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カコガタリ_平穏な日々

回想部分についてですが、


過去における会話は『』

叶助(きょうすけ)のセリフは()

で表しています。


ご容赦いただければと存じます。


感想、レビュー、誤字報告などなど、是非よろしくお願いします!



話す前に一つ、聞いておくべきことがあった。


「叶助、いいか」


横に座る息子に声をかける。


「なに?」


「俺が物語の世界からやってきた人間だって言ったら、お前は信じるか?」


「なにそれ、よくわかんない」


拍子抜けだとっとと始めてくれ、と言わんばかりの呆れ顔である。


「そうだよな」


少し安心した。


この子は、今からの話を『あり得ないもの』として受け取ってくれるだろう。


「はやくはやく」


「分かったよ。今度こそ始めるから」



電気を暗くしてカーテンを閉めた涼しい部屋で、俺は話し始める。



「‥‥‥始まりは、今日みたいに暑い夏の日だった。蝉の鳴く声がうるさくて、その場にいるだけで水分がなくなってしまいそうなほどに。


そんな中、街の大通りを、俺と彼女は呻きながら歩いていた。ちょうど、この前見に行った映画に登場したゾンビみたいにさ。


(彼女って、お母さんのこと?でもお母さんは暑いの平気だよね?)


残念ながら、お前のお母さんじゃない。

その子は『葦元真紀奈(あしもと まきな)』っていう名前の、花のように笑う子だった。


(かわいかったの?)


ああ、美人だったよ。

‥‥‥お母さんには絶対言うなよ?


(はーい)


暑さにうんざりした俺と真紀奈は、途中にあるコンビニで一休みすることにした。店内のスペースに座って、アイスか飲み物か、とにかく冷たいものを口に入れて。


休憩してる間、こんな話があった。


『真紀奈は、何の仕事がしたいんだ?』


『宇宙飛行士。前も言ったでしょ』


俺は、高校生にもなってそんなことを言うのは冗談だと思ってた。叶いそうにない無謀な夢は、小学生の間に捨てておくべきだからな。


(え?やりたいことをやれないの?)


今では信じられない話だと思うけど、当時はそういう世界だったんだ。


今は、知識さえあるのなら『こうしたい』と思えばそれに見合う能力が手に入るし、『こうなりたい、生きたい』と願えば誰でも思い通りの人生を過ごすことができる。


だけど、昔は全然違った。


『こうしたい』と思ったところで、知識があったところで、努力を積まないとなれやしなかった。しかもそれは、正しい方向じゃないといけない。『こうすれば良い』というのがわかっていてもだ。


もしも最初から充分な力を持っていたとしても、ツイていなければ無意味だった。


(うーん。なんかすごい大変そうだね。ぼく、そんな場所で生きたくないなー)


俺もそう思うよ。だってめちゃくちゃ辛いし。


まあ、そんな不便な世界に俺と彼女は生きていて、真紀奈は宇宙飛行士になりたいって本気で思ってた。


理由を聞くと、


『星を一番近くで見て、そして触れたいから』


彼女は笑顔でそう答えた。声は真剣そのものだったから冗談じゃないって分かったけど。


だけど、ここで一つ問題があった。


さっき言ったみたいな不便な世界だと、宇宙飛行士になるにはとても優秀じゃないととダメだった。頭と身体、あと心がとても強くないと就けないお仕事だった。


今はそんなことないだろ?どんな仕事だって、なりたいと思えばなることができてしまう。



‥‥‥あの子は驚くほどに勉強ができなかったんだ。

どのくらいかと言えば、そうだな。アイツの名誉のためにも伏せておこう。まあ、それくらいできなかったんだ。


その代わり、他の二つは余裕で通るレベルだったと思う。その二つが良いからって合格になるほど甘くはないのが現実だったけど。


だから、『お前勉強できないけどどうするんだ?』って聞いた。なにか勝算はあるのか、と。


そうしたら真紀奈は、岩みたいに険しい顔をして、『あと2年でどうにかする』とか言い出した。で、その顔が真剣だったから、そんなもん無理だと否定したくなったんだ。お前の夢なんて叶いっこないって。


(ひどい!)


本当にな。でも、あの世界じゃ、叶わない夢を追っても幸せになれないんだ。苦痛の中でヘラヘラ笑うなんて俺には想像もできなかった。そんな甘い考えは捨ててもっと楽な方に流れちまえって思って。


『いや、2年くらいでどうにかなるもんじゃねえだろ』


『どうにかするに決まってるじゃない。私は宇宙飛行士になりたいんだから』


『無理だって。お前学校で全教科ビリッケツじゃねえか』


『体育はぶっちぎりで1位だよ。‥‥‥実技だけど』


『そもそも勉強してるのか?』


『やってるに決まってるでしょ』


『ならなおさらダメじゃねーか。運動センスに全部持ってかれてんだろ、諦めろ』


『やだ。あと2年でどうにかするんだから』


『どうにか、ってどうやるんだよ。海馬に電極でもぶっ刺して教科書の知識流し込むのか?』


『そんなことしたら頭がパーになっちゃうじゃない。それくらい私にもわかるから』


『おーえらいえらい。じゃあ無理だってことくらい分かるだろ』


『無理じゃないよ。だって、まだ未来は決まってないんだから!』


『‥‥‥』


あまりに前向きだったものだから、声も出なかったよ。ただのバカじゃなくて、根っこの部分からバカなんだって。


諦めて別の道を探した方が良いなんて言っても聞かなかった。‥‥‥ホント、何様なんだろうな。


『運動できるんだし、プロのスポーツ選手目指したほうがいいんじゃないか』


『同じことを先生にも親にも言われた。でも諦めないから』


ここまでガンコだと、文句を言う気も失せてしまう。呆れが一周回って尊敬に変わるくらいだった。


ここで、叶助に問題だ。


(なに?)


