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第5話 過去語り_少年、自己陶酔者と邂逅す

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「無意識という名の暗いトンネルを抜けた先は、知っている天井だった。つまり自分の部屋だ。


飛び起きて、テーブルの上に置いてあったスマートフォンの電源を付けて日付けを確認する。


【3月7日 8:00】


『‥‥‥は』


頭がショートして、思わずしゃがみ込んだ。

少しの安堵と、意味が分からないという驚愕。しかし、まだ疑念が勝っていた。



 一階に降りると、台所に立つ母の姿があった。おはよう、今日は早いのね、と言って母は笑う。どう返していいか分からなくて黙り込んでいると、首を傾げられる。


『顔青いけど、どうかしたの?』


『いいや。大丈夫』


 正直、大丈夫でもなんでもない。脳はリアルが常識を飛び越えているのを受け入れないから混乱しっぱなしだ。


『母さん、今日って何日だっけ』


『7日だけど。なにかあるの?』


『ああ、いいやなんにもない』


他者の情報から、意識が遡行したことが真実であるのを確認する。オカルトじみているが、どうしようもなく本当の出来事らしい。‥‥‥‥‥‥」


ボロボロな黒いコートを着た男の人が、ぼくの前で本を読みながらぶつぶつ喋っている。何の話なのかぜんぜん分からないけど、さっきお父さんから聞いた「マキナ」って名前が出てる。


「‥‥‥‥‥部屋へ戻って、SNSアプリを開いて、真紀奈へ『お前の家に向かって良いか』とメッセージを送った。返事が来るまで、たった一分ほどの間だったが、それが何時間にも感じられた。

画面に彼女の打った『いいよ』の三文字が映ると、手の震えと喉の渇き、少しの嘔吐感がいっぺんに襲ってくる。吐くほど不味いデスソース入りのミックスジュースを飲まされた気分だった。


