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侵攻の気配、今は無し


数日前から隊長が戻らなくなったと聞き、アザァか向かった先はダルモアと呼ばれるオーガのダンジョンだった。


洞窟型のダンジョン、まれにゴブリンが周囲を警戒しているが、こちらから手を出さない限りは襲ってこない。


そういったダンジョンのはずだった。


しかし、では目前に広がる……いや、見上げるモノは一体なんだと言うのか。


「……塔、だよね……」


違和感しかない塔だった。


外観は石造り。


改装は十を超えているようにも見えるが、中の高さ次第では五層かもしれないし、二重層かもしれない。


幅も下から上に細くなっていくものの、広さはどこも充分にありそうだ。


アザァも塔型のダンジョンの探索や攻略などの経験はあれば、ここまで違和感の漂う塔は初めてだった。


塔という性質上、どうしても目立ってしまうものだ。よって蔦をからせたり、生い茂る木々に埋もれるようにとできる限りの隠ぺいをするものが多い。


けれどこの塔は。


「正面の扉、アレだよねぇ」


塔周辺の木々は切り倒され、茂みは狩られ、あろうことか扉の両脇には蒼いかがり火すら炊いてあるのだ。


蒼い炎という所から魔力の宿るものという事が理解できる。つまりはダンジョンの一部、という事だ。


「誘いこまれている?」


そうとしか考えられない。中にはよほど腕に自信のある主がいるのだろうか……。


と、ここまではいい。まだ理解できる。


では、次の違和感に関してだ。


石造りの塔、というのは見てとれるのだが、その修飾がおかしい。


「花のレリーフを背景に……讃えあう騎士の図か? 仲間に肩を貸す騎士の絵もある……そして姫君らしき姿が一人……」


巨大な塔のいたる所に騎士らしき者たちが彫り込まれている。


数々の騎士達の姿がある中、たった一人だけ女性の姿がある。髪の長い、ふくよかな若い女性の姿だ。


それらはまるで絵画を写し取ったような出来栄えで、昨今流行りの物語の表紙を飾るかのような美麗なものだった。


「騎士? ……いや、何かの暗示か?」


無意味にそうしたレリーフが施されているわけではないだろう。


ここから考えられるのは、塔の主が理知的なものである事、人間に対して興味なり理解がある事だ。少なくとも『巨拳のダルモア』のダンジョンが変化して塔になったという線はなくなった。


「……あ、塔の側に洞窟はあるままか」


塔にばかり目がいっていたたが、注意して見回せば洞窟型のダンジョンも見て取れる。


しかしこうなると問題が一つ。


「隊長さんはどっちに捕らわれているのやら」


生きていればの話なのだが、その姿すら確認できないのでは動きもとれない。


もともとは多少強引でも洞窟の中へ侵入するつもりだった。それは今でも可能ではあるのだが。


「塔が不気味すぎる」


この塔への侵入というのは……危険しか感じ得ない。少なくとも今も装備と情報の無さでは入り込むという選択肢は出てこない。


かと言って出直すというのは、砦の隊長の安全をそれだけ脅かすというものだ。いっそ死体でも転がっていれば諦めもつくのだがと、冷淡とも自覚してる自分の性格を疎みながら周囲を観察する。


魔獣、魔物、そういった類は皆無。


聞いていたゴブリンの徘徊も無し。


周囲に気配というものがそもそも無い。


かと言って。


「無人、なはずもないし」


あまりの不気味さに対して、情報がなさすぎる。


さてどうしたものかとアザァが途方にくれた時。


「それはそうだろうな、人間の兵士。待ちくたびれたぞ」


すぐ背後から声がかかる。


心臓が縮こまった、いや、凍り付いた。


振り返る事もなく理解できる。声の主は三歩と離れていない。


完全に生命与奪が握られている。殺気すら放っていない相手に!


