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蒼炎のヒビキ、湖上で悩む


ヒビキは魔蒼魚の背ビレに一撃を叩きこんだ。


だが、それは予想を裏切られ、予定通りとはいかなくなった。


「……ちょっと強すぎたかな」


たった一発で障壁を破壊した感触があった。


ヒビキの中において、スピーディーなテクニカルキャラというのは一撃離脱を繰り返し華麗にアクションするキャラである。


そのイメージというのもかつての人生の中でのゲームの世界での話であるので、実際に戦ってそれを再現しようとするとなると、手加減をしつつ、映えるオーバーアクションが必要になってくるのだが。


「いかんせん、こういった荒事そのものに不慣れだからなぁ」


アリスが深窓の姫君であり世間知らずというのは確固たる事実であるものの、ヒビキとしてもさほど”この世界”を知り尽くしているわけではない。


基本的にアリスの側で暮らし続けていた為、この世界の事は文字や伝聞で知った程度の知識しかない。


それに過去の人生経験や知識などが加わって、それなりの保護者を務めているだけなのだから。


実際にこの世界においての武道家の戦い方などは、想像だにするしかないのが現状であり。


「ベースとしては、こんな構えがカッコいいかなぁ」


魔蒼魚の障壁を破壊してしまったため、回復の時間を与える意味で魔蒼魚から意味なく距離を取り、湖上の上でゆらりゆらりと構えを決めようと試行錯誤を始めた。


なにせ今の自分は――蒼炎のヒビキ、なのだから。その名にふさわしいポーズが必要なのである。


それを舟の上で見ている騎士の二人はどう反応するかというと。


「見た事のない動きだが……追撃をかけなかったのはどう思う?」


ジャックが一瞬たりとも目を離さず、言葉だけでダニエルに問う。


「さきの一撃は神速にして致命の威力だったが一撃ごとにああいった、溜め、が必要という事か? 帝国にも似たような流派はいくつかあるが……」


一撃離脱にして抜群の威力であったが、それを実行するには溜めが必要となる。


そういった技術体系を持つ流派であればいくつか思い当たる二人であったが、もし既知の流派にこんな猛者がいれば国で知られぬはずもない。


「では亜流か?」


「……もしくは源流かもしれんな」


帝国の誇る流派の亜流。そう考える事自体がうぬぼれかとジャックは自らを諫めた。


ダエニルの言の通り、ヒビキが見せたその力の一端は、帝国で声をあげる流派よりも動きは荒々しかったが力強かった。


今もヒビキの視線は油断なく魔蒼魚を縫い付けられ、ゆらり、ゆらり、と。


まるで炎のようにゆらめく構えで、その足元から湖面に波紋を生み出していた。


両腕に飾られた蒼い炎が、円を描くように、時にするどい雷鳴のごとく。


見た事もない流れる構えに、二人の騎士は放たれる次の一撃に注視した。


「……うーん、どうしたものか」


と、一方でヒビキは悩む。


魔蒼魚が障壁を回復しないのだ。


障壁が回復次第、さきほどよりも力を抜いて、連撃を繰り出し派手さを演出するつもりなのだったのだが。


蒼炎のヒビキ的な構えを決めようとポージングを試しているもののいまいちパッとせず、こうかな? いや、こうだろ? いや、なんか違うな? と、無駄に腕や足を動かしているにとどまっている。


しかしいつまでもこうしていては不自然だ。


今回は運がなかったという事で、さっさと沈めてしまう事にしようか?


一応、アリスにも役柄を振る事が出来たし、後々に騎士たちや、街で顔をつないだ者たちへ裏で話を通しておけば、派手な依頼が舞い込んでくるはずだ。


そう、蒼炎のヒビキと……。


「あ、マズイ」


ヒビキは気づく。


確かに、さきほど行った儀式ごっこはぶっつけ本番のアリスにしては上等な出来栄えであったが。


二つ名というか、あだ名というか、そんなカンジのものが自分に与えられないというのはちょっと……しょぼりさせてしまうかもしれない。


蒼炎のヒビキに対して、なんとかの巫女とか、なんとかのなんとか、とか、そういったなんとかかんとかが必要ではなかろうか、と。


チラリ、と舟の様子をうかがう。


騎士達がこらちを凝視するような顔でいるのに対して、ヒビキの視線に気づいたアリスがボディランゲージで何かを伝え始めた。


(私 名前 ステキ カッコいい 欲しい 欲しい 絶対 欲しい)