俺にグチグチ言われているのに全く折れない真紀奈はこのあとどうしたでしょうか?


(うーん。お父さんに言い負かされてあきらめちゃったのかな?)


残念、不正解だ。意外と夢も希望もないことを言うもんだ。いや、あいつの場合だとむしろファンタジーだな。


(じゃあ、ひどいことを言ってるお父さんに怒って、一人で勉強しようとしたのかな?)


‥‥‥そうなれば、どれだけ良かったんだろうな。


(え?なんかあったの?)


別になんでもない。気にしないでくれ。


(正解はー?)


正解は、『俺は彼女の夢を叶えるのを手伝うことになった』だ。


(お父さんはほんとうに手伝ったの?この時のお父さんはやる気なさそーだけど)


手伝ったよ。やる気は無かったけどな。意味ないと思ってたし、何より、叶いそうもない夢を追うなんてアホらしいって捻くれてたから」


ここまで話したところで、息子は「お父さんはひどい人だったんだ、びっくりしちゃった』と言った。


率直な感想だ。それにまったくもってその通りだから、ちっとも否定する気にならない。


「叶助はこんなのになっちゃダメだぞ」


「うん、絶対にならない!」


「よし、良い返事だ。‥‥‥喉渇いたな。ちょっと一階に飲み物取ってくる。何飲みたい?」


クーラーの効いた部屋で喋ると喉が渇いて仕方ない。外の暑さよりはマシだからいいが。


「ぶどうのジュース!」


「冷蔵庫の中にあったっけか?」


「たぶんあるはずだよ」


無かったらクソ暑い中コンビニまで行かないといけない訳だ。


「‥‥‥まあいいか、一緒にこい」


「えー」


ブーたれている息子を無理やり立たせて、腕を引っ張って一階のリビングへ移動する。


冷蔵庫を開けて、俺と叶助は中を覗き込む。

ないかあるかの二択、さあどちらだ。



「‥‥‥マジか」


ジュースと麦茶のボトル計3本には、合わせてコップ一杯分ほどしか入っていない。レストランで悪ガキが良くやる極彩色のミックスドリンクでも作れというのか。誰が飲むかそんなもん。


「なにもないね‥‥‥」


ユー、ルーズ。とっとと買ってこい、熱せられたコンクリート上を往復しろ。そんな天からの啓示を受けた気がした。


「しょうがねえ、買ってくるか」


「いってらっしゃい。ぶどうジュースお願いね」


生意気なことを言う。読んだ本にそんな感じのセリフが載っていたのだろうか。


「お前も来なさい。お前の飲み物も買いに行くんだから」


「はーい」





炎天下、飲み物を求めて男二人は歩く。


あー、うー、と化け物みたいな呻き声を上げているが不審者ではない。


「あっづ‥‥‥溶けちまう‥‥‥」


暑い。本当に暑い。まな板の鯉ならぬ鉄板の肉だ。焼きはウェルダン、味はマイナスA5ランク。マズすぎて逆に珍味になるかもしれないな。


「あつーい!!お父さんどうにかしてよー、ってそうだできないじゃん‥‥‥」


大声出したり、ボリューム下げたり、忙しい息子だ。


「ホントごめんな。不器用で」


「いいよー‥‥‥。急ごう急ごう、このままじゃ溶けちゃうよ」


知識を持ったうえで思い描けばなんでもできるという便利な世界になったが、俺はそのシステムを上手く扱えない。規模が大きくなったり、小さくなったりしてしまう。『誰かを助けたい』とか『ちょっと楽になりたい』と思ってやろうとすると、必ず失敗してしまう。


釜茹で地獄のような蒸し暑さを耐える叶助には悪い気しかしないが、頑張ってほしい。


間違えた根性論をほざく部活の顧問のようなエールを心の中で送りながら、住宅街を歩いていく。


道端や空き地では、叶助と同じくらいの歳であろう子供たちがボールを投げ合って元気に遊んでいる。


そういえば、真紀奈と二人で帰っていた頃にもこんな光景を目にしていた。今日みたいな日ではないけど、学校であったこととか、進路とかについて喋りながら。


「急に笑ってどうしたの?調子良くないの?」


「‥‥‥ん?いや、なんでもない。大丈夫だ」


顔に出ていたか。急に襲ってくるノスタルジーに浸って笑顔になる。老人のようだ。


「あつーい。あ、そうだ。コンビニに着くまでに続きを話してよ」


もののついでに、という調子で叶助がそう言った。


暑い中で暑い時の話をしたら体感温度はさらに上昇してしまわないだろうか、と思ったがまあいいだろう。


「そうだなーーー」


続きは、彼女との奮闘の日々だ。


コンビニに着いたら、アイスを買ってやろう。キンキンに冷えた、パキリと割れる棒アイスを。

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