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14話_過去 ロスタイム、そして終点の0に至る




 俺と真紀奈は、ファミレスにいた。


「シーザーサラダとカレードリアお二つになります。取手の部分が熱くなっているのでお気をつけてください」


「あ、はい。ありがとうございます』


 街のビル二階にあるファミレスに入って、俺たちは昼食をとることにした。


「はい、スプーンとお箸」


真紀奈が向かいの席にいる俺に渡す。


「ああ。サンキュー」


「食べよっか」


「そうだな」


 手を合わせてコールをし、食べる。


「やっぱりおいしいね、ここの料理」


「ああ。やっぱりここのが一番美味い」


 こう言っているが、味なんて分からない。真紀奈も、手が震えていた。それでも、普通に過ごして飯を食っている。彼女の、最後の願いを叶えるために。


『こんな時間に、ごめんね。

‥‥‥明日、一緒に居てほしいんだ。いいかな?』


 昨日の夜中、電話で彼女はそう言った。明るさを取り繕って、少ない言葉に悲痛な望みを込めて。


 もう会いたくない、会えないと言っていたのにどうして、なんて理由など聞かず、俺は『分かった』と即答した。だって、そんなのは分かりきっているだろう。


「ここでもたくさん勉強したよね。店員さんに怒られたこともあったけど」


「ああ、あったな。なんて言われたっけ」


「モノ頼んでくれないと商売にならない。勉強やるだけなら家でやってくれ、だったかな」


「正論だな」


 ヘンに取り繕われるよりよっぽど説得力がある。そう言われなかったらきっと無駄に反発していたかもしれない。


「ねー」


たわいのない会話を繰り返すその時間。勉強の休憩に挟まれたそれは、とても暖かいものだったと思う。もう思い出せないけど。


「鏑木くん」


「どうした?」


「食べ終わったら、店員さんにお礼言いに行こ」


 シーザーサラダに手を付けている真紀奈が言う。


 思わぬ提案だった。‥‥‥だけど、断ってはいけない、物だった。


「この時間だと迷惑になるんじゃないか?それに、あの時の人がいるかも分からないし。‥‥‥ああ、でも」


確かにお礼はしたいな、と続けると、真紀奈は柔らかく笑う。


「‥‥‥ありがと」


「お礼なんていい。したいのはこっちの方だ」


 謝罪もしたいが、ここで雰囲気を悪くするなら、同じ自己満足でも感謝の方がよっぽどマシだろう。


「えっ?」


「ん?」


 今日になって、真紀奈は初めて純粋に驚いた顔を見せる。諦めが消えてしまったその表情を見られたのが嬉しくて、俺はたまらず吹き出してしまった。


「えっ!?」


「なんだその反応」


「なんだも何も、鏑木くんに感謝されるようなことなんてわたしなんもしてないじゃん。いっつもいっつも助けられてばかりだったじゃん」


「それは勉強でだろ。それ以外の部分だよ。俺はお前にずっと助けてもらってたんだ」


 そして、お前を苦しめてもいた。


 それは、もう言ってはならない。


「そう、なの。そっか、そうなんだ。

 ‥‥‥嬉しいな」


「嬉しい?」


「こんな時だから言うけどね?わたし、鏑木くんに恩返ししたいなーって思ってたんだ。‥‥‥けれど。もう、できてたんだね。ホントはし足りないけれど、ゼロじゃないなら良かった」


 その言葉が予想外で、水を喉につまらせた。


「大丈夫?」


「ゲホゲホゲホッ、ごめ、水が変なとこ入った。‥‥‥あー、うん。大丈夫だ。心配そうな顔するなって」


 こんな時に、そんな優しい顔をするなんて思わなかったから。


「というか、鏑木くんが急にありがとうなんて言い出すから、びっくりしちゃった」


「いやいやいや」


 流石にお礼くらいは言えるが、それは今の話だ。きっと、昔の俺はそれすら言えないダメ人間だったのだろう。


「言ったことほとんどないじゃん。だいたい『悪かった』とか『すまない』とかでしょう?」


「‥‥‥だろうな」


 そうなるのは十分予想がつく。


「だからよけいに驚いちゃった。嬉しいし、恥ずかしいし」


 彼女はパタパタと手で紅く染まった頬を煽いでいる。

 

