2話 可愛い弟子ができました
突如として異世界と思われる場所に跳ばされた少年・文説。
異世界に来て早々ガラの悪そうな男達に囲まれ焦るのであったが、しかし彼らの見当違いな発言で今はもう安心しきっていた。
だって…この人たち……さっきから――――
「オラ! このカス野郎がッ!」
「アホが!」
「聞いてんのか!? このマヌケがァ!!」
こんな子供みたいな悪口しか言って来ないんですもの……。
正直暴行を働かれない事には安心したがこれはこれでどうすればいいか。だって胸倉掴まれているのにやってることは悪口をぶつけるだけだもの。しかもレベルの低い子供の言う悪口。今もなにやら罵声を浴びせているが正直怖ろしいと言う感情は皆無です。
周囲を見渡すと俺に対して同情的な眼を向けて来る。いやいやいや皆さーん、俺は別に正直辛くも何ともないんですけど……。
「オイ、まだ続けてほしいのか? お前もマゾだなぁ」
正直…この状況…ぷっ、笑い出しそうにすらなっているんですけど…くふふ……。
「テメーの母ちゃんでべそ!!」
「!?」
突然眼を大きく開けて今までで一番の反応を示す文説。
流石にこたえたかと思ったチンピラであったが、すぐに違和感を感じ取る。少年の反応が悲しみに彩られている、と言う感じではないのだ。何かを我慢しているとは思うのだが……。
「…ぷっ」
「ぷ?」
「ぷっ…ぷはははははははっ!!」
「!?」
突然大きな声で笑い声を出し始める文説。
そのリアクションに思わず手を離し後ずさるチンピラ。他の仲間や周囲の野次馬達も彼の反応に思わず戸惑う。
そんな周囲の困惑など気にせず彼は腹を抱えながら笑う。
「で、でべそって! おま、おま…ぷははははっ!! 子供でもいまどき言わないぞ! そんな安いセリフ!!」
「なっ!?」
その言葉はこの場に居る周囲の人間を驚かせるに十分であった。
あれだけの悪口を投げつけられたにもかかわらず、この少年はまるで心を痛めていないのだ。
「はー…はー…久々にここまで笑った。しかし…」
笑いながらも文説はここで一つ思い出したことがあった。
彼が思いだした事、それはこの異世界にやって来る前に削除しようとしていた自分の書いた一つの小説。その独特な設定を……。
この状況、自分が削除しようとした作品とそっくりなのだ。
「(試してみるか…)おい、そこの3人組!」
文説はチンピラ3人を指差すと、大きく息を吸って今度は自分が悪口を叩き付ける。
「お前等3人! 全員口臭がきついんだよ!!」
「なっ!?」
文説のその言葉に3人はその場で膝を付き、そして―――
「そ…そこまで言わなくて…ぐぅ…」
「こんな公衆の面前…」
「ひ…ひどすぎるぅぅぅ…」
3人は悔しそうに地面をダンダンと叩きながら項垂れる。
周囲の人達も、何もそこまで言わなくても、という感じで自分を見ている…と言うより驚愕している。
「やっぱり…同じじゃないか」
そして文説はチンピラや街の人達の反応を見てそう言葉を漏らす。
そう、この状況、自分は知っている。なにしろ今のこの状況を自分は文章として書いていたのだから。
「この異世界…俺が削除しようとした異世界物語そのものじゃないか」
そう、彼が没と判断して削除しようとしていた作品。その内容は魔法や武器を使わずに悪口をぶつけて戦う世界であった。
あの時、自分はその作品を削除する直前に此処に飛ばされた。という事は自分が飛ばされた異世界は自分が削除しようとしていた異世界という事なのだろうか?