と、アリスの面白いモーションから言葉を読み取る。


うーん。


つい、眉を下げて考え込んでしまったヒビキの表情に、騎士達はヒビキが何かしらの理由で攻めあぐねていると悟る。


「何か……我々には見えない障害があるのか」


魔蒼魚は障壁を失い、隙をさらしているように見える。


「いや、あの異形の魚が必殺の迎撃を以て、ヒビキさんを誘っていると判断しているかも知れん」


どちらにしても我々には、ヒビキさんが動きを止める理由がわからんな、と落胆する。


その二人の後ろでヒビキを苦悩させている原因は、腕を振り、足を上げ、髪を振り回して、ヒビキに自分の意思を伝えられた事を悟る。


「……ああ、これで安心ですね」


ヒビキならなんとかして、私にもカッコいい名前をつけてくれるだろうと安堵し、そんな呟きが漏れた。


ジャックが振り向く。


「アリスさん? それはどういう意味でしょうか?」


「え? えっと?」


せっかく二人にバレないように無言を貫いてボディランゲージでヒビキに意思を伝えた意味がなくなってしまう。


まさか私にもカッコいい愛称を下さいとも言えず、アリスは口ごもり。


「蒼炎は……その、私の……」


そんな中、ヒビキが魔蒼魚へと駆けだした。


「相棒、怪魚が障壁を復活させたが、それを見てヒビキさんが走ったぞ」


「なに?」


いかにも順序がちぐはぐな戦い方のように見える。ジャックは視線をヒビキに戻す。


再び、ヒビキの拳が繰り出される。


さきほどとは違って、連撃連打の嵐だ。


障壁は一撃では破損せず、何度も何度も蒼い火花を散らし続ける。


そのたびに魔蒼魚は障壁を修復するべく、苦しみながら魔力を絞り出しているのだろう。


ついにヒビキから逃げ出そうと後ろを見せた。


「おお!」


撃退かと思いきや。


魔蒼魚は、その尾ヒレを湖面に叩きつけせいだな水しぶきを上げた。


その白波はヒビキの背丈を越え、周囲の視界を埋め尽くす。


「ヒビキさん!」


一瞬。


ヒビキと魔蒼魚の姿が、湖上にて水中という空間に隠れ、再びあらわになった時。


魔蒼魚の右の頭に左腕を咥え込まれながらも、右腕を左の頭、その眉間を深く貫いていたヒビキの姿があった。


「あ、相打ちか? ヒビキさん!?」


血で互いを染めた邂逅は一瞬。


ヒビキが右腕を引き抜くと、魔蒼魚も咥えていたヒビキの左腕を解放した。


「……ああ……」


遠目からではあるが、ヒビキの左腕は……存在はしているようだ。だがおびただしい血が流れ続け、その足元を赤く染めていく。


だが戦いは終わらない。


頭を片方失った魔蒼魚は、力なく垂れた左の頭を一顧だにする事なく再びヒビキの周りを泳ぎ始めた。


円を描く魔蒼魚に対してヒビキは再び、ゆらりゆらり、と構えを取る。


「アリスさん、あれは……ヒビキさんは大丈夫ですか?」


ジャックの問いにもアリスはうろたえる事はなく、だがやや困惑したような顔で。


「ええと、はい。ヒビキが負ける事はありませんし」


と答えた。


アリスとしては、深手を負ったように見えるヒビキであるが、アレが本当にケガなのか判断がつかない。


そもそも見た目も恐ろしく大きな怪魚であるのだが、アレを連れてきた時の弟の顔は、珍しい生き物を姉に見せに来た弟のもの。


つもりケガを負う相手ですらない、そんな意識だったはずだ。


ともかく、あのケガがウソでも本当でも、そうするに至る理由があるのだろう。


それがアリスにはわからず、困惑の原因であったのだが。


ヒビキがアリスに目配せした。


「……ああ、なるほど!」


一瞬で悟るアリス。さすがヒビキ、さすがよくできた弟である。


「どうしましたか?」


ジャックの問い、ダニエルの視線。


それらを受けてアリスは笑顔になって答えた。


「いえいえ。なんでもありません。大事な準備は整いましたし、もうヒビキは決着をつけると思いますよ?」


「準備、ですか?」


そしてアリスの言葉通り、ヒビキはそれまでよりも速く、それまでも強く、魔蒼魚へ一撃を放った。


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