周りは畑に囲まれたそこにある家はこの時代にしては聊か立派に見えた。
「おや、アンタは?」
「拾った」
小鉄の母、俺から見た曾祖母の問いに小鉄はそう答えた。
その返答は曾祖母は「何馬鹿な事言ってんだい!」と小鉄を小突いた。
「で、アンタは?」
「……谷中慎太郎」
咄嗟に、その名前が出た。
祖母から貰った遺品の中に、その名前が刻まれたものがあった。
恐らく、祖父の知り合いだろう。
「どこから来たんだい?」
「生まれは東京なんですが。気が付いたらここに」
俺の言葉を聞いて曾祖母は困惑したが、ニイッと笑った。
「ワケ有だね?」
その問いに俺はコクリと頷く。
するとカラカラと笑い始めて俺の肩を叩く。
「アタシは山田京子。小鉄の母だよ! 暫くここで暮らすといいさ!」
そう快く笑った彼女の提案に俺は「ありがとうございます」と答えると、この家で厄介になることになった。
◆◇
それから、5年後。
俺たちは15歳になっていた。
「おうい! 帰ったぞ!」
その日、小鉄の父が長い出征から返って来た。
「とーちゃん! お帰り!」
「おぉ、小鉄。元気にしとったか?」
その問いに小鉄は元気よく「はい!」と答える。
彼の反応を見て満足そうに頷くと、小鉄の父は俺の方を見た。
「おぉ、慎太郎。大きくなったな」
彼の反応は父の反応そのもので、俺は何処か嬉しくなった。
小鉄の父の名は山田哲朗。
「はい、お世話になっております」
「堅苦しいのはいい! お前さんはうちの息子みたいなもんだ」
哲郎はそう言って俺の頭を掻きまわす。
彼の手は大きく、何処か心地よさもあった。
「とーちゃん、何処に行ってたの?」
ふとそう尋ねた小鉄に哲郎は淋しそうな表情でこう答えた。
「満州」
◆◇
「とーちゃん。人を殺したんかな」
「さぁな」
その日の夜、俺は小鉄と共に土手から空を見上げていた。
「慎太郎、おまえさ。どうするんだ?」
「……陸軍、かなぁ」
小鉄の問いに俺はそう答えた。
俺の存在が、家計を圧迫させているのは知っている。
なるべく早く、独り立ちしたかった。
「おらは戦闘機にのってみてぇ」
小鉄の言葉に俺は驚いた。
戦闘機なんか小鉄が見たことあっただろうかと。
「この空を自由に飛んでみてぇ」
「なるほど」
小鉄の言葉に俺はそう言って笑った。
前世の知識が一番活かせるのは陸軍で航空隊に入ること。
それが、この時代で生き抜く最善のような気がする。
どうせ一度死んだ命だ。
もう一度国に捧げても悪くないだろう。
「海軍はダメなのか?」
「船はむりだ!」
俺の問いに小鉄はそう答えた。
「なら、陸軍航空隊だな」
俺はそう言うと、小鉄に向かって拳を突き出した。
それを聞いて小鉄は驚いたような表情を浮かべる。
「おめえまで戦闘機乗りにならなくても……」
「お前に拾ってもらった命だぞ? ついて行くよ」
俺の言葉に小鉄はニイッと笑った。
◆◇
「本気で言っているのかい?!」
翌日、俺たちは両親に自らの志を伝えた。
それを聞いた母は驚き、父は静かに聞いていた。
「父ちゃんが帰って来たかと思ったら、今度はお前たちが……」
母はそう言って頭を抱える。
見かねて、父がこう声を発した。
「なぜ、陸軍に?」
「戦闘機に乗りたい」
小鉄の言葉を聞いて父は静かにこう続ける。
「険しい道のりだぞ」
「乗り切ります」
父の言葉に俺はそう答える。
俺の返答を聞いた父はため息を吐くと、母に告げた。
「こんぐらいの年頃の奴らは1回決めたらテコでも動かない」
「しかたないわね……」
母そう答えると俺たちの肩を叩いた。
「くじけるんじゃないよ!」
母の言葉に俺は大きくうなずいた。
◆◇
陸軍幼年学校。
俺たちはまずそこに入学した。
この時代、陸軍航空隊のパイロットになるには一度、兵卒若しくは士官として陸軍に務めたのち再度教育が施されている。
記憶が正しければあと3年程すれば陸軍少年飛行兵という制度が設立されるはずだが、一秒でも早く飛行機に乗りたかった俺たちは一度歩兵として地べたを這いつくばることを選んだ。
入学してからの数ヶ月。
自衛隊ともまた違う教育方針と鉄拳制裁に苦労しながらも俺は何とかついて行っていた。
だが、脱落しそうな者たちも多かった。
小鉄も、その一人だった。
「幼年学校がこんなにキツいなんて思わなかった」
彼はしきりにそう呟いた。
「空を飛ぶんじゃなかったのか」
土手に座り込んで、川を見つめる小鉄の頭上から総言葉を浴びせる。
冷たく突き放すように聞こえるかもしれない。
だが、この程度でくじけていてはパイロットになれるわけない。
「慎太郎は、怖くねぇのか?」
「怖い?」
「殴られるのにきまっとるじゃろう」
「怖い、怖いか。殴ってくれるだけマシだな」
俺はそう言って小鉄の横に腰を下ろした。
小鉄のスジは悪くない。
乗馬も、射撃も。よっぽど俺よりうまくこなす。
ならば何故、上級生から鉄拳制裁を喰らうのか。
「憂さ晴らしが無いとは言わないが……。お前さんに期待してるんだよ」
俺の言葉を聞いて小鉄は首を傾げる。
「殴っても反骨心で成長してくれると思っている上級生たちがいる。お前さんはそれについて行けばいい」
「…………」
「理不尽に耐えろ、戦争はこんなもんじゃないはずだ」
その言葉に、小鉄は目を見開いた。
「とーちゃん、もっと辛かったんかな」
「あぁ、戦争なんだろ?」
「大変だったろうなぁ」
二人で夜空を見上げた。
時は1932年。
満州事変が集結し、国内が一息ついた頃であった。