「身がすくむか? そう震えるな。戯れにすぎん」


背後から気配が近づきアザァの肩に手が置かれた。


鉄のような堅さの手だった。


「来い。話がある。あのジジイも返してやる」


肩が砕かれるかと覚悟したものの、声の主はアザァの顔すら見る事もなく通り過ぎていく。


隙だらけの背中――丈はそれなり、だがやや痩身。いや手と同じく鋼のごとき引き締まった背中――をさらして塔へと歩いていく。


アザァがついてくる事を一切疑っていない。


逃げる? 逃げられるはずがないという確信からだろう。


では不意を打つ?


できるものならばやってみろ、という意識すら感じられない。


人が背中に触れる羽虫に気をさくか? それほどの自然さだった。


アザァも相手に殺気どころか敵意すらない事を理解しているため、その背についていく。


砦の隊長の話も出た以上、ここで何の情報も持ち帰らずというのはできない話だ。


「ダルモア!」


黒髪の若者が声を張った。


するとすぐに塔の門が空き、かがり火の間を通るように巨躯のオーガがあらわれる。その横にはアザァの姿を見て驚き、すぐに苦笑した砦の隊長の姿があった。


「ジジイ。行け。己の役目を忘れるなよ」


「はい。お世話になりました、若様」


「おう、塔も見違えた。オレには良さがわかんが……まぁご苦労だった」


砦の隊長と黒髪の若者がすれ違いざまに一言二言をかわした。


そしてアザァの元へと合流した砦の隊長は小声で「後程、詳しく」と呟く。


「さて、そこの迎えの兵士よ!」


黒髪の若者が再び声を張る。


そしてようやくアザァの方へと顔を向けた。


その顔には黒い仮面が覆っていた。目の部分にだけ、細い穴が開いている。


まるで道化が好んでつける様な、歪曲したのぞき穴のある仮面だった。


「我が塔はいつでも扉を開いておく。火も絶やさん。いつでも我が命をとりに来い。でなくばこちらから戯れに遊びに行くぞ? ただし生半可な者はよこすな」


仮面の若者の言葉が続く。アザァは一つたりとも聞き逃すまいと耳に集中する。


攻めに来いなどと言われ、一瞬、目的は? などと思考に陥るが、今は話の内容について考えるのは後回しと再び仮面の言葉を待つ。


「我が塔を見ろ。これがか弱き貴様たちへの温情だ。我が塔、破りたくば目を見張れ、足らぬ頭でよく考えろ!」


アザァは塔を見上げる。


そこにはあるもの、描かされた者たちは。


「騎士……そして美しき姫?」


呟きともいるえほど小さな声だった。だというのに届いた。


「ハッハア! 見どころがあるな、貴様!」


仮面の男があからさまな上機嫌の肯定を返してくる。


「おっと。これ以上は野暮か。そのみすぼしい恰好からして……従卒か? ともかく人間の街には騎士が雁首をそろえ、勇者? とやらを僭称する者が率いるだろう。せいぜい奮戦するがいい」


アザァを前にして従卒と断言した仮面の若者は、オーガをひきつれて塔へと帰っていった。


そう、本当に言伝のために生かして返す従卒を相手どるように。


「……勇者様」


砦の偵察隊長が、様々な感情を顔に浮かべながらアザァを呼ぶ。


「いえ、今はここから離れましょう。色々と聞かせてください。ですがその前に……アレはなんですか? オーガがつき従っていたようですが」


「私も尋ねました。そして本人の言葉が確かであれば」


砦の隊長は絶望のような重々しさを言葉にのせつつも、その上で苦笑した。


「――魔族の皇子、との事です」


今話をもって、こちらの話はしばらくお休みにとさせて頂きます。

別の短い話をいくつか書きたくなったので、それらが終わり次第、また再開したいと思います。


本日、同じく11時から、

『オーガの坊ちゃん、借金抱えてダンジョン経営! with いつも無愛想なサキュバスメイド!』

https://ncode.syosetu.com/n3728gf/

というものを始めました。


タイトルからして同じような雰囲気と世界観ですが、今作は一人称の短い話です。

更新は11時と23時の二回、しばらくは毎日投稿の予定です。

こちらもおつきあいいただければ幸いです。



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