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3話 カコガタリ_崩壊する日常

感想、酷評、誤字報告などなどよろしくお願いします!

「俺は真紀奈の手伝いをやらされることになった。

気乗りしなかったけど、今ではアイツを手伝って良かったと思ってる。


(どうして?)


 話していくうちに分かるよ。

確か‥‥‥最初は、勉強を見ることになったんだ。どういう風にやっているか、何時間くらい費やしているか、とかをな。


(マキナさんはどうだったの?)


控えめに言って、酷かった。およそ勉強上でやらない方がいいことを全部やっていた。分からない問題にばかり時間を使う、そのくせ答えを見ようともしない、単語は書いて覚えようとするばかり、挙げたらキリがない。

まあ、反面教師になったから良かったけど。


だから、まずはそれを改善することにした。間違った方向にいくら積み上げても悲しい結果になるだけだからな。


ーーー確か、高1の7月終わり頃だったな。さっきの話から間は空いてなかったと思う。


放課後の教室、2人で相談することにしたんだ。ほとんど口喧嘩だったけど。


『えー、1週間お前の勉強方法を見聞きしました。気づいたことは一つ、今のままだと1000%確実に大学にも行けないということです。OKですか。‥‥‥なんだその顔』


『鏑木せんせー、1000%なんて数字はないと思うんだけど』


『てめえそれくらい現状が鬼やばなんだよ察しやがれこの野郎!真面目にやってるのはまあいいとしてなんだよあのやり方、なんで丁寧に地雷踏み抜くような真似してるんだよあーまさかバカなのか?悪いなお前超弩級のバカだったな!!』


『バカだよ!?テストの成績は校内一の鏑木にボロクソ言われる程度にはバカですよ!』


『こんな進学校もどきで一位だろうが意味ねえしそれに逆ギレしてんじゃねえ脳髄引っこ抜くぞ!?』


『かかってこい』


『‥‥‥』


『あーっ髪引っ張らないでやめて毎日気を遣って色々してるから離してえええ!!』


『じゃあ俺に口答えするんじゃねえうぐああああぁぁあっ!?お前指逆に曲げるんじゃねえ折れる折れる痛い痛い痛い分かった悪かった離すからお前もやめろ!!』


『‥‥‥正当防衛ですよーだ。そっちが口悪く言ってきたじゃない』


『あー死ぬかと思った‥‥‥。そりゃそうだけどな、あんまりにもひどかったもんだからな』


『そんなに?』


『そんなに。だから方法を変えないとどうにもならん』


『どういう風にやればいいの?なんでも聞くから教えて』


『多分辛いぞ。俺もつらいがお前の方が100倍な』


『なんでも、って言ったよね。だからなんでもやるよ。辛くたって耐えられる。‥‥‥夢を、叶えるためだもの』


あの時のアイツの顔は、いや、まあいいか。


そこから、真紀奈との奮闘の日々が始まった。最初の半年はほとんどゼロからだったから本当にキツかった。でも、やり方を覚えてからは早かったなあ。次の半年からはメキメキ力を付けて、模試で俺と同じくらいの点数になって、いつの間にか追い抜いていた。すごい悔しかったけど、嬉しくもあった。その頃だったかな、俺が教員を目指すようになったの。‥‥‥で、3年生になって受験が近づいてくると、俺が教えてもらったりすることもあった。


どうした、そんな顔して」


無言になった息子の方を見ると、なにやらまゆにシワを寄せていた。


「お父さんのすごい話を聞きたいのにさっきからマキナさんって人のことばかり。お父さん全然カッコよくないし」


「う」


鋭い指摘だった。


確かにそうだ。さっきから真紀奈のことばかり喋っていて、叶助の望みに何ひとつ合致していない。


どうやって話すか考えるフリをしながら歩調を早めてごまかす。


カッコよくなる?嘘だ。そんな時は来るはずがない。きっと酔っていて頭がおかしくなっていたのだろう。


だが、叶助はそれを望んでいる。


ならば、どうすればいいのだろうか?俺が真紀奈といる時間でやったことなど、大学受験までアイツの勉強に付き合ったくらいしかないのだ。どこかにいる誰かは褒めてくれるかもしれないが、横を歩く彼がそれをカッコいいと思うかは別だ。


くわえて、完全に自分のエゴでしかないのだが、当時の行為を肯定する気持ちにはなれない。当時はともかく、今では自分の行為がもたらした結果を知っているのだから良かったなどと思えるはずがない。


だって。


ーーー『君のせいで、彼女は死んだ』


ーーー『ならば、君には彼女を救う義務がある。なあ、君はどう足掻くんだい?』


「‥‥‥っ」


あの外道が放った言葉が、ふと脳裏にチラついた。その低音を思い出すだけで夏場だというのに身体は凍えされられて、脂汗が滲み出る。


レール上の1週間を繰り返して繰り返して繰り返した。結果得られたものは全部無駄で、最後にはあのクソ野郎も含めて全て壊した。そうする以外彼女は救えなかった。割り切ったはずなのに、どうして今更思い出す?