 俺は、そんな彼女に机に置かれていた紙とペンを差し出す。


「?これは」


「ほら、店員の人にお礼言いたいんだろ。だからこの紙に書こう。「長い間ありがとうございました」って」


「そっか、その手が」


 驚いたように彼女は口に手を添える。


「食い終わったし、な」


「うん、そうだね」


 ボールペンを走らせて、なるべく丁寧に書く。書いていると、紙面というスクリーンに、ここに通った思い出が映されているようだった。


 悩んだり、怒ったり、喜んだり、楽しんだり。


 いろいろ、本当にいろいろあったのだと思う。


 それを想像するたびに、紡ぎたい文字の数が増えていって、途中、書き足らないことに気が付いた。それは心に演技を重ねた絵空事で、さしたる意味はないかもしれない。


 それでも。


 今、彼女が見せている柔らかい表情は。


 記述されたものだとしても、『そこにあるだけ』ではないと信じられた。







 午後2時で日は高く登っているが、強く吹く乾いた風は容赦なく身を刺すので結構寒い。


 歩道には、俺たちと同じくらいの年頃の人たちがところ狭しと歩いていた。上空から見たら、きっと白や赤や黒のドットの塊に見えることだろう。


 彼女が俺の手を、痛いくらいに強く握る。指先から鼓動が聞こえそうなくらいに、真紀奈は近づいていた。


「‥‥‥真紀奈」


「なに?」


「最後まで、離れないから。約束は守る」


 いっそ一緒に死ねてしまえたら、と思う。だけど、それは『作者』への屈伏を意味する。


「ごめんね」


「お前は何にも悪くないよ」


「‥‥‥」


真紀奈の声は、道ゆく人々の喧騒にかき消される。


「なんか言った?」


「なにも言ってないよ」


聞き間違いか。


「うん。‥‥‥何にも、言ってない。もう、言い残すことも、ないよ」


「───え?」


 真紀奈の手が離れた。彼女は人波にさらわれ埋れていく。


 いいや。それは『離れた』というよりは


      ジ、

 ズズ



      ザザザ


 視界に黒々とした裂け目が起こり、その一瞬あとにアナログテレビで時たま聞く砂嵐のような死の宣告。もう、止められない。


   ザザ


ザザザ


「‥‥‥真紀奈っ!!」


 せめて、彼女が独りで死なないように。


 俺は、走り出した。


 






 意図的な惨劇が巻き起こった、大通り。


 俺は、アスファルトに倒れる真紀奈の手を握っている。


「‥‥‥手、‥‥‥さ、ないで。ね?」


 彼女の腹には、人混みに押しつぶされただけでは絶対にできることのない大きな風穴が空いていた。まったくもってふざけているが、笑えない。物理法則を無視してでも、世界はこの子を殺したいのか。


「分かってる」


 真紀奈の手は、だんだんと色と温度を失っていた。それがあまりにも残酷で、目を逸らしそうになる。だが、それはできない。ここで、繰り返しの過程で散々逃げ続けてきた終焉を見届けなければならないのだ。


「‥‥‥だいじょう、ぶ?」


「大丈夫な訳あるか。‥‥‥真紀奈は?」


「もう、だめ。‥‥‥なんで、しゃべれるのかってくらい」


「──────ッ、」



 お前は、彼女にここまで言わせた。



 不確定な夢に向かう葦元真紀奈を歪めて折ったのは、『作者』でもなく、それを選択した鏑木一心だ。



 ここに来て、そんな事を思い知らされる。



「‥‥‥ね。‥‥き、くん」


 ただでさえ途切れ途切れだった声が弱々しく掠れていく。もう、時間がないのだろうと、焦りが全身にまとわりつく。


「真紀奈。大丈夫だ」


 大丈夫なものか。


「う、ん」


「最後まで、居るから」


「じゃあ、もうちょっとだけ、おね、がい」


「‥‥‥おまえの気が済むまで居るよ」


「け、ぶ、ふっ、。ありがと」


 口から血を吐きながら、それでもなお俺に笑いかける。わたしは心配ない、痛くないと言いたげに。


 そして彼女は、震える唇で、文字通りに死力を尽くして、言葉を紡ぐ。それは、葦元真紀奈という少女の遺言だった。


「‥‥‥鏑木くんに、会え、て。よ、かった。

 わたしは、ここで、終わっちゃうけど。鏑木くんは、夢を、かなえてね。それで、‥‥‥」


 そこで、真紀奈の目が完全に閉じられた。


 人らしい温度が薄れて、『そこにあるだけ』の肉の塊になっていく。それでも俺は、真紀奈の手を握っていた。約束は関係なく、安心して逝けるように。

 

