その32
「ただいまぁー」
「おかえりなさい美子。 あら? 玄君も一緒なのね」
「うん、一緒に受験勉強! ナオちゃん居る?」
「直也は友達と遊びに行ってるわよ。 美子が進んで受験勉強なんて珍しいわねぇ。 ほんとにするのかしら?」
「す、するよ! ねえ玄ちゃん?」
「お、おう……」
受験勉強なんて口から出任せ言いやがって! こっちは走ってたし落ち着いてきたら余計眠くなってきた、勉強なんてする気がおきないぞ……
「玄ちゃん私の部屋行ってて? 何か飲み物とお菓子持ってくから」
「わかった」
この前は俺と遥が来る前に慌てて掃除していたようだが今回は大丈夫なのか?
だが早く腰を下ろして一息つきたかったので遠慮なく美子の部屋へと入った。
あ、この前来た時よりも若干スッキリしてる。 一角に寄せていたダンボールがなくなったからだ。 まぁそんな事はどうでもいいか。
テーブルの近くのベッドに寄り掛からせてもらおう。 受験も目前だし勉強ってのは悪くないと思うが少し寝てからがいいな……
ウトウトしだすと美子が部屋に入ってきた。
「いやぁー、くつろいでもらえて何より。 紅茶だけど大丈夫?」
「え? ありがと」
俺が紅茶を一口飲むと美子が口を開いた。
「ビックリしたね」
「ん?」
「さっきの原田君。 あそこまで追い駆けてくるなんてね!」
「ああ。 凄いよなあいつ」
なんか適当な返しになってしまうな。
「玄ちゃん怒ってる?」
「いや怒ってないよ」
「嘘だ怒ってる! 今度から気を付けるから!」
………… 何を? 無理矢理遊びに連れて来た事? 別に嫌ではないけど眠いだけなんだ。
「だからさ、仲直りしよ?」
「??」
美子は俺の手を両手で握った。
「何これ?」
「ほ、ほら、条約結んだりすると握手してるでしょ? TVとかで……」
「条約結んだのか?」
「あ、足りなかった!? そ、それじゃあ……」
フワッと美子の髪の毛が俺の頬に触れた。 俺の背中を優しく摩りその後手でポンポンと触れた。
な、なんだこれ!? 布団が吹っ飛んだくらいの勢いで眠気が覚めた。
「み、美子さんこれは?」
「だ、大統領がどこかの国の代表と仲直りした時やってるから……」
だからいちいち引き合いが国家元首とか条約なのはなんだ?
「なんか言い難いんだけど怒ってるとかじゃなくて俺眠たかっただけなんですけど?」
「え? そうなの?? あははッ! こりゃあ玄ちゃんに1本取られた。 …… ね、寝る?」
美子はベッドの布団を上げて枕を直した。
寝るって…… 俺そこで寝ていいのか? 仲良くなると女子って異性に自分が使うベッドまで貸してくれるのか?!
いや落ち着け、姉貴は従兄弟来て自分の部屋で遊ばせてる時とか俺の部屋に来て勝手に俺のベッド使って寝てたりするしな、あれと同じか?
「準備出来たよ!」
「それ美子のベッドだろ? いいの?」
「今綺麗にしたから大丈夫だよ!」
「そういう事じゃなくて俺が使ったら嫌じゃないのかって」
「なんで? 全然いいよ? ほら」
ベッドに寄り掛かり座ってる俺を促すのでとりあえずベッドの上に腰掛けた。
「なんか眠気なくなってきたような」
「そうなの? …… 琴音と仲直り出来て良かったね」
「え? なんだよいきなり。 まぁ良かったけどさ、美子が速水になんか言ってくれたの?」
「なんか琴音の当たりが玄ちゃんにいつもより強かったから何かあったのかなって」
「速水はなんて?」
すると美子は速水のように眉間にシワを寄せて鋭い目付きになった。 速水のモノマネから入るの?
「たまに視姦されそうな目で見られてたから思わずそう言っちゃった」
あ・の・野郎〜〜ッ!!! 別にいいなって思って見てた事はあってもそんなキモい目線で見てるつもりはなかったぞ! あ、女子からしたらキモいのかもしれないが。
「そう言ってたからさ、玄ちゃんはそんな人じゃないよって説得したの。 だって玄ちゃんたまに私の事見てるしそんないやらしい視線じゃないし」
「ちょッ!! 俺別にお前を見てるわけじゃあ…… 授業中暇だから教室グルッと眺めてるだけだし」
「んふふッ、そっかぁ。 玄ちゃんって琴音の事好き?」
「いや、好きとかそういうのって別にそんなんじゃないと思うけど」
「じゃあ私の事は? 好き? 嫌い?」
「好きか嫌いかの選択肢しかないわけ?」
「うん! どっち?」
「それって答える必要あるか?」
「玄ちゃんと琴音仲直り出来た」
「ぐッ……」
「さぁどっち?」
どっちって言われてもそこで嫌いを選択するような猛者はいるのだろうか?
「す、好き…… かな」
物凄く、速水が俺に謝った時よりも小さな声で俺は囁いた。
「え? え? なんて?」
美子は聞き耳を立てる。 明らかに聴こえていた反応だ。 が、こっちは何度もそんな事言いたくないぞ。
「美子こそどうなんだよ?」
「え? 勿論好きだよ」
美子はなんの躊躇いもなくそう言った。