その52
俺と速水は体育館に閉じ込められてしまった、こんなご都合展開が起きるなんて俺ってついてる? なんて俺が内心少し喜んでいると……
「なんでよ!? 最悪!」
速水は物凄くご機嫌斜め、どうやら喜んでいるのは俺だけらしい。 当然か、でもなんか虚しくなってきた……
「俺らに気付かなかったんだな」
「そんなのこの状況見れば当たり前じゃないの! なんとか気付いてもらわないと…… 開けてー! ほら、由比ヶ浜も!」
「わかってるって、おーい!」
多分こんなに騒いでいたらすぐ気付かれるかもと思ったんだけど意外と誰も気付かない、俺もちょっと速水と2人きり程度に思ってた思考がそろそろヤバいんじゃないかと思い始める。
「はぁー…… 外に誰も居ないの? ありえない。 あ! そうだ携帯! ウチは部室に鞄ごと置いてきたけど由比ヶ浜は持ってる!?」
「実は俺も……」
「もう! あんたってどこまで使えないのよ!?」
「それを言うならそっちだろ!? 速水がモタモタしてたせいでこうなったんだろ?」
「何よそれ!! どうせウチが居るからってノコノコと来たんでしょ!? この変態!!」
変態はないだろ…… 速水と2人になれるかもしれないって言うのは半分当たってるからなんとも言えないけど。
「うッ……」
「うッ?」
すると速水が突然後退りした。 なんだ? と思って近付くと……
「いや! それで近寄って来ないで!」
「え? それで??」
そうだった、俺化粧されてたんだ。 用具室から出た後体育館の照明が消えてて真っ暗になってたけど今は暗さに目が慣れてきて。
速水は俺の顔を見て真っ赤になっていた、効果は抜群だ…… 化粧ありきだから全然嬉しくもないけど。
「なんで由比ヶ浜なんかにウチが照れなきゃいけないのよバカ」
「仕方ないだろ、俺だってしたくてこんな顔してんじゃないし」
そう言うと速水は俺に背を向けた。 もう完全拒否って感じで悲しい。
そしてしばらく沈黙していると速水が口を開いた。
「…… 美子とはどうなってんの?」
「別に変わらずだよ」
「そう。 遥とは?」
「美子と同じく。 ってなんでそんなにお節介焼くんだよ?」
「あんたが美子か遥…… ウチは美子寄りだけど付き合う気あるなら協力してあげるって言ったでしょ?」
「そんな事して速水に得なんてあるのか?」
「友達があんたを好きならウチは応援するのは当たり前じゃない。 由比ヶ浜だってどこぞの知らない奴とは違うし」
「…… お前って昔から面倒見がいいよな、ショウゴにいじめられてる女子助けたり」
「あんたこそ昔ウチがショウゴにボコボコにされた時ウチを庇ったじゃない。 内心ないと思ってた由比ヶ浜があんな事ショウゴ相手に言うなんてちょっと驚いたわ」
「覚えてたのか…… ていうか」
俺だってわかってたのか。 あの時速水は顔を押さえて縮こまってたからそんなの見てもないし聞いてもないと思ってたけど。
「ていうか何?」
「いや……」
「まぁだからその時からちょっと見直した由比ヶ浜の事美子が好きなんだってわかったからウチは応援しようって思ったのにウチに告白するなんてふざけてるの?」
「ふざけてないって! 俺があの時ショウゴ相手に先生につげ口したのだって速水の事が気になってたからで…… 俺は速水が好きなんだ!!」
「………… ウチはあんたの事別に好きじゃない、そういう目で見た事ないし。 たまたま化粧した顔がウチのど真ん中だったからって!」
速水はクルッと俺に向き直りそのまま睨み付けた、睨み付けたが速水の息が荒くなってきている……
「ぐッ…… 」
「は!?」
いきなり速水に両手で顔を押さえ付けられた。 そのまま手で俺の顔をゴシゴシと化粧を取ろうとしていたが途中で手が止まる。
「これは由比ヶ浜じゃない…… 別人」
つ、つまりどういう事だってばよ?
「はあ? 俺は俺だけ!! ふぐッ!!?」
「可愛いーーッ!」
速水にハグをされていた、それも力強く。 俺は速水の腰に手を回していいのか迷っていると……
「こ、これは裏切りじゃない! 普段の由比ヶ浜なんて路傍の石、いいえ! ミジンコよ!! ありえないんだからッ…… 波◯が一本しかない天辺の髪の毛をドライヤーで乾かしてるくらいありえないんだから!」
いくら自分に言い聞かせてるとはいえあまりに酷くないかそれ……
「だから…… 今してる事も悪い夢。 夢ならもう少しいいよね?」
「ちょ!? おまッ、美子もビックリするくらいのとんでも理論だけど大丈夫か?」
速水の顔が目の前に迫り俺はたじろぐとツルッと滑って床に尻餅を着いた。 速水がそんな俺に覆い被さり鼻と鼻が当たる距離まで近付こうとした時体育館の扉が開いて俺と速水はその方向を見た。 そこには……
唖然とした顔で俺と速水を見る先生とその隣にはもっと唖然とした顔の美子が居た。