ーーー。


ーーーー。


ーーーーーー、


「お父さん?」


息子に手を引かれる。意外と力強かった。


「‥‥‥どうした?」


「さっきからずっと黙ってどうしたの?体調悪い?」


期待と心配が半々になった気遣うような声には、疲弊の色が見えていた。


「ああ、ごめん。大丈夫だ」


叶助は右の方を指差して、


「コンビニ着いたよ。はやく入ろうよ」


と言った。どうやら通り過ぎそうになっていたようだ。


「そうだな、入って涼もう。暑くて仕方ない」


「ぼくもうヘトヘトだよ。のどかわいたし」



膝に手をつきながら叶助はそう言った。今まで感じなかった疲れが一気に襲ってきたらしい。


彼の手を引いて、コンビニへと歩いていく。


飲み物とアイスを買って、少し休んで。その後は、どうしたものか。


情けない逡巡に身を浸らせたところで何も解決しないのに、今だけはどうしてもそれが心地良かった。



冷房がガンガンに効いた店内。


棒アイスと飲み物、それと弁当(どうやら叶助は昼飯も食べずに宿題をやっていたらしい。えらいが良くない)を買って、俺たちはイートインスペースで休憩していた。休日だというのに空いていたのは、外の異常な暑さゆえだろうか。


そういえば、と思う。

中に店員の姿はない。すでに見慣れた光景ではあるが、昔のことを思い返してから見てみるとどこか異様に映る。


しかし、今見えているものはすべて俺の望みなのだから享受する以外の道はない。つまりは都合の良い幻覚だ。もしかしたら叶助には店員がいる光景が見えているかもしれないし、他の人にとってはそもそもコンビニなんて存在しないのかもしれない。



あの日。


俺が故郷の世界を壊してからーーーというよりも現実と虚構を融合させてしまってから、と言った方が正しいだろうか。

あの日から世界中の人々は、個々人にとって都合の良い幻覚を見続けるようになった。まさしく夢の世界だ。きっとどこかの誰かは東京近くにある夢の国に住んでいたりするかもしれない。


俺もその中の1人だ、というのは真実ではない。

どう言語化すれば良いか分からないが、何故かこの世界の『創造者』という判定を喰らってしまったためである。


その不要な称号を与えられたのは、世界をごちゃ混ぜにしてしまったタイミングだと思う。そして今の『皆が幸せな世界』が偶然のうちに出来上がった。まあ、幸せと言っても皆が都合よく世界を見て、その景色の中で暮らしているに過ぎない。



『創造者』としての力は、この世界はどのようなものであるかを把握できること(こちらはまあ当然だと思う)、世界の人々がどのような風景を見ているのかを観測できる、あとは好きに景色を変えられる(これはやろうと思えば誰でもできる)というものだ。


それらの能力に興味はないと言ったら嘘になるが、怖いので使う気はさらさらない。一人だけが見られるものの観測をするということは、決まりに反する。チート行為だ。だから、結果としてその風景や本人がバグを起こしてしまう可能性が存在するだろう。

俺は、そうなった場合に責任を負えない。使えたとしても、それをする意味がない。


「トイレ行ってくるね」


腹をさすりながら息子が言う。


「ああ、行ってきなさい」


「はーい」



思わず、機械的な対応をしてしまった。思い出すといつもこれだから嫌になる。現実だと認識している絵は結局はフィクションだと否応なく見せつけられて、全てが白茶けてしまう。


実際は息子が何をしているのか、何を言っているのか不明だ。今の現実は俺にとっての都合の良いものなのだから。息子自身が本当に何を考えているかは、わからない。


だから、今頭に浮かんでいる『叶助が喜ぶこと』は俺が考えていること以上のものではない。いくら思いやりを持って行動しようが、結局は自己満足だ。

胸の奥に穴が空いたような気分になりそう。


‥‥‥ただ、青空を見上げる。


そうすれば気持ちをリセットできると言っていたのは真紀奈だったっけ。彼女は辛そうな時、いつも空を見ていたのを覚えている。



もう会えない人のことを一度思い出したら中々止まらない、とは誰が言ったことだろうか。




その時。


ざザざ、

    ざ。


ラジオが圏外に入った時のようなノイズが聞こえて視界がブレた。


「‥‥‥?」


最近働き詰めだったから疲れが出ているのだろう。それとも、ただの見間違いか。いや、この現象には既視感がある。

そう。

世界が真紀奈を殺し始めた、あの時の。


「ッ」


          ザザザ


腹の中に直接氷を落とされたような感覚。

       

    ジジジ


五感の全てに至るまで、あの時の再演に引き摺り込まれるようだ。論理も辻褄も合わないが、それは直感としてそこにあるのだ。


ならば、真紀奈がいない世界で。

現在俺の一番近くにいる者といえば、誰か。


「‥‥‥叶助、っ」


席を飛び立って彼が居るだろうトイレへ走って向かう。椅子が倒れて硬い音が響いたがそんなものに構っている暇はない。

距離は10mほどだというのにいつまでも着かないように思われた。早くしろと訳もなく脳が警告音を鳴らしている。分かっている、そんなものは分かっている。

夏蝉のようで鬱陶しくてたまらない。


何かがおかしい。手遅れになる前に、早く。

何も起こらず、「どうしたのそんな顔して」と変人扱いされる結末ならば上々だ。

どうかそうであってくれ。


「ハァ、ッ、く、そ」


息が切れ出す。


急げ。


永劫と思えるような5秒間を経て、そして。


「叶助?いるか、」


返事はない。

鍵は空いている。


嫌な予感が首元を凍えさせて、


「ッ!!」


乱暴に開けたトイレの個室には、誰もいなかった。


商品を見て回っているのかと思い店内を一周したが、何の成果もなかった。10メートル四方の空間がこんなにも広く感じられたのは初めてだった。



どこにも息子の姿はない。神隠しという言葉が頭をよぎる。



ラジオは陽気なヒットナンバーを虚しく垂れ流す。空気を読まないbgmは、耐えたくない現実を否応なく自覚させる。


「どうしてだ‥‥‥っ!!」


もぬけの殻となったコンビニに、後悔が響いた。


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