巡った逡巡、行き着く先はアリスの笑顔
ヒビキは水の上を駆けつつ、お姫様のように抱えている胸の中のアリスに問いかける。
「アリス。あの大きな魚、なかなかに耐久力があるんですよ」
「そうなのですか?」
「ええ。ですから、アレを倒そうとするとそれなりの魔力を使う事になるのですが」
倒す手段がないわけではなく、どのように仕留めるか、というのが問題だ。
「遠距離魔術というのは今の私の役柄的に不一致ですので、拳に魔力を込めてあくまで打撃系でいこうと思うのですが」
「武道家ですものね!」
「ええ。ですが、それだと私だけが目立ってしまいますし、それは本意ではないので」
「そうですか? ヒビキが優秀な冒険者と認められる事はとても素敵だと思いますけど?」
「どなたからクエスト依頼をされた際、私だけ呼ばれても意味がないでしょう?」
色々あって脱線しかけているが、アリスのキャスティングは『ワケありヒーラー』でありヒビキは『おつきの武道家』である。
出発前のヒビキの思惑としては、あまり目立たないように『世間知らずのお嬢様と護衛の武道家』に見えるように、だった。
偵察隊の前で魔狼を撃退した程度の力の露見であれば、まだ有能な護衛と言い切れる程度である。
しかし、今も襲い掛かってこようと隙を伺っているこのような魔獣相手に大立ち回りしていては、それもかなうまい。
最初の計画が破綻したとなれば、やや方向転換をすればよい。
つまり『”事情があって旅をしている”世間知らずのお嬢様と護衛の敏腕武道家』であるならば、多少やりすぎてもいいだろう。
幸か不幸かヒビキの周りにはそれを通しつつも、騒ぎにならないようにできるコネクションが出来上がっていた。
で、あれば逆にギャラリーによく見えるように撃退すれば説得力も増す。
「確かにヒビキだけがお呼ばれされたら、お姉ちゃんは置いてきぼりにされてしまいます!」
「というわけで、こういう流れはどうでしょう? アリスも協力してもらえますか?」
ヒビキはアリスの耳元でそっとつぶやく。
二つの頭を持った恐ろしく巨大な水棲魔獣に襲われている二人の会話など、耳にする者などいようはずもない。
だがこうして耳打ちする事で、秘密ですよ、という雰囲気が出る。あくまでヒビキがアリスのためにしている演出である。
「……ふむふむ、なるほど! さすがヒビキですね!」
ヒビキの台本を聞いて、アリスははしゃぐ。
それは実にアリス好みの展開でもあり、ヒビキがさきほど言ったように、彼だけが目立つのではなく自分も同様に重要な人物となれる配置だった。
「さて」
ヒビキは周囲を確認する。
まず船着き場付近。
店が立ち並んでいる辺りではすでにこちらを見て騒ぎになっている。
距離もずいぶんと近くになっており、目撃証言としては十分だろう。
しかしどこの誰かもわからない人物たちよりも、格好の証人候補がいる。
自分がやってきた湖の奥を見る。
ダニエルがジャックを回収し、二人の騎士が乗った舟影が見える。あちらからもヒビキたちの状況が確認できているはずだ。
「さて。アリスとしては、一撃必殺タイプと、高速連撃タイプ、どちらがカッコいいと思いますか?」
ヒビキがフィニッシュの演出をアリスにたずねる。
「えーと、今のヒビキの姿であれば、やっぱり華麗に戦う方が素敵です!」
「重い一撃よりも軽やかにという事ですね。では、ジャックさん達の舟で少しだけ待っていてください。彼らに近距離で証人になって頂きましょう」
「はい!」
そう言ってヒビキは騎士達の舟へと走る。
魔蒼魚もヒレだけを出したまま、ヒビキを追うようにして方向を変えた。
***
いまだ死の覚悟が冷めやらぬジャックがヒビキの姿を認める。
あの恐ろしい魔蒼魚を自分に引き付けて、岸へと戻ったヒビキはいまだ湖の上で奮戦していた。
そして自分たちの乗る舟を確認するとこちらへと走ってくる。
魔蒼魚もまた姿を湖に隠し、背びれだけがヒビキを追っていることがわかる。
ヒビキが二人の舟の近くまで来ると、騎士達に声をかけた。
「お二人とも、ご無事でなにより」
「ご無事でよかったです! やっぱりヒビキがついていって正解でしたね!」
その腕の中に抱かれたヒビキの姉だというアリスも、笑顔で騎士達の無事を喜んでいた。
そう、笑顔なのだ。
あんなに恐ろしい魔蒼魚に今も狙われているというのに、一切の不安もなく笑顔だった。
「さて、そろそろ決着をつけようと思います。姉をしばらくお願いできますか?」
ヒビキがアリスを騎士たちの舟へと降ろす。
二人の騎士は当然それを拒むことなく、補助のために手を差し出す。
「ありがとうございます!」
アリスもそれぞれが差し出した手に指ちょこんとのせて、導かれるままに舟の中で腰をおろす。
ジャックが問いかける。
「しかし決着とは……どのように? すでに刃も打ち立たないとなれば……」
その問いを待っていたとばかりに、しかしその内心は表情に出さず、ヒビキは無表情かつ抑揚のない声で答える。さも意味深、というふうに見えるように。
「お二人は秘密を守れますか?」
「それは……どういう意味でしょうか?」
ダニエルがヒビキの緊張感を感じて顔色をうかがってくる。
「これ以上、私の……いえ、姉の力を見せる事は、いたずらに騒ぎになるだけかと思っているのですが……」
魔蒼魚は警戒しているのか、これまでのようにすぐには攻撃をしかけてこなかった。
四人の乗る舟をやや遠巻きにぐるり、ぐるりと回り始めた蒼い背ビレを見てヒビキは苦渋の選択、であるかのような態度を演じる。
「アレをこのままにしておくと必ず被害が出る事でしょう。ですが、私たちであれば仕留める事も可能です」
はっきりと言いきるヒビキは、だがこれから見せる事を秘密に出来るかと問うているのだ。
「……その力が忌むべき悪でないというのならば、これから目にすること黙すると誓いましょう」
何か言いにくい事なのかとジャックが少しばかり緊張感を持って言葉を返す。
つまり純粋な力でなく、呪いやら祟り、そういった負の力ではないかと遠回りに確認している。
「ふふ、そうこわばらないでください。我々の血族に伝わる力ですので、あまり他人に見られる事を良しとしないのです」
それを聞き、騎士の二人は安堵すると同時に深く感謝をする。
何かしらの理由があって秘匿せねばならない力を行使してくれるという事なのだから。
「では