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11話_クソッタレな物語

感想など、よろしくお願いします。


○過去



 手を握る。

 

 歩く。


 離れる。


 追突音。


 手を握る。

 

 歩く。


 湿った音。


 家での談笑。


 不自然なノイズ。


 ブレーキ音。


 悲鳴。


 肉が、潰れる音。


「────────、朝か」


  覚醒する。


  身体が軽い。‥‥‥そんな物に、意味はない。


 何周目か、分からなくなっていた。


 一週間を繰り返して、繰り返して、繰り返して。


 彼女の声を、手を、笑顔を、忘れようもないほどに焼き付けて。


 まあ、いつかの『治療』のおかげで身体に影響はないし、彼女の言葉で精神にブレはなくなったから問題はない。


 だから、今回こそ助ける。助けられる、筈だ。そうでなくては、このループに意味が無くなってしまう。俺は、真紀奈を助けなくてはならない。そういう役割だ。


「今度こそ、」


 意気込もうとしたところに、スマホの着信音。真紀奈からだ。


 開いてみると、『会えないかな?』という文。もちろん、『了解』と返す。


 彼女を思い浮かべて、ベッドから立った。



 真紀奈と合流して、駅の通りを歩く。


「‥‥‥」


 彼女はどこか浮かない表情で、俺の袖を掴んでいた。‥‥‥気のせいだとは思っていたが、幾らか前からか、笑顔が消えていたような気がする。


 少し気になって、


「どうしたんだ?」


「‥‥‥ちょっと、ううん。

 すごく、怖くて」


 よく分からない言葉を聞いて、ふと、何も心が動かないのに気が付く。恐怖は、麻痺してしまっているのだろうか。


「‥‥‥」


 彼女が死ぬのが怖いのは薄れちゃいない。だから、こうして繰り返している。


 いや。


 俺は、本当に『真紀奈が死ぬ』のを恐れているのだろうか。‥‥‥今更、何を考えている。でなければ繰り返さない。


 本当に。恐れている。


「ねえ、鏑木くん」


「なんだ?」


 不意に名前を呼ばれて、振り返る。真紀奈は、頬に雫を垂らしていた。よく見れば、目元は赤く、口元はひどく青褪めていた。


「どうした!?」


 周りの有象無象に迷惑そうな目を向けられたが知った事ではない。お前達の存在など、目の前の彼女に比べればどうでもいい。


「大丈夫か?」


「‥‥‥ごめん」


 真紀奈は、いつもの笑顔を必死に作ろうとして、しかし震える声で、小さく言った。


「これ以上優しくされたら、決心が鈍っちゃうから。‥‥‥‥言うね」


「何、を?」


 すぐ後で、訊かなければよかったと後悔する。だけど、これは、思い知らされなければならない事でもあった。


「何を、言うって」


「わたし、鏑木くんの事が好き。だから、‥‥‥もう、わたしのために何もしないで」


 彼女はその場から走り出す。俺は動けずにいた。彼女の背中はどんどん小さくなって、すぐに雑踏の中に消えてしまった。


 嫌な予感が、頭を埋め尽くしていた。

 



