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頂上会議


時はややさかのぼり、ヒビキとアリスが黒龍の背に乗って空へと消えた旅立ちの日、その夜。


魔王城の奥、最下層にある魔王の部屋には四人の姿があった。


最後に入室した部屋の主がメイドのひいた椅子に腰を落ち着かせ、テーブルを見回す。


「待たせたな」


四人は大きな丸テーブルに等間隔で座り、それぞれの後ろにはメイドが控えて酒と肴の給仕を行っていた。


部屋の主であり、城の主でもある魔王が口を開く。


残る三人、その息子達がうなずく。


やや粗暴なれど真っすぐな性格の長男。


優美で余裕のある笑みを絶やさない次男。


年相応のほがらかな笑顔を常に演じている三男。


「早速だが本題だ。アリスは現在、人間の国の近くのダンジョンで宴を開いているらしい。滞在しているダンジョンのマスターから連絡があった」


魔王はダルモアというオーガの名を告げ、近辺には比較的大きな国がある事も付けたす。


「なかなか気が利くオーガだな」


長男の言葉に二人の弟もうなずく。


「という事は、アリスの冒険譚の舞台はその周辺とその国という事ですね」


次男が、ふむ、と指をアゴにやり考える。


「その人間の国をぶっ壊してくるのかな?」


かわいらしく物騒な事を口走る三男に魔王が眉をひそめる。


「違う。言ったであろう。アリスは人間の書いた物語に感化され、冒険の真似事を望んで向かったのだ。今夜、我々はそんなアリスに相応しい冒険を用意するために話し合う為、集まったのだぞ」


アリスの父、魔王はため息をつきつつ三人を見回し、控えるメイドに合図を出す。


「アリスが参考にしたであろう書物だ。参考文献として用意した」


三人の男兄弟が山と積まれ始めた本を見て手にとる。魔王も一冊を手にとって。


「まずはいくつか目を通す。話はそれからだ」


片手に書物、片手に酒のグラスという恰好で、それぞれが表紙をめくり最初のページに目をやった。


しばらくの間、ページをめくる音が四人の間に流れ。


「……オレにはよくわからんよ、親父」


まず長男が本を投げた。何が良いのかさっぱりわからないという顔だ。


「ボクも同じく」


三男は文字を見るのも面倒という雰囲気で本を閉じた。


「……興味深い、というほどではないですが。アリスはこのような物語が好きなのですね」


次男は、ふむ、と納得したようにうなずく。


「我が娘の嗜好を覗き見るというのはいささか罪悪感があるが……なんとなく理解はした」


最後に魔王が一つうなすぎ、息子たちを見る。


「さて、これらの本の内容をふまえ、我々がアリスの冒険を盛り上げようとした時に可能な事は何か? という点に話は尽きる」


自分の後ろに控えるメイドに合図を送る。


「僭越ながら私が思う、姫様の冒険に必要な配役というものをお話いたします」


しずしずと前に出てきたのは、アリスのメイドの一人だ。彼女だけではなくこの部屋にいるメイドはすべてアリスの世話をする者達である。


「まず姫様が望む冒険者仲間。こちらはヒビキ様が姫様の好みをうまくうかがって道々に手配されるでしょう。あくまで人間の冒険者という事であれば、我々が手配するというのは難しい話ですし」


魔王をはじめ、三人の息子も納得する。


「であるならばあとは敵役。姫様が率いるパーティーに立ちはだかる屈強な敵役が必要です。姫様でなくては勝てない、そこがポイントとなりますが……ある程度の大きさの国であれば、神魔戦争時代の遺物、いわゆるアーティファクトを装備する者もいるでしょう。勇者と呼ばれる者もいるかもしれません。その相手をするとなると生半可な魔族では務まらない大役です」


ポンと手を叩くのは長男だ。


「なるほど。つまり、我々がその敵役にふさわしい、というわけだな? アリスが出てくるまでは向かってくる人間どもを打ち払い、アリスがやってきたら苦戦を演じて最後は負ける、と」


