蒼炎のヒビキ、湖上に舞う
でまかせである。
即興で立てた作戦はアリスの琴線に触れたのもあり、とびっきりの笑顔で協力してくれた。
――血族に伝わる蒼き祝福の儀式。
もちろん、でまかせである。
――蒼炎の拳。
それっぽいネーミングをでっちあげただけで、コレもアレも、全部でまかせある。
あくまで、アリスの力の付与によりヒビキが強力な力を振るえる、そういう説明のための演技であった。
拳に浮かんでいる模様は、ヒビキのホムンクルスボディのテクスチャをイジっただけだ。
半袖の服を着ていてもなお、肩まで輝いているのがわかるほどで、ちょっと光量の調節をミスったかな、というくらいに明るい。
模様は、アメリカンなバイクなどに施されるファイアーパターンのペイントを、おぼろげな記憶からさぐっていい感じにブルー系統にして肌に浮かび上がらせたもので、なかなかうまくいったとヒビキは自身の腕前にご満悦だった。
なんだかんだで前世では心身ともに健康な男子中学生だった過去もあるのだ。
直球なネーミングが好きか嫌いかと問われれば好きだし、こういうシチュエーションは大好物なのを誰が責められようか。
「さて」
ここで改めて、拳に魔力を込めていく。
今までは見かけだけのハッタリだったが、今のヒビキの拳にはシッカリと魔力が宿っている。
魔力障壁には同等以上の魔力をぶつける事で散らすことができる。
単純な攻略方法だが、あのツインヘッドは並々ならぬ魔力量の障壁をまとっているため、尋常な冒険者であればこの方法は使えないだろう。
「少し多めにしとくか」
ヒビキも念のためと、さらに魔力を両の拳に込める。
チリチリと静電気のように魔力が弾ける感触がある。
「よし。じゃ、アリスの好みに準じて、ちょっと派手めな立ち回りをがんばりましょうかね」
***
舟から離れ、魔蒼魚なる巨大な怪魚に向かっていったヒビキを騎士の二人が見守る。
小柄で年端もいかぬ彼女は守るべき対象ではなく、見守る事しかできないほど強き存在であった。
そしてその力を授けたのが、同じ舟に乗り、楽しそうな笑顔でその妹を見ている女性である。
「アリスさん、貴女の”蒼き炎祝福”とは……誰にでもかけられるものですか?」
ジャックがたずねる。彼としては当然の疑問だった。
いくら自分より強いとはいえ、幼い女性を一人で戦いに送り出すという事に耐え切れない。しかし今の自分では盾にすらなれない、足手まといなのだ。
だが先ほどの秘術が自分でも享受できるとするならば?
ダニエルも同じ考えに至り、ジャック同様、アリスの返答に息を飲んで待つ。
「ええと……蒼い炎は、えっと、私たち一族のみの力でして……」
困り顔で慌てたような表情を隠すことなく、アリスがたどたどしく応える。
騎士達にとっては予想していた答えであり、アリスのその後ろめたい態度も、自分たちには効果がないという事への負い目だろうか。
もっとも、アリスが慌てていたのは、ヒビキとさほど細かい打ち合わせをしておらず、まさか質問が来るとは思わなかった為、とっさに流れでできませんと答えただけの話だ。
「……そうですか、残念です」
もちろんそんな事とは思いもしない騎士達は、勇敢な妹と優しい姉。力を秘めた血族の姉妹が、運よく居合わせてくれた事を神に感謝しつつ。
宣託の巫女、シーバスが授けられた神託も思い起こす。
いずれ来るであろう脅威の魔人。それに対して勇者の血筋を集めて備えよ、と。
このいずこかの血族の姉妹は、遠方から運命に導かれた勇者の血筋ではないかと思うのも自然な事だった。
ヒビキにはその力を他言しないと約束はしたが、騎士としては報告の責務もある。国の危機を救うためでもあるのだから。
「アリスさん……さきほどヒビキさんと約束したばかりで、こんな事を口にする事そのものがはばかられるのですが」
ジャックの言葉をダニエルが継ぐ。
「貴女たち姉妹のお力を我が国に……いや、我が国のとあるお方にあっていただけないだろうか? そして、よければその方にあなた方のお力を披露してくださる事はできないだろうか?」