文説がこの世界の正体が自分の過去に書いた作品ではないかと考えていると――――
「あ、あの!」
突如、背後から声を掛けられる。
先程までの様な汚い男のガラガラ声ではない、鈴のようなきれいな美声。
「はい? 何か…ぅぉ」
振り返るとそこにはピンクの髪をした可愛らしい女の子が立っていた。
ツインテールの髪型に背丈は自分より少し低く、エメラルド色の綺麗な瞳をしている。それとあと、胸もそこそこ有る。
突然美少女に声を掛けられ、先程のチンピラとは違う意味で緊張する文説。
「と、突然すいません。その…今のあの人達の見事な撃退…感服しました」
「え? あ…あ~うん…」
少し興奮気味で今のやり取りの感想を言われる文説。
だが、正直言って喜んでいい物かどうか…。だって悪口一つ言っただけだもの。
チラリとチンピラに目を向けると、彼らは未だに地面を叩いて悔しがっている。
「いや、お前らいつまでしょげてんだよ! 良くそれで今日まで生きてこれたな!?」
「!!??」
文説が未だにダメージを負っている3人に大声でツッコむと、3人はより一層落ち込んだ。よく見ると涙すら流している……。
「いやいやいや…マジか?」
余りのメンタルの弱さに呆れていると、隣に居た少女は更に文説のことを賞賛して来た。
「す、凄いです! もう勝負はついているのに油断せずに追撃を掛けて完全に相手の心を折るなんて!!」
「ええ!? いや、別に今のは悪口のつもりじゃ…」
今のはただ単純にうっとおしかったから早く立ちなれと思って掛けた言葉だったのだが……。
というより、この程度でいちいち泣いている様じゃ日常生活すらままならないと思うのだが。
「あの、貴方に是非お願いしたいことがあります!」
少女は文説を手を握りながら顔を近づけて来た。
可愛らしい女の子の顔が迫り少し赤面する文説。そんな彼の思春期丸出しの反応を気にせず、少女は文説の目を見ながらより強く手を握ると……。
「お願いです! どうか、どうか私の師匠になってはくれませんか!」
「…ん?」
少女の頼みを聞いて首を傾げてしまう。
え…ししょう? ししょうってナニ、師匠のこと? いやいやいやそれは無い。
「え~っと、ししょうってどのししょう?」
「私を鍛えてくれる師匠です!」
「あの、修行的なアレをつけてあげる師匠のししょう?」
「はい、その師匠です!」
「うん…そっかー」
この時、声にこそ出しはしなかったが文説は大声で内心叫んでいた。
いや……何でだよッ!! と……。
「(え…この娘は何を言っちゃっているの?)」
突然自分の師匠になってくれと言われても意味が分からない。
いや分かるわきゃねぇだろ。だってこの世界にやって来てまだ10分よ? 数分前にカツアゲされそうになり、それを悪口言って相手をヘコませただけよ? そんな人間に何を教わりたいの?
チラリと少女の顔を改めて見てみる文説。
「………」
「(あっガチだわ。この娘ガチだわ。だってとても純真な瞳をしているんですもの)」
文説の言った通り、少女の瞳には一切のおふざけはなく、心の底から頼み込んでいる事が痛いほど伝わって来る。
「お願いです。どうか私の師匠になってください!」
「……」
初めて年の近い女の子にアタックされたと思えばそれが告白などではなく師弟関係を結んでほしいなどと…だれが予想できますかね?
「あの…駄目でしょうか?」
「悪いんだけど…いきなり師匠と言われても…ねえ?」
「ぐす…だ、だめですかぁ?」
涙目になりながら訴えて来る少女。
そんな反則極まりない表情をされるとなんだかとても罪悪感が芽生えて来る。しかし、だからと言って分かりましたという訳にもいかない。
「すみませんが…そう言う頼みは他にしてくれませんか? 俺は何処にでもいる一般人でしかないので力にはなれ……」
「ししょ~…ダメですかぁ…ぐすん」
今にも消え入りそうな声を出しながら瞳をウルウルとさせてギュっと手を握って来る少女。
「……俺の修業は厳しいぞ」
「っ! はい、師匠!!」
しかしそんな文説の数秒前までの決意は今の仕草に見事に打ち砕かれ、何を教えればいいか未だに分かっていないにもかかわらずこの馬鹿は師匠らしいセリフをほざいていた。
喜びに溢れる可愛らしい笑顔を眺めながら、この先どうすればいいか結構マジで頭を悩ませる文説であった。