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蒼く染まる殺意


ヒビキは腕のケガの具合を確認しつつ、上出来かと自分を誉める。


実際、アリスが疑問を持ったようにヒビキはケガ……ホムンクルスのボディに損害を受けていない。


見た目を変えて深手のように見せかけているだけであり、アリスのヒール能力の高さを演出するためだけのものだ。


本当にケガをして見せても良いのだが、スプラッタな光景をアリスに見せる気にはなれない。


ヒーラー志望のお姫様は、そういったグロい要素をおそらくは想定していないだろうから。


そもそもヒーラーというの能力はアリスには無い。


当初から行き当たりばったりの旅ではあったが、当の本人からして何も考えていないのだから当然も話でもある。


そしてそれらに都合を付けるのがヒビキの仕事である。


準備時間もあまりない中、ヒビキはいくつかの手を考え、そのうちの一つを実行した。


アリスの肉体的な能力は同年齢の人間の娘とさほど変わらないし、ヒーラーとしての能力はないが……魔力がある。


魔王の純血統は伊達ではなく、内在する魔力は非常に高い。高いというよりも無尽蔵の域に近い。


そして魔王家の誰もが持つ自己治癒力は、その者が宿魔力に比例して能力があがる。


アリスの場合であれば、ある程度のケガなどは自然治癒力というよりも自己再生、自己修復……むしろ時を巻き戻しているのではないかというレベルで回復を行う事ができるのだが……これは無意識に行うものであって、アリス本人が意図的に行使できるものではない。


ヒビキとしてはアリスがそんな大けがをするというのは二度と見たくない光景ではあったが、アリスのあの危機感のない性格の一端はこういった命の危機を感じないという点からも来ていると思う。


つまり本人はヒーラーいらずだが、ヒーラーとしての能力は残念ながらないのである。


……ないのであるのだが、そこで登場するのが魔王城の宝物庫からコッソリと引っ張り出してきたアイテムである。


しかも数ある宝物庫の中でも最も立ち入りが厳しく制限された、通称、廃棄倉庫から引っ張り出してきた杖である。


一言でいってしまうとその倉庫にあるものは『呪われたアイテム』である。


廃棄倉庫にはそういったものが半ば封印のような状態で管理されている。


それらは、かつては人間の手にあったものであったり、魔界で生み出された失敗品であったり、云われは様々である。


しかしかすべてが有用どころから、使用者に損害をもたらすもの、使用者どころか周囲にも損害をまき散らす迷惑なものばかり、という共通点はある。


そんな厄介な倉庫からヒビキが持ち出し、今はアリスの手にある杖もその一つであるが、これこそがアリスを今回の旅でヒーラーたらしめるものである。


一見すれば装飾のないありふれたものであるが、実は素材がかなり希少でありつつも面倒くさいものである。


魔界ではご禁制品と指定されたそれは扱いが難しい。


その希少な素材は魔力をほぼ伝えないのだ。ゼロとまではいかないが一割程度の伝導力しかない。


もしこれが魔力を無効とするとか、まったく伝導させないというものであれば即座に軍事物資となり、極秘中の極秘の扱いとなるのだが。


そうはならなかったゆえの廃棄倉庫行きである。


かつて、その素材で試験的に作られた鎧をもって行われた実験結果がしっかりと残っている。


ファイヤーボールをぶち当てれば普通の鎧のように燃え上がり、剣劇を受ければ真っ二つとなる。


外から作用する魔力に対しては、何の効果も見られなかった。


逆にその素材で作られた、剣、杖を使用する場合だけ、その威力は一割以下まで落ちてしまう。


魔力の扱いに長けた魔族が、あえて魔力を封じるかのような武器や道具を使う必要もなく、当初はゴミだのなんだの言われたのだが。


やはり魔力を伝えにくいという性質が魔族の不安をわずかなれども引き起こし、一応の危険物質とされてのご禁制指定である。


そしてこの杖こそ、その時のテスト用に作られた一本である。


杖は何本か試作されており、それらは魔術紋を刻まれ魔力を通せばだれでもその魔術を発現できるという、魔界でも相当な技術の塊である。


まちがっても人間界には存在しないものであり、もしこれを紛失してしまったら大問題な品ではあるのだが(そもそもアレを手にして魔術が発動するはずがないから露見のしようもない)。