「‥‥‥」


 真紀奈は。死んだ。


 もう逃げてはいけない。


 それを、その死顔で理解した。これだったら、最初から、こうしていれば良かったのかもしれない。


「───さて。戻るかね?」


「‥‥‥」


 全てを壊すように、空気の読めないクソ野郎が現れた。


「そんな訳ないだろ」


「そんな目で見られても困る。君の責任ではないといえ」


「‥‥‥元凶がよく言う。俺が選択した事だとしてもわ全部お前が仕組んだ事だろうが」


 拳を握る。


「そうだな。で?君はここで私に挑む予定だが、勝算はあるのか?」


 勝算。


 この男の盲点となる物。


「‥‥‥教えてやらねえよ」


 まだだ。ここでは使うな。


「君も彼女の遺体は傷つけたくないだろうし、場所を変えるか?」


「お前と同じ思考かよ。反吐が出る」


「私は君の全てを見る事をできる。それに、私にも情というものはあるからな」


「情‥‥‥」


「そうだ。情だ」


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥は。はははは。

 ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!」


 想定外の言葉に腹を抱えて笑ってしまう。


 情。感情。


 お前が、そんな言葉を吐くのか。


「ショックに耐えきれず気が触れたのかね?それもまた一興だな」


「ははははははっあはははははは!!!!あー腹痛え。馬鹿馬鹿しい、正気だよ。なあ、おい。‥‥‥虚しさを寒い演技で取り繕う事しかできないゴミが何を言ってんだ?」


 思わず、口から本音が溢れ出す。


『誰にも罰せられなかった。だからこそ、君という主人公に打ち倒されたいのだよ』


『さあ主人公、復讐の時だ』


 いつか、この『作者』は、確かにそう言った。あの時は情報を受け止めきれず停止してしまっていたが、今だったら理解できる。ああ、なるほど。拍子抜けだ。


 この程度の怨念に。


 この程度のクソ野郎に、真紀奈は殺されたのだと。


「ふ、」


「笑うなよ。超然としたフリしておいてその中には何もないんだから、燃料切れで坂道を勝手に降る車と変わりはないだろ。俺、間違った事を言ってるか?」

 

「私は虚構を原動力としているから、燃料は常に充填されている」


「燃料タンクに空気が入ってるから問題ないと言ってるのと変わらねえな。呆れるよ」


 大通りには、俺達の声だけが響く。惨劇から放たれる悲鳴はいつの間にか消え失せている。その冒涜も、目の前の『作者』の仕業だろう。


「小難しい言い回しで誤魔化しているつもりだろうが、人の感情を踏みつけにして動いているクソッタレだって事だ。なんで生きてるんだ」


 そして何故殺した。お前なんかのためにその命を消費されるほど、真紀奈は安くないというのに。


「何を憤る?画面の悲劇も虚構の喜劇も『感動した』で終わらせるなど、君すら行なっている。それがたまたま回ってきただけだ」


「消費される側は堪ったものじゃない。せめてそうされることに気付かないまま終わらせろ」


「むしろ慈悲だ。誰も恨めないまま憎しみを抱き続けるなど、耐えられないのだからな」


 テメエの悲しみなど知ったことじゃない。そんな慈悲はありがた迷惑でしかない。


「だったら最初から作るな。お前はお前の苦しみを一人きりで抱えていれば良かったんだ」


 善意を受け止めなければならないのなら器は生まれなければいい。それが救いになるから問題ない?いいや違う。そんな物を救いとしなければならない物語など、それを自覚させられる側からしてみればいい迷惑だと言っているのだ。


「それで。私を断罪する資格があるか?君が今からやろうとしている事も、心の慰めとしての創作だろう?」


「‥‥‥知ってるか。そりゃそうだ」


 この男は『作者』。俺は『役割』を与えられたキャラクターという絶対的な関係は揺らぐ事はないから、ここからの展開を知られていても想定済みだ。


「君は『葦元真紀奈が夢を追うことができる世界』という幻想を作り出す。しかしそれは、」


「俺の自己満足で、真紀奈を俺の為に使っているって指摘したいのか?だったら無駄だ、そんなもん分かってる。‥‥‥だけどもう、その程度じゃ止まれねえんだよ」


「そうか。それでどうする?」


「どうせ知ってるだろうが」


 この物語を壊して、残骸から新しい世界を作り上げる。これが俺のやろうとする事だ。


 しかし。その為には、手に入れなければならない物がある。


「そのクソッタレの本、奪わせてもらうぞ」


「させると思うか?ああ、聞き方が不親切だったか。

 そんな結末になると思っているか?君は『葦元真紀奈』を救えず終わると『設定』したのは私だぞ」


「茶番だからやめろって?だったらテメエは自分を悪役なんかに設定しなければ良かったんだ。これはお前が作った都合の良いバッドエンドストーリーだろ」


 このやり取りは、さっさと終わらせよう。身体中の全細胞が、『なんでも良いから真紀奈を助けろ』と疼いて止まらない。


「‥‥‥堂々巡りはもう御免だ。『作者』だの何だのじゃない、単純に気に入らねえんだよ。真紀奈の命を弄びやがって」


 地に身を預ける真紀奈の亡骸に瞑目して、彼女から目線を離す。もう二度と、振り返れない。



 宙に浮く男を見据えて、ありったけの憎悪を込めて言う。



「人形遊びは楽しかったか、クソッタレ」



「君自身が最も理解している筈だ」



 そして。



 世界の破壊が、始まった。

 


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