○現在




「鏑木一心は何度もやり直しをしたが、記録は消去されなかった。それが、彼女を苦しめる事になった」


「どういうこと?」


「彼は特別という訳ではない。私が中心に据えただけだ。

 私はページを巻き戻したにすぎない。その時に鏑木一心に記憶が残るというのなら、他の人間にも残るだろう」


「もしかして、」


「もちろん、葦元真紀奈にも、他の人間にも。事象の中心たる鏑木一心ほどではないが、幾度となく繰り返せば鮮明になるだろうさ」


「じゃあ、マキナって人は」


「察しがいいな、嫌いではない。

 そうだ。彼女は、何回も死んだ記憶を有していた」


「でも、それだけだったらお父さんが自分を助けようとしている、なんて思わないんじゃないの?」


「キャラクターには『役割』があり、そこから逃れる事はできない」


「何のこと?」


「鏑木一心は絶対に『葦元真紀奈の手を離し、そして死なせてしまう』。葦元真紀奈は『車に轢かれて死ぬ』。彼や彼女は、そういう『役割』を果たしている」


「‥‥‥お父さんは、本の中のキャラクターじゃないよ」


「虚構と現実に何の違いが?夢を夢だと認識しなければ、それは色のある現実と変わりはない‥‥‥まあ、どうでもいい話だ。これを見れば、解る事なのだし」


「その白い本?」


「ああ」


「なにが書いてあるの?」


「この世界の全てさ」




○過去 鏑木一心の自室




「どういう事だ」


 パーカーの男の胸倉を掴む。熱となって身体を覆っている怒りは、いつまで経っても消えそうにない。


「言った通りだ。君が繰り返した事によって、今の彼女は死ぬ記憶を鮮明に維持している」


「知っていたのか」


「そうだが?」


「───ッ!!」


 突き出した右拳は、プロジェクターで映し出された幻影みたいに男の顔面をすり抜けた。


「君は私より『一つ下』に存在している。隔てる壁を認識しない限り、干渉することは不可能だ。その逆は自由だが」

 

 滔々と説明する男。そんな話、今まで聞いた事もない。


「このタイミングまで記述していなかったのだから当たり前だろう」


「何を言ってやがる‥‥‥、?」


 記述、というワードに、引っかかる。


 最初に、男は何と言っていた?


「‥‥‥」


 予感。粘ついた汚水のような、ソレ。


「そろそろ、種を明かしてしまおうか」


 不敵な笑顔。芝居がかった言動。


「‥‥‥‥‥時間の仕組み、もう一回言え。一言一句、変えずにだ」


 男は、思い出そうと少し目を閉じた後。


「‥‥‥‥‥ふむ」


 手に持っている、白いハードカバーの本を開いた。


「‥‥‥ぅ」


 脳をブラシで擦られる感覚。


 鏑木一心という存在の核心を侵されているようで、唾を飲み下す事しかできないでいた。これから更に悪いことが起きる予感が、身体を蝕んでいく。『治療』など関係なく、形容し難いナニカが俺を泥濘に沈めていく。


 その様子を見て。


 目の前に浮いているソイツは、にたりと笑い。


「『時間の流れは不変だ。ほら、小説の時間経過は基本的に一方通行に、描写は『すでに起こった』ように書かれるだろう?小説とは出来上がった状態で世に出される事物の総括本だ。つまり、最初から結末が決まっているのだ』。

 そして君は、『本に新しいページを挿入するような物』と解釈した。大正解だ」


「‥‥‥そうかよ」


 男の持つハードカバーの本に、目が引き寄せられる。予感は予測へと変じていく。‥‥‥ああ、クソが。今までの人生で一番酷い経験だ。


「何か?」


「お前、その本見せてみろ」


「おめでとう、鏑木一心」と、男は笑い、それを差し出す。


 手渡された、ソレ。


 何の装飾もない、白い本。


 その表紙を、開く。




○現在




「分かっただろう?」


「‥‥‥そんな、」


「彼は物語の中の存在だ。彼女もね。

 既に未来まで記述されたのに、役割を果たし『た』のに、その途中でやった事を覆せる筈はない」


「信じない。そんなこときいてない」


「それでも事実だ。これが世界というものだ。その残酷さに気付けず死ねる方が幸せというのに、彼は繰り返した。『役割』とはいえ、彼はそれを他人に気づかせてしまった」


「知った人は、ここに書かれていない人たちは、どうなるの?」


「さあ?記述していない事だから知らないな。登場人物の自由にさせてやったのだし、これくらいは感謝してほしい物だ。君はどう思う?」


「みんな、怖がると思う。自分が死んじゃうことを知ったら、当たり前だよ」


「ならば、そういうことにしておこう」


「おじさんは、いったいなんなの?」

 


