その34
「お前の母さんは?」
「夕飯の買い出しに行ったよ、しばらく帰って来ないんじゃないかな?」
「ふぅん、そっか」
そう言うと美子がガクッと崩れる。
「どうした?」
「どうしたって…… 玄ちゃん天然なんだから〜!」
「お前に言われたくないわッ!」
リビングのテーブルにはホットケーキが2つ、これを作ってたんだっけ。
「まぁいいや。 食べよ? 出来は保証できないけど」
「できないのかよ…… でもありがとな、いただきます」
パクッと一口食べると蜂蜜とバターが溶けた風味がした。 うん、なんか小腹減ってたから普通に美味しい。
「美味しい?」
「ああ、美味しい」
「ふふッ、良かった」
「…… ってお前もうそんな食べたのかよ!?」
「ふえ?」
美子の皿を見るといつの間にか3分の2も食べていた。
「え? え? これくらい普通だよ?」
「速水達が呆れるわけだ」
そして残った3分の1もペロッとあっという間に食べ尽くした。
「ご馳走様でした」
「早い……」
美子が食べ終わったので俺も食べ進めていると物凄い視線を感じた。 そう、目の前に居る美子がじっと俺のホットケーキを口に運ぶ姿を人差し指を唇に当てて見ているのだ。
「……… 食いたいの?」
「ギクッ!! そ、そんな事ないよ、それは玄ちゃんに作ったんだから私が食べるわけないよ。 ジュルリ……」
口ではそう言っているがもう目が食べたいと訴えている、仕方ないなぁ。
「食べる?」
「ううん!」
「差し出された俺がお前に食べる?って聞いてるんだから別に遠慮しなくてもいいんだぞ?」
「じゃ、じゃあ半分だけ……」
「は、半分!?」
てっきり残ったうちの3分の1くらいかと思ってたけどごっそり半分とは…… それを半分だけってどんだけ食欲旺盛なんだ?
「わかった、食べていいよ」
「はわわわッ、いいの!?」
「どうぞ」
「やったぁー! 玄ちゃんって凄く優しいね!」
「そりゃどうも。 ほら」
皿を美子に渡すと美子は目を輝かせて食べ始めようとした。 が、一瞬手が止まった。
「どした?」
「あ、ううん! 危なく玄ちゃんが食べてた方から食べるとこだった。 玄ちゃんに渡す時は綺麗な形にしときたくて」
「はぁ? 包丁で切れば良くないか? それにそんなに気を遣わなくていいよ」
「そうでした、ちゃん冴えてる!」
腹が減っている時の美子は思考回路がダメらしい。 キッチンへ皿を持って行き綺麗に残りの分を半当分した。 やっぱ残りから半分なんだな。
「こんな事ならもっと大きく作れば良かったね」
「それを言うなら美子は自分の分をもう一枚焼いていた方が良かったんじゃね?」
「なるほど! 次からそうします」
「つーか間食しないとか言ってて今まさに間食してないか?」
「あ…… 玄ちゃんが来てくれたから今日は特別! それに間食するならお腹いっぱいに食べとかないと損だよね!」
「夕飯食べれなくね?」
「夕飯までにお腹空くよ〜」
どんだけだよ……
「ご馳走様でした」
「はいお粗末様でした」
美子は俺から貰ったホットケーキを既に食べ終わっていた。 相変わらず食うの早いなこいつは。
「お腹いっぱい?」
「今自分が俺からホットケーキ貰ったの忘れたのか? やっぱり美子は美子だなぁ」
「むぅー! そうでしたけど! みんな私アホの子みたいに言うけどこう見えて私、策略家なんです!」
胸に手をドンと置いてドヤ顔でそう言うが策略家ならまず自分が策略家なのを隠そうとするんじゃないか?
「そうか、まさかこれも美子のなんかの策略のひとつか?」
「ほえ? ああうん! 何を隠そうその通り」
「そりゃ大した策略家だな」
「うへへ、褒められちゃった」
すると玄関が勢いよく開く音が聴こえドタドタとこちらに誰か走ってきた。
「ただいまー!!」
「おかえりナオちゃん」
「あ! 玄兄ちゃん! あれ、お母さんは?」
「夕飯の買い物だよ」
「そっかー。 あ! 2人でなんか食べた? ホットケーキの匂いがする!」
「ナオちゃんも食べる?」
「食べたいけど今食べたら夕飯食べられなくてお母さんに叱られるもーん! 姉ちゃんみたいにバカみたく食べられないし。 あ! 玄兄ちゃんゲームしよう!?」
マジかよ…… そろそろ帰ろうと思ってたんだけど、美子のお父さんが帰ってくる前に。