『少年、気分はどうかな』


聞き覚えのある遠慮のない声が、後頭部から脳に響く。


『現実なのに夢みたいで気持ち悪い。最悪だ』


『現実が夢のようだ、か。間違ってはいない。現実とは個々人が幻視する主観でしかないのだから。まあ、君の目的と何ら関係ないことであるがね』


芝居掛かった口調で喋る男は窓の向こうに浮いている。時間旅行ができるなら、浮遊くらいできてもおかしくないのだろうけれど。


『なんで浮いてんの?』


『私が可能だと規定したからだ』


『なんじゃそりゃ』


『まあ、どうでも良い話だ。君はこれから葦元真紀奈と逢うつもりらしいが、その前に私に聞きたいことはないかね?例えば、彼女の行動などだ』


意外と親切だ。こういった手合いは「教えられない。君が知っていると世界が狂うのだ」と言って手助けしてくれないのが常なはずだが。


『君の無謀を手助けするのに惜しむことはしないさ。そもそも、その類の歪みは起こらない。世界を壊そうとするのならば別だがね』


『親切な世界だな』


『親切とは真逆だよ』


少し引っかかるが、関係のないものだろう。


『話が逸れてしまったな。さて、葦元真紀奈やその行動について聞きたいことはあるかい?』‥‥‥‥‥‥‥」



ぼくは何かにしばられていて、まったく動けない。でも、こういう時こそ落ちついてなくちゃダメだって分かってる。本の中にいるカッコいい人たちは、みんなそうだったから。


だから、今、ぼくはゆうきを出さないとダメだ。


「‥‥‥さて、鏑木叶助くん。今までの話を聞いていてどう思ったかな」


だけど、目の前の男の人がパタンと本を閉じて、急にしゃべったから、すこしびっくりした。


「よくわかんない。おじさん、何も説明してくれないんだもん」


「ああ、済まないね。私の悪い癖が出てしまったようだ。だが君が知ったところで何にもならないから大丈夫だよ」


フードをかぶっているおじさんはドラマの中の人みたいにしっかりとおじぎをして、キツネのお面みたいな細い目でぼくをじっと見つめる。


「君、意外と落ち着いているな。さすが鏑木一心の息子だ」


「お父さんを知ってるの?」


「ああ。彼のことは全て知っているよ。頭のてっぺんからつま先、誕生してから現在に至るまでの一挙手一投足、文字通りの総てをね」


歌を歌ってるみたいに、おじさんは話す。とても楽しそうだと思った。


「じゃあお父さんとぼくが食べた昨日の夕ご飯は?」


すると背の高いおじさんは、本をパラパラめくったり、うんうん唸ったりして、


「‥‥‥ああ、それは不明だな」


ぼくの顔も見ずに小さな声で言った。


「ウソついたんだ」


「そうだなあ。ある意味嘘つきだ、私は。だが仕方ない。彼の行動や心情を把握し決定するにはこの物語への記述が必要だから、どうしようもない」


「ウソと言いわけは良くないよ。お父さんが言ってた」


「そこまで悪くもない」


「どうして?」


お父さんやお母さん、学校の先生も、ウソは良くないとおしえているのに、このウソつきおじさんはどうしてそんなことを言うのかな。


「私は、いや、私たちはみんな自分という嘘の中に生きているからね。真実の中に生きていないのだ。この世界さえも」


よくわからない。だけど、おじさんはあいかわらず歌うようにしゃべっていたのに、チラッと見せた顔は強がってるみたいだと思った。


「むずかしいね」


「難しいが、そのうち分かるさ。‥‥‥叶助君、お父さんのことは好きかい?」


「好きだよ。どうして?」


「少し聞きたくなったんだ。では、彼のどんなところが好きなのかな?」


「お父さんは、どんなときだってカッコいいんだ。ようちえんの時、ぼくを大きな犬から守ってくれたんだ。お父さんも犬が大きらいなのに」


それを聴くと、おじさんは肩をプルプルさせた。笑ってるのかな。


「どうしたの?」


「あっははは、すまない。彼が犬嫌いなのは知っていたが、まさか、あの少年が私の記述無しにそんなことを。‥‥‥いいや、だからこそ、か」


おなかを抱えて笑うおじさんは、うれしそうに見えた。


ぼくをゆうかいしたこの人は、お父さんとどんな関係なのかふしぎに思った。ぼくはこんなおじさんと会ったことはないから。


「鏑木一心とどのような関係か?ふむ。一言にすると、私の配役は彼の『父親』といったところだろうな」


「おじいちゃんってこと?ぼく、お父さんのおじいちゃんにもおばあちゃんにも会ったことなかったんだ!」


友だちはみんな会ったことがあるって言ってるのに、いつもぼくだけ仲間はずれだったから、うれしくなった。


「ん?ああ、そうかもしれないな」


おじさんは、笑った。なんで「かもしれない」なんだろう?


「まあいっか。ねえ、おじさん。ぼくをさらったのはなんで?」


「ほとんどの行動や思考、そして自身の終わりを決定したからだ。しかし、しかしだ。そこに後悔など、微塵ほども無い」


「後悔?」


「自らのするべきことが分かるほど素晴らしい事はないのだよ。‥‥‥ああ、ああ、そうだとも。最適解を選び続け死ぬことが最良の人生だ。今までもこれからも、そして終末まで在り続けなければならないのだ。そうでなくては」


「おじさん?」


おじさんは、手で顔を覆ってぶつぶつぶつぶつと、まるでじゅもんを唱えるみたいに独り言を始めた。ぼくの声なんて届いてなくて、なんだかすこしイヤな気持ちになった。


「おじさん?」


「‥‥‥解っている知っているそう在ることが唯一の正解などとっくの昔から判明していただろう虚無であろうが後悔さえなければ良いと私は定義したのだ何が問題であるものかそうだとも問題はないだからそれで良いそうでなくてはならないのだ何故ならばそれこそがいいやそれのみが救済なのだから」


言いおわって息切れするおじさんの顔はとても苦しそうで、しわくちゃのおじいさんみたいに見えた。


「急にどうしたの?はあはあしてるけど大丈夫?」


「癖だ。申し訳ないとは思うが諦めてほしい。それと体力に問題はないので大丈夫だ。‥‥‥さて、ロールをしよう。彼と因縁のある私は誘拐犯で君は被害者だ。この関係においてなされるべきことと言えば、何だと思う?」


ふたたび、ぼくに質問。よく分からないけど、だいじなものだと思った。


「うーん。お父さんとお母さんにでんわをかける?」


「脅迫?違うな。正解は」


さっきより低いおじさんの声がきこえる。

次に腕をものすごくはやく動かしたのが見えて、おなかがぐわんぐわんゆれて、


「ーーー君を痛めつけることだよ。殺しはしないから安心したまえ」


目の前が、まっくらになった。



昏倒させた鏑木叶助の姿を写真に収め、父である鏑木一心にそれを送りつける。脅迫メールだが、身代金目当てではない。主観でどうにでもなるこの世界において金の問題は発生しないのだから。


では何故誘拐を実行したのか?

理由など単純。人生においての最適解であると啓示を受けたから、ただそれだけだ。


誰だって、何が自分にとって一番良いかが判明していれば、犯罪だろうと何だろうと実行する。現に、その中で生きている人間の世界を山ほど「観て」きたのだから間違いではないだろう。


人が自分にとっての「悪いこと」を働かない理由は、自分のためにならないからだ。「良いこと」を行うのは自分にとって得であるからだ。正義や良心など、「これは自分の為にならない」という利己心を隠す為の建前でしかないのだ。


人は損得の天秤を手放せない。

だからこそ主観で好き勝手できるこの世界を受け入れ幻想の中に生きているのだ。

得になるものを信じて、見て、聞く。

「悪いこと」か?まさか。

当然の行動であり、そこには一筋の瑕疵もない。

そして私の場合は、自分にとって都合の良いことがたまたま世間一般で犯罪だとされている行為だったに過ぎない。何を恥じることがあるものか。


ああ、誰に弁明しているのだろう。後悔する理由はないというのに。


‥‥‥無駄な思考で時間を潰してしまった。時間が止まれば良いと思うが、私の主観ではどうしようもない。


「さて」 


最適解は手に持っているモノを読み返すことだと脳が告げているので、そうすることにしよう。


手に持つ白い本を開いて、椅子に座る。



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