万が一、人間の手に渡っても不良品の杖程度にしか思われないだろう。


そしてアリスがそれを使えばどうなるか。


おそらくは弱弱しいなりにもヒールが発動するだろう。


もちろんヒールを仕込んだ回数制限のある杖というのも手配できたが、それでは味気なかろうというヒビキのチョイスだ。


できれば魔力量を制限されようとも自分の力でヒーラーというものもしてみたいだろうという心遣いであり、それにより自分が面倒くさい手間を増やすだけだとわかっていても、選んだ小道具だ。


ただ、もしアリスですらヒールが発動しなければ、見習いヒーラーだからと言ってごまかすつもりであった。


おそらく、そんな事はないだろうが……と、ヒビキは舟の上でニコニコとしているアリスの持つ杖を見る。


しかし状況は変わった。


蒼炎の――、なとど格好つけた手前、駆け出しヒーラーというわけにはいかない。


しかし自分がケガをしたように見せかけて、それをアリスが治したように見せかけるのは簡単だが。


もし他人にもそれを求められたら? 


凄腕のヒーラーとしての力をアリスに求められると、そこでほぼゲームオーバーになってしまう。さすがに口八丁でケガや病は治らない。


手にしている杖で発動できるヒールの想定は駆け出し相当であるため、今置かれている現状で求められているヒーラー像としては不足もいい所だ。


よって、ヒビキは考えた。


それぞれが蒼炎の契約によって命を共有する者同士に限り、力を発揮できるヒーラー。


戦う力を持つ蒼炎の戦士、それを癒す蒼炎の巫女。


ゆえに姉妹のごとく契り、我らが血族はそれを――蒼炎の翼と呼ぶ。


「とかどうだろうか。いいんじゃないかな?」


と、内心を小声に出して確認しつつも、ちょっと蒼炎という言葉を使い過ぎで、ゲシュタルト崩壊をしそうなヒビキである。


翼というのは、いわゆる連理の翼からひっぱってきたもので、二人で一つですよというのをかつての世界で先人がカッコよく言っていたのを頂戴したまでだ。


ちょっと迂遠すぎるくらいが、この手の話にはちょうどよかろうとヒビキは一定の合格点を自らに出した。


そうして話を進ませるため、いまだ自分の周囲で機会をうかがっている魔蒼魚に目をやる。


「考えてみればかわいそうだなんだけど……」


ヒビキは急に冷静になる。


傷付き、血を流しているそのツインヘッド。この容貌にヒビキのテンションはあがってしまったが。


このサメはこの世界でも珍しいのは間違いないだろうが、自然の生き物なのだ。


自分たちのあまりにも娯楽的な楽しみのための犠牲にしてしまうというのは……。


「……なんてね。お前だっていまさらかそんな事言われても納得できないよな?」


背ビレをゆっくりと湖面に出し、さらに顔半分ほどまで浮かび上がってきた魔蒼魚。


ヒビキにえぐられた目は黒い穴となり、赤い血を流し続ける。


しかし残った三つの目はいまだ死んでいない。


それどころか。


「魚でも魔眼になるんだな、魔狼がいるんだから、それも道理か」


それまでは体皮だけが蒼をまとっていた魔蒼魚であったが、今、ヒビキを睨みつける目には蒼い殺意だけが宿っていた。


6/26追記です。


6月末の更新以降ですが、しばらくは不定期とさせて頂きます。

ご感想や評価、ブクマークを頂いた方には申し訳ありません。

完結まで止める気はありませんので、今後もお付き合いいただければ幸いです。

松葉杖がいらなくなるまで、さほどかからないと思うので、色々と様子を見ながら再開したいと思います。


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