「左様でございます。もちろんお顔などがわからぬように変装や変化、幻惑魔法などの手段を講じる必要もありますが」


「早急に何か用意する」


魔王が思い当たる節を色々と思い浮かべる。


「あとは最後の敵を盛り上げる前座もあればよろしいかと」


「前座? 僕ら三人が出向いけばいいんじゃないの? 最初の二人がその前座役って事で手加減してさ」


メイドは首を横に振る。


「王子様方ではどれほど手加減しても、漂う魔力が大きすぎますし……できれば人型以外がよろしいかと」


例えばこちらの書物など参考になります、とメイドが開いた本には挿絵がある。


「頭が獅子、胴が山羊、尾が蛇……キメラか? ちぐはぐだな。山羊の体で肉食など無理だろう?」


「こちらは見栄えを重視した想像のキメラですのでそういう現実的な感想は野暮というものです。ともかく見た目の異形さというのが注目される点です」


若い女の書物は難しいなと長男がこぼす。


「最終戦の前にこういった何頭かの前座を準備しておくと盛り上がるのではないかと」


「ふむ。悪くないですね。希少なキメラを何頭も所有している方と伝手もありますし、用意できると思います」


次男が自分の師匠の顔を思い浮かべる。いくつものダンジョンを所有し、様々なキメラを作り出している人物だ。


「ふむ。では小道具としてこれも使うか?」


魔王が取り出したのは三つ指輪だった。


「それぞれ、水、火、闇の魔石の指輪だ。この指輪そのものはただの希少石でしかないが……キメラに仕込んでやれば、それを倒した者の手に移るようにしておこう」


赤、白、黒と輝く指輪に魔王が念を送り込む。


「強敵を倒した証、というわけか」


「三種の指輪を全て集めなければ、待ち構える最後の敵とは戦う資格がない、そういう小道具ですね」


「へー、それ、ちょっと面白いなぁ。ボクも今度どこかでやってみよう!」


魔王は加工のおわった指輪のうち、黒の指輪を投げ渡す。


「さすがにお前たち三人とも送り込むわけにもいかん。それぞれの仕事もあるだろう。ゆえに今回の敵役とやらはお前一人が演じなさい」


「おう」


長男ももとよりそのもりだったのか、黒い指輪を受け取り応じる。


「今滞在しているダンジョンに向かえ。オーガにその指輪を渡して、門番役にさせるといい」


「ダンジョンはそのオーガのを拝借するか?」


「……いや、あとでコアを渡す。そちらをオーガのダンジョンの近くに使え」


「わかった、そうしよう」


魔王は長男にうなずき、今度は視線を次男へ移し、テーブルに残っていた青と赤の指輪を滑らせる


「お前は異形のキメラとやらを手配し送り込め。あまり時間をかけないようにな。アリス達がどれほど早く動き出すかもわからない」


「わかりました。すぐに師匠にこれぞというキメラを借り受け、配置をメイドにさせましょう」


魔王はうなずき、最後に三男を見る。


「大人しくしていろよ?」


「うわ、ひどいなぁ」


特にさせる仕事もない三男には、余計な手を出さないようにと釘をさす。


そして朝を待たずにそれぞれが動き出す。


長男は魔王が用意した面をかぶって黒い天馬にまたがっている。


目的地はオーガがいるというダンジョン。黒竜であれば数時間の距離なら休み休みで二日もあれば到着するだろう。


「待っていろよ、アリス。最高の敵役、見事に演じてやるからな」


そして飛び立った兄を見送った次男は、すぐに自分の師匠にあたる人物へキメラの話をする。


譲られたキメラは二体。


一つは二つの大きな口を持つ魚だそうだ。水棲生物というのも水の指輪の対象として都合がいい。


生餌として大量のワニという大型の動物もつけてくれるそうだ。


もう一つは孵化直前の火吹き犬。


犬なのに卵生というのもおかしな話だが、そもそもキメラという時点でまっとうな生き物ではない。


メイドが数人のチームを組んで、師匠のもとに二種のキメラを受け取りに向かった。


その足で人間界へ向かう予定だ。キメラを仕込む場所は一任しているが心配はしていない。


アリスのメイドというものは例外なく、アリスの為ならば何でもという者ばかりだ。決して悪いようにはならないだろう。少なくとも手を抜いて失敗という可能性だけは無い。


三男はそんな光景を眺めつつ、ふと思う。


「……そんなに簡単にうまくいくかなぁ?」


アリスならばすんなり騙されてくれるかもしれないが、なんだかんだとで勘のいいヒビキにはすぐにバレそうだと三男は思う。


そして長男はヒビキに自分の正体がバレているのに気づかず大根役者っぷりを発揮しそうだ。


「……まぁ、姉さまが楽しめればどうでもいっか」


自分に姉の為に何かできる事があれば協力を惜しむ事はないが、今回はどうにも出番がなさそうだ。


「ま、あんまり姉さまの帰りが遅くなるようならボクも変装して見に行ってみようかな」


父である魔王に余計な事をするなと釘を刺されたことも忘れ、三男は楽し気にそうつぶやいた。


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