その56
「じゃあ気を付けてね美子。 由比ヶ浜、あんた美子と遥になんかしたら許さないわよ?」
「なんかってなんかあるのかよ……」
「あははッ、由比ヶ浜も男だから何か間違い起こさないか琴は心配なんだよー?」
「人聞きの悪い」
美子と遥どっちかと付き合えとか言っといて間違いってなんだよ? 俺からしてみれば速水が好きなのに俺自身がこんな事してるなんて間違いだ。 あ、もう間違い犯してるわ。
とまぁ、そんな事言ったって仕方がないけど。
「じゃあアタシらはアタシらで帰るねー? 今日が午前授業でラッキーだね美子」
「うん! ちょうど良かった。 琴音、葎花も気を付けてねぇー」
2人を見送ると教室でいそいそと鞄に荷物を纏めていた遥を迎えに行く。
「終わった? 遥ちゃん」
「あ、うん! ごめんね」
「いいっていいって! じゃあ行こっ!」
3人で校舎から出ると程なくして……
「あ! 愛菜ちゃん」
「げッ! 七瀬じゃん」
そこには下校途中の栗田の姿が美子を見て驚いた顔をしていた。 そしてその栗田の隣にいたのは……
「げッ! 由比ヶ浜に七瀬……」
佐原だった。 佐原と栗田、並んで帰っている、てことは……
「お前ら友達だったの?」
「あ、いや、それは」
なんだ? 異様に歯切れ悪いな佐原……
「そーなの! 和はあたしのダー様なの!!」
「お、おい愛菜ッ!?」
「コソコソ付き合うのはもういいじゃん? にへへ」
「そっか、俺はてっきり佐原は速」
「あーーーーーーッ!!」
「きゃッ!!」
「うわッ!」
「ひいッ!」
「わあ、よく響くお声」
美子以外の全員がいきなり叫んだ佐原に驚く。
「何よ!? もぉービックリしたぁ」
「わ、悪い、由比ヶ浜にちょっと用事があったんだわ」
「え? 玄ちゃんに?」
「俺も初耳うわッ!」
佐原に引っ張られて塀の角に連れて行かれた。
「なんだよ!?」
「由比ヶ浜、速水には言うな」
「は? いや美子に見られた時点でもうアウトじゃね?」
「だあーーッ! もうわかんねぇかな? 俺は速水が狙いなんだ、愛菜に告白されて繋ぎとして付き合ってんだけどさ」
「なんでそんなややこしい事してんだよ?」
「ほらあれだ、速水と付き合う前の予行練習っていうか女の影あった方が女にモテるだろ? わかるよな?」
わからん…… っていうか速水ってそういうの嫌いそうだけど。
「愛菜って高飛車なとこ速水にそっくりだしさ」
「そうか?」
速水は別にそんなに高飛車でもないような気がするけど…… あーでも辛辣なとこはあるけど。 というかこいつはこのまま順調に行ったとしても速水とは付き合えないような気がするので放っておいてもいいかもしれない。
「わかった、黙っといてやるわ」
「マジか!? 助かる由比ヶ浜! お前って速水と仲良いからぶっちゃけ気に食わなかったけどいい奴だな」
「そりゃどうも。 ほら、栗田に怪しまれるからもう行った方がいいんじゃないか?」
「そだな、じゃあ愛菜の方は俺に任せて七瀬の方の口止めもよろしくな!」
シャビッと二本指を立てて爽やかにお願いした。 やってる事は爽やかじゃないがな。
「いやーすまんすまん。 じゃあ行くか愛菜」
「はぁーい!」
そのまま行くのかと思いきや栗田は美子と遥の方をジロっと見る。
「大食いお化けと根暗女! あんた達には負けないわよ」
「お、大食いじゃないもん!」
「は、はい! ごめんなさい!」
「なんの事だ?」
「あはは、こっちの事〜! ダー様に後でサプライズしてあげるね!」
そう言って栗田と佐原はデートを再開した。 いやもう近いうちにバレるだろそれ……
まぁ上手く行っても速水ならキッパリ断ってくれるだろう、俺が心配する事じゃないよな?
「玄君、佐原君だっけ? 何かあったの?」
「大した事じゃないよそれより美子、どこ行くんだ?」
「えへへー! よくぞ聞いてくれました、隣街に新しいモールオープンしたみたいでさ、そこ行けばいいんじゃないかって」
「行けばいいんじゃないかって…… ついさっき決めたような言い方だな?」
「いやいやいや! 前から決めてたよー!?」
大方木村に提案でもされたのか。 まぁさっさと行って帰ってくるか。