ダニエルは最初、姉妹の力を王へと報告するべきと考えたが。
可能であれば、報告対象を姉妹に告げず、会ってほしい人がいると言い直した。
もし姉妹の了解が得られたならば、王が自分が会うべきかどうかを判断できる。話を最初から大きくするべきか、そうでないか。
姉妹が故郷ではどのような存在かもわからない。この国では新人冒険者かもしれないが、故郷では英雄であってもおかしくない。
なにかのきっかけで、国と国の対話になったり、それにとどまらず国同士のいさかいの元になる可能性だってある。
姉妹の力は欲しいが、その強大な力ゆえに、ダニエルは騎士の独断で事を進める事をよしとしなかったのだ。
「そう……だな。そちらの方が良いか。アリスさん、無理にとはいわないが……できればヒビキさんとともに、一度、王城へ遊びに来ていただくことはできないだろうか?」
ジャックもダニエルの考えを察し、王城見物に招待する。
これであれば騎士の権限としてもそう逸脱するほどではないし、むしろ波風を立てる事のない穏やかな流れともいえる。
あくまで姉妹が、城を見てみたい、という要望に応えた、そんな体で話を進められるのだから。
一方でアリスは、二人の騎士がなにやら真剣な表情で色々と言い出した為、少し困惑していた。
頭で言われた事を整理する。
今、ヒビキと演じたカッコいい儀式について誰かに話していいか? という事と。
お城に招待するから遊びに来ませんか? という事。
つまり、お城でさっきのカッコいい儀式をやってくれないか、という事なのだろう。
アリスとしては、即興のわりによくできたと思うが、できれば練習してもっと完璧にカッコよく演じてみたい、という見栄もあった。
あと、お城見てみたい!
という、シンプルな欲求がそこに追い風となると、答えは一つ。
「いいですよ!」
アリスの快諾に、騎士の二人が破顔しつつも確認する。
「ヒビキさんにも確認をとった方がよろしいのでは?」
なにせヒビキには他言しないと約束をした、その舌の根も乾かぬうちにこんな事を頼んでいるのだ。
「ヒビキなら私がお願いすればきっと大丈夫ですよ?」
なにを当然の事を? という顔で、あっさりと返される。
アリスとヒビキにとっては事実その通りなのだが、そのあまりに自然な様子に騎士達はまたも深読みを始める。
姉妹というのは偽装で、主人と付き人か?
アリスはやんごとなき立場で、ヒビキはその護衛か?
世間知らずのアリス、しかしそれがその強大な力ゆえに隔離されていたからか?
などなどである。
実際は姉に甘いだけの弟、というだけなのだが。
「……とにかく、まずはこの場を切り抜けてからです。さきほどの秘術、いったいどれほどのものなのですか」
ジャックが、今、まさに魔蒼魚の背ビレに向かって走りだしたヒビキを見る。
「ええと」
どれほどのものなのかと問われても、ヒビキがどれほど本気を出すか次第なのでなんともいえない。
「そうですね、きっとカッコよく勝ちますよ!」
答えになっていないが思った事をそのまま口に出すアリスに対し、騎士達はそれを妹への絶対なる信用ととらえた。
色々とすれ違いがあるものの、誰も損をしない健全な関係が築かれつつあり、場はますます混迷していった。
「あ! 始まりました! ヒビキ、がんばって!」
アリスがはしゃぐようにしてヒビキを応援する。
飛びかかったヒビキは、まずその背びれに向けて右こぶしを振り降ろした。
魔蒼魚の背中とヒビキの拳が激突した瞬間、蒼い火花が激しく舞って魔蒼魚の障壁が破損した事を知らしめる。
「一撃、か……」
槍も剣も通さなくなった魔法障壁を一撃で中和、いや力で押し切るように破壊している。
「蒼炎の拳士。いや……」
ジャックの呟きにダニエルがうなずく。
「――蒼炎のヒビキ、とお呼びするべきかな?」
その呟きに、え、なんですかそれカッコいい、私は? という顔で騎士達を見るアリスだったが、ジャックとダニエルの視線は蒼い拳を華麗に操るヒビキに釘付けであった。