「私かい?私は、この物語の作者だよ。だから鏑木一心の『父親』のような物でもあるのさ」




○過去



 見たくもない事実を擦り込まれ、信じたくないのに『真実』だと頭と心の全域に叩き込まれる。受け入れられない物であるのに、それはあまりにも耐え難い。鏑木一心という人間から、現実味がペットボトルの炭酸みたいに抜けていくのにはさほど時間は掛からなかった。


「どうだったかね」


「面白くねえ。夢の中まで悲劇を作って何が楽しい?」


 堪らなくなって、途中で本を閉じる。気分は最悪だ。


 考えや言動、そして感情が、全て造られたモノだと知って、悪態を付かないでいられるなど、悟りを得た聖人ですら無理だろう。‥‥‥ああ、ある意味それに近い場所に居るのか。クソみたいな感覚だ。


「何のために、こんな筋書きにしやがった」


 パーカーの男。目の前の『作者』。俺や真紀奈を、この悲劇を作った人間。今すぐにでも殴りたいが、身体がそうさせてくれない。これも、さっき読んだモノの筋書き通りか。


「私の生い立ちを聞いてくれるかね?」


「‥‥‥何言って」


 もう読んだ身の上話など聞きたくない。共感できないし、する気はない。なんで元凶のお涙頂戴昔話をされなくてはならないのだ。


「ーーーーーー。ーーーー、ーーーー」


 ‥‥‥いや。


 だったら、これは。


「ーーーー、ーーーー」


 


○現在




「私が識ったソレは、理解されるモノではなかった。親しい『友人』は多くいたが、その誰にもな。

 ‥‥‥最初は説明した。受け入れてもらおうと思った。だが、彼女達は皆私を精神病だと思い込んで『善意』で心配するのだから、辞めた」


「それで、どうしたの」


「少しの間、溶け込もうとした。擬態しようと、必死だった。だけれども、それは無理だった。世界の無価値さはそんな物では誤魔化せないと分かってしまったから」


「どういう意味?」


「あえて言うのであれば、『自分も含めた周りの人間が、ある日突然路端の石に見えてしまう』ようなものだ。そこに入り込める筈がない。景色が一瞬の内に色褪せていくのは目新しいが、良いことなど一つもない。そんなモノクロですらない『ありのまま』の世界に居れば、気が狂う」


「すごくつまらなそうだね」


「解るのかね?」


「わからないけど、なんとなくそう思うよ」


「そうか」


「?」


「いや、どうせすぐに知るから良いだろう。続きに興味はあるか?」


「続きじゃないけど。

 なんで、おじさんはお父さんをやさしい人に作らなかったの?」


「私の周りには、君が思うような優しい人間ばかりがいた。理想的で、現実的に考えてあり得ないような非の打ち所のない人格者が。端的に言って、私は恵まれていた。しかし、目の前の全てが砂糖細工のハリボテだと知った。そういう『役割』だった。

 私に優しくしてくれる、そんな彼女らは誰も私を理解できなかった。だから、それに触れる事が嫌になってしまったのだ」


「だからにげたんだね。それで、お父さんに八つ当たりしたんだ」


「八つ当たりか、この上なく的確な表現だ。弁解はしない。私は後悔などしていないのだから」


「ウソつき」


「私と君の立ち位置を思い知らせておこうか?」


「!!、ぁ、ぐ」


「分かっているだろう。私の情報を開示した所でこの関係は揺らぐはずもない。

 ‥‥‥次に私は、世界の虚構性をはっきりと理解した。踏みしめる地も、内にある絶望といった感情も、私と交流してくれる他人も、全て誰かに作られたモノであると」


「‥‥‥さっきと同じじゃない?」


「少し違う。感じると理解する、この二つは別物だ。まあ、説明しても判らないだろうが。これを理解した私は、『なんでもできる』ことに気が付いた」


「『なんでもできる』?」


「例えば、」


「うわあ!?」


「こんな風に空間を無重力にしたり」


「ええっ!?」


「宇宙の中で何の疑問もなく活動できるようにしたり」


「なんでこんなことが!?」


「どうやら『内に居ながら世界を外から見ている』状況に居ることで、世界の設定を弄れるようになったらしいが、それは私にもよく分からない。まあ、『世界を好きにできるようになった』というだけだ」


