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神託の巫女の見た兆し

シーバスは毎朝の王への謁見の後、いつもの告解部屋の中でいつの間にか眠ってしまっていた。


そして、気づけば浮遊感を感じている。


深い霧に包まれたような、上も下もわからない場所。


自分が立っているのか座っているのか、横になっているのかもわからなくなりそうな空間だった。


シーバスはこの景色に見覚えがある。


「……これは……戦女神様の世界……」


輪郭はおぼろげながらも明瞭に響く声だけが与えられた時と同じ。


そう、戦女神の宣託の瞬間がまたやってきた。


前と同じあれば、しばらくして戦女神の凛々しい声が届く。


だが今回は様子がやや異なっていた。


シーバスの視界のやや先の方で、豪奢な服をまとった女性が耳に指をそえて、見えない誰かと話しているようだった。


「あ、私にフィルターかかってる? かかってない? はやくして! 今回の原稿は? これ? ねぇこれ最新版? この前みたいに古いのと間違ってたり、よその地域のと取り違えていたりしてない? また監査にどやされるわよ? あ、早く早く、巫女とつながる! 周りに目撃者がいるなら神託エフェクトかけといてよ? ……って、あ!」


聞き覚えのある声からして戦女神様であろう女性が、シーバスには理解できない言葉を口にしつつ、こちらを見た。


「……巫女よ。ノストラダの女、神託の巫女よ。これより宣託を与えます」


美しくも白い髪を風にゆらめかせながら、戦女神はシーバスにやさしく微笑んだ。


どこか慌てたように取り繕った笑顔にも見えるが、シーバスからすれば戦女神の尊顔を長く見つめるなど、恐れ多くてできるはずもない。


すぐに地にヒザをつき頭を下げる。


「よろしい。私の姿など気にせず、こちらなど見ず、そのまま耳をすますのですよ」


「は、はい……ッ!」


シーバスは緊張で固まりつつも、戦女神の言葉通りこれから頂く言葉を聞き逃すまいと必死に耳をすます。


「えーと……」


戦女神が紙の束をめくるような音を立てながらシーバスに告げた。


「三つの内、一つ目の黒き脅威が迫っています。あろうことはそれは災いの種をまき始めています。まるで戯れのごとく」


黒き脅威。


災いの種。


どちらも人の未来に影を落とすような言葉だった。


「勇者もまた一度は土にまみれるでしょう……え、ウソ、あの子負けるの?」


戦女神が衝撃的な言葉を告げた。勇者が……負けると言ったのだ。


それがあまりに衝撃すぎて、後半の言葉はシーバスに届かなかったのだが戦女神は宣託を続ける。


再び、紙を何度もめくる音がした後。


「コホン……ですが、何も心配はいりません。災いを討つ、蒼き腕を持つ拳士と蒼髪の治癒術師の姿が視えました。彼女たちであれば、勇者を助け、貴女を助け、やがて国を助けるものとなりえるでしょう……」


「ほ、本当ですか!」


絶望からの希望に、シーバスはつい顔をあげてしまった。


戦女神が手にしていた紙の束を素早く背に隠しつつ微笑んだ。


「も、申し訳ありません!」


戦女神様が隠すという事は、自分などが見てはならない物かもしれない。慌てて頭を下げて許しを請う。


「……それでは改めて巫女に告げます。蒼き拳と蒼き髪を持つ者をお探しなさい。そして試練などふざけた事を仕掛けるあのクソども……え、時間? ちょっと! まだ全部いいおわってな」


女神の声が途切れ、唐突に霧が晴れた。


「……女神様ッ!?」


宣託はまだ途中だったのだ。


戦女神の名をすがるように呼びかけたシーバスだったが、目覚めた場所は豪華な一室。


この城に来て滞在するように命じられている自室、そのベッドの上だった。


自分は確か告解部屋にいたはずだが……と、疑問におもうのも一瞬の事。それよりも。


「……ハァっ……はっ、はっ……」


――夢。


ではない。


現実。


宣託を受けたという現実を改めて意識すると息があがる。


なにより自分はわずかなれど、戦女神の御姿を見たのだ。


見た事もない服をまとった戦女神はとても美しかった。


だが、それよりも頂いた神託の内容に恐怖する。


災いが迫っているのだ。


勇者様も負けてしまうと言われた。


……だが、救いの手もまた示されている。


蒼い拳を持つ拳士と、蒼い髪の治癒術師。


この二人を探すようにと、早く王に伝えなければと気が急く。


「早く、早く……っ」


王に会うのは恐ろしい。


毎朝顔を合わせているが、怖くてそのたびに意識を失いかけている。


だが神託が降りたのであれば、それを届けなければならない。


それがひいては自分の身と命を助ける事になるのだから。


役立たずのごく潰しとして追放される……のであれば喜んでかつて暮らした屋根裏部屋に戻るのだが、それでは済まず、怒った王がいつ自分を処刑するかもしれないと考えると少しでも役に立てる事を示す必要がある。


そしてシーバスに出来る事は神託を届ける事だけ。


「お、王様に……! 神託を……!」


ベッドから急いで這い出ようとしたが、シーツにもつれて床に転がってしまう。


体を打ち付けた痛みに顔をゆがめるが、すぐに立ち上がろうとする。


そんなシーバスの前に手が差し伸べられた。


いつもは部屋では一人にして欲しいというシーバスの要望通り、この部屋には誰もいないはずであったが。


誰かが看病してくれていたのだろうかと、シーバスは差し出された手をつかむ。


「あ、あ、りがとう、ございます。あの、早く王様に、王様の所に私を……」


そして礼もそこそこに、王の元へ、謁見を望む事を告げて。


「巫女よ。その献身に私は最大の敬意を払う。そして淑女の寝所に許しなく留まっていた事を謝罪する。さぁ聞かせてくれ。戦女神はなんとおっしゃった?」


ガイラクスはシーバスの手を優しく取り、そのまま抱き上げると再びベッドの上へ座らせた。


「ひ、ひっ……お、王様……あっあっ……」


正気で王の姿を見た事のなかったシーバスは呼吸ができなくなるほどに混乱して、言葉がでなくなる。


その様子を見たガイラクスはベッドに座る神託の少女の目線にあわせるようにヒザをついて、優しく語り掛けた。


「落ち着け。いつものように。凛々しくもその身をいとわぬ神託の巫女よ」


王が何かを言っている。


だがそれを理解する前にシーバスの心を恐怖が支配し……やがてその目から生気が失われた。


ガイラクスいわく、いつもの凛々しい巫女の姿、である。


「……戦女神様からの神託です」


言葉の震えもなくなり、自分を見ているかも定かではない視線をまっすぐに受け止めてガイラクスは重々しくうなずく。


そしてシーバスは語る、神託を抑揚なく語る。


迫る災厄、勇者の敗北。ガイラクスですら身じろいだ恐ろしき神託を、眉一つ動かすことなく語り続ける。


そして最後に救済が語られた。


蒼き拳を持つ拳士。蒼き髪を持つ治癒術師。


「蒼き拳……魔力を纏う拳士、という事か?」


剣に魔力を帯びさせる魔剣士という存在は身近にいる為、であるならばと連想した結果、魔力を扱う格闘家だろうかと予想する。


問題は二人目だ。


「蒼い髪だと……?」


見た事も聞いたこともない。


人と異なる存在が、黒い夜色の髪を持つという話は聞いたことがあるが……蒼い髪とは。


「……いや、内在魔力の桁が違う大魔導士などの髪が、一房なり蒼くなったという記録があったような……眉唾だと思っていたが確認させるか?」


おとぎ話か何かのたぐいだった気がするが、手がかかりとなるものがあるならば何でも調べつくしておくべきだろう。


「問題はその黒き脅威や災厄の種とやらがいつ現れるのか……」


いつ、どこで、というものが神託には含まれてない。


それは今までもそうだった。


であるならば、いつでも対処できるうよに整えるしかできる事はない。


ガイラクスは疲労で気を失ってしまったのであろうシーバスをベッドに寝かせてやると、部屋の外で控えているいつものメイドに入室するよう声をかける。


「シーバス様の御加減はいかがですか?」


「大事ない。ただ疲労で再び眠りについた。看てやってくれ」


「承りました」


神託の事には触れずメイドはすぐにシーバスの横についた。顔色を見て、脈をとり、額に浮かぶ汗を拭き。


「……甲斐甲斐しいな? お前が本や美術品以外……もっと言うなら人に執着するとは」


「茶化さないでください。シーバス様は……色々と不憫でした。王に、貴方に保護された今でも、影も見えぬ様々なものに怯え続けているのです。せめて私だけでもできうる限りお側にいてお助けしたいんですよ」


軽口を投げかけてきた王に、メイドも多少の気安さをにじませて反論する。


「それについては力不足を感じるよ。国を救う少女の心すらまともに救えぬ王だとな」


ガイラクスは真摯にシーバスを思う。


母に捨てられ、国に使われ、城に閉じ込められる生活。


だと言うのに、何も望まず質素に過ごし、起きている間は狭い告解部屋にこもり、与えられた豪奢なこの部屋でもその身を置くのは眠る為のベッドの上のみ。


用意されている果実や菓子などにも手をつけず、身の回りの世話をするメイドに何か申し付ける事もなく。


それでも国を救うべく、神託をその身に受ければ何よりも先に王に届けようという意思を目にしたばかりだ。


「報いてやれることがあればいいのだがな」


「……難しいかもしれませんね。欲のない御方ですし」


ようやく息が整った寝息を立て始めたシーバスを二人が見つめる。


「俺は忙しくなる。引き続き頼むぞ」


「御心のままに」


気を引き締めるように、そして王として役目を果たすべく声を律すると、メイドもまた深く頭を下げて王の退室を見送った。


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