13話_踊る少女人形は役目を終えた
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○過去
真紀奈は明日死ぬ。確定的に。
だけど、全部壊して創り直すから問題はない。
「ねえよボケ」
前日になって尻込みする俺は、到底主人公らしくはないだろう。そんなものはどうだっていい。
そもそも、よほど独善的でブレないろくでなしでもない限り、『砂糖を入れすぎたら塩を入れれば大丈夫!』みたいな思考にはなる訳がない。
それを考えていると、マグマのように熱を持った黒い感情が心を焼こうとする。
「‥‥‥いつまでウジウジしてんだよ」
そんな風に、自分を叱咤する。やらなければいけないし、俺だってやりたいと思っている。しかしこれは、そんなに簡単な話じゃない。
確かに、助けられる。だけどそれは「今」の彼女ではない。俺が共に過ごしてきたあの子は、結局死んでしまうのだ。車に轢かれて、運命に首を吊られて。
きっと答えなんてない。
だけど。
割り切ったらダメだ。思考を止めて役割をこなす装置になれば、すべてを白けた目でしか見ることのできない『作者』の思うツボだろう。
「‥‥‥」
空は、吸い込まれるような青いカーテン。それを突き破れば、星々が散りばめれた暗幕だ。
真紀奈が飛ぶはずだった、広大な宇宙。
届かないそれを見上げていた。
いや、届くだろう。全能の力を使えば、宇宙の果てまで飛べる。そんな事をする気はないが。
するべき事は、ただ一つ。それを上手くやれば、彼女を助けることは可能だ。
心の準備はできている。
たとえあちらが全力で道を阻もうとしても、俺にはそれを貫く銃弾がある。死角から『作者』を倒す魔弾を迷いなく撃てる。俺は大量虐殺者になるが、彼女の幸せと引き換えなら構わない。受刑者と看守が同一人物なのに、罪も罰も無いのだから。
‥‥‥ああ。
俺がやるのは、そういう事だ。迷っていても、やらねばならない。そう、俺の為に。
ふと、机の上のスマートフォンが震えた。電話の呼び出し音。この手の音声は何故人をビビらせるのだろうか。
着信ボタンを押して、スピーカーに設定を変える。
「はい、鏑木です」
数秒、沈黙。
「‥‥‥。こんにちは」
真紀奈の声。なのに、俺の口から出た言葉は、「どうして」という疑問だった。だって普通に考えてみろ。トラウマを植え付けるような相手と連絡を取ろうなんて考えない。ああ、クソ。普通でなくしたのは何処の誰だよ。
「どうして、俺なんかに」
「‥‥‥」
沈黙。
「違う、迷惑って訳じゃない。本当に、むしろ嬉しいくらいだ。迷惑っていうのはそういう事じゃなくて、」
まったく、言いたい事もうまく伝えられやしない。それに誰に言い訳をしているのか。
再び、気まずい無音。快晴の昼間だというのに、脳には暗澹とした闇がチラつく。何か、とりあえず、雰囲気を少しでもマシにする話題はないのか。解っている、そんな物は無い。だけど何か、
「真紀奈。今から会えないか」
自分の言葉に絶句する。
これまでの人生の中で最悪としか言いようのない言葉が口から滑り落ちた。何を馬鹿なことを、気が狂ったのか、いいや狂っていた。こっちだって明らかにまともじゃないが、それにしたってそれは無い。どんな空気を読めない奴だってここまで最低な事を言わないだろう。
「‥‥‥ぁ、っ」
処理を経て変換された電子音声が、真紀奈が苦悶の表情で呼吸を詰まらせている情景を俺に送ってくる。最悪だ。何でそんなドジを踏む。
「‥‥‥、ああ。ごめん、何でもない。忘れてくれ。本当に、何でもないから」
ぶちまけた水が元に戻る事はないというのに、無意味な謝罪と弁明ばかりを並べてしまう。わざとじゃない、が出ないだけマシか。そんな訳はない。
「‥‥‥真き「鏑木くん、」
「どうした?」
「ごめんなさい。‥‥‥あんな酷いことをしたのに、ごめんね」
謝らなければならないのは、俺の方だ。
「‥‥‥ああ。解ってるよ。だから、謝るな。お前は悪くない」
分かっていたことだ。むしろ、言ってくれただけでもありがたい。だからもう、ゴールは見えていた。彼女にも、俺にも。
だけど、言わなくちゃいけない事が、ひとつだけ残っている。
「‥‥‥じゃ、切るね」
「待ってくれ、真紀奈」
「‥‥‥え?」
「お前を、助けられなくて。それどころか、もっと苦しめて、終いには見たくない物を見せて。‥‥‥本当に、」
先に続く言葉に詰まって、喉が渇く。
違う。これは、言うべき物ではない。「ごめん」で済むものか。
いいや、どんな謝罪にも意味はない。何を言ったって、彼女は楽にならない。轢殺されることに変わりはないから。
しかし、真紀奈は黙っている。静かに息を飲んで、何かを待っていた。俺にとってはあまりに都合が良い。そういう風に回る世界だというのを、こんな時に思い出す。
‥‥‥ああ、そうか。
そんなクソッタレな世界だったら。
俺が聞くべきことは、一つだけ。
「真紀奈。お前のために、何かしたいんだ。だから、聞きたい。何か、してほしい事はないか?」
何か何かと曖昧な言葉が続く。文にするには、あまりに拙い言葉だったけれど、これが精一杯だった。夢を追っている彼女の姿以外を知らないから、この期に及んでそんな問いかけしかできない。だけど、ここでできる最善だった。
「何でもいいから、さ。俺は、」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「別に、無ければいいんだ」
「‥‥‥‥、」
あまりに心地が悪い、間の後に。
「‥‥‥それ、なら」
「うん」
「今。わたしの話を、聞いてほしい。鏑木くんだけに話したい事が、あるから」
決まりきった死が迫っているという絶望的状況とは裏腹に、彼女の声は穏やかだった。
真紀奈をそんな風にした奴は、彼女の見えない所で死んでしまえば良い。
○現在
「さて。そろそろ彼が来るか」
「お父さんが!?」
「‥‥‥よくもまあ自分を誘拐した人間の言う事を信じるものだ。単純なのか純粋なのかは知らないが」
「だって、ウソじゃないんでしょ。さっきからずっと、おじさんの話は、アタマに『本当だ』ってせんのう?しているみたいだから」
「そうだな。実際、今の私が言っている事は殆どが事実になる。しかし、ごく稀にただの戯言となる時、私とのズレというのも生まれるのだ」
「何がおじさんとズレるの?」
「世界のルール。リンゴが下に落ちたり、標高が高いほど空気が薄くなったりという物が、私の記述を押さえ込み、ズレを起こす。‥‥‥ズレが起きた時、何が世界に起こるかは分からない。例えば、あたり一帯が吹き飛ぶかもしれないな」
「こわいね」
「しかし本来、未知や予想外は素晴らしい物だということを忘れるな。想定通りのイレギュラーは、何も面白くない」
「だれに向かって話してるの?」
「君にだが。未来ある若者への講義という物を、気紛れでしたくなったのでね」
「‥‥‥そう。だけどおじさんはユーカイはんでしょ」
「また苦痛に喘ぎたいか?」
「‥‥‥先生だったらそんなことしない。お父さんは、そんなことしない」
「だろうな。彼は他人を傷付けることを極端に恐れる性格だ。しかし、そういう者ほど沸点を超えた時は極端な行動に走る」
「じゃあお父さんはいつもガマンしてるってこと?」
「自分で見て確かめるがいい。
さて、話の続きをしよう」
○過去
「鏑木くん。今まで、ありがと」
全てを話し終えた真紀奈の声は、憑き物が落ちたように透き通っていた。聴き慣れた物は違う、ある意味での晴れやかさ。
「‥‥‥‥‥‥‥ああ。こちらこそ、ありがとう」
お前への感謝は、いくら言葉を尽くしてもきっと足りない。
「‥‥‥わたし、もう準備はできてるからね。大丈夫。本当に、大丈夫だから。‥‥‥だから、ね?わたしとの約束、ちゃんと守ってよ?」
なんでそこで元気そうにするんだよ。
声震えてるじゃねえか。
「ああ。絶対に、守るよ」
数秒後、「じゃあね」という言葉があり、長い平坦な電子音声が耳に入り込む。それは登れもせず打ち破れもしない、そして触れることも許されない断絶の壁だった。
せめて何も零れないように、窓の外の空を見上げた。ここで俯いてしまえば、二度と前を向けないから。
憎たらしいほどの、青天。
「良い天気だ」と、何度も何度も繰り返す。
空が濃紺に染まるまで、ずっと。
○現在
既に、夕刻を過ぎていた。
この状況には心底腹が立っている。
俺の周りから大切な者を奪おうとしているあの虚しい男。
またも俺の大事な人間を理不尽に絡め取るというのならば。
全身全霊を以て、排除する。追いすがる過去の残像など、消し去ってやる。
アクセルを踏む。
目的地まで、あと少しだ。
ホームセンターでトニー・スタークとゾンビが戦ったらどうなるんだろうか