「神さまみたい」


「私もそう思っていたさ。全能感に酔いしれていれば、巣食う空虚さに目を向けずに済むだろう、と。‥‥‥すぐに醒めてしまったが」


「ゲームでズルしたみたいに?」


「それより酷いさ。負の感情すら湧かないのだから」




○過去




 葦元真紀奈。

 

 俺が、守りたい人。

 

 現在進行形で首を絞め続けている、あの子。


 彼女は、筋書きに踊らされる機械仕掛けの人形だった。都合のいい『ヒロイン』という奴らしい。‥‥‥だったら、俺の役をまともな奴に作り上げろと言いたくなる。彼女があまりにも気の毒だ。


 この事実は、死と同様に覆しようがない。


 彼女は死ぬ。これは決定した未来。俺がやり直すほど脳には死の記憶が刻まれ、今回ああなった。


 つまり、もう苦しめない為には、この周で諦める他ないという事。


 自分がフィクションの存在である事よりも、そちらの方がよほど堪えた。


 ‥‥‥おそらく、俺は、『鏑木一心』というキャラクターは、やり直しを辞めにする。彼女を守る為には、これ以上壊さない為には、それしかないからだ。


 それに。

 

 運命には勝てないと、頭の奥の本能に近い部分が叫んでいる。『作者』の決定には逆らえないなんて、当然だって。


「‥‥‥嫌になる」


 これも既に書かれたモノだと知ってしまうと、自分の思考の無力さに‥‥‥いや。そもそも『文章として記述があったこと以外の』思考などしていない事に、吐き気がしてくる。


 今から食べようとしていた料理が『既に』腹の中に入っていたような異物感が、何か考えようとする度に全身に潜り込む。


 

 ジ

  ジ

    ジ

   ジ


 聞き慣れ、そして見慣れてしまった裂け目とノイズを捉える。


 直後。


「、あれ、?。ー、……・・・!?」


 狂った。


 視界は白黒すら失う。


 外を飛ぶ鳥の鳴き声はノイズと化し。


 部屋の匂いは無価値以下に成り果て。


 温度はゼロではない何かに変わる。


 身体を流れる血は蛇のよう。


 

 今まで見たことのない現象が、感覚を劣化、いや、変質させた。


「終わったな」


 意味を伴った音が耳朶を打つ。聴き慣れたそれさえも、耳障りですらなくなっている。


「‥‥‥何をした」


「世界が虚構であることを認識しただろう?」


 「させた」の間違いだろ。これ以上テメエの茶番に付き合いたくないというのに、何のつもりだ。


「説明は必要ではないか?」

 

 始まり、終わった。どうやら、なるほど。


「悪趣味な野郎だな」


『なんでもできる』といっても、どうせ運命には、目の前の『作者』のクソ野郎に抗えないのは分からされている。どうせ真紀奈を殺すしかない。


「せいぜい足掻くといい。それを、私は見たいのだから」


 ‥‥‥霧のように男は消えた。


 足掻く。どうやって?


 薄っぺらい虚構の世界なのに、死の運命だけはどうやっても変えられない。


 全ては『作者』の思うがまま。


 ヤツが作り上げた筋書きは既に決定されている。運命に絡め取られ、滑らかに彼女は終わる。蜘蛛の糸は無いのか。あんなに頑張ってきたのに、こんな世界じゃ真紀奈があまりに報われない。


 ‥‥‥。


 ‥‥‥どうする。どうすれば。いい。


 彼女を、助ける方法はどこに。


「ちくしょう‥‥‥」


 案内人はどこにもいない。


 そんな物語から逃げたくて、顔を覆う。


 きっと。


 諦めてしまった方が、楽だ。

いくら頑張ったって、運命には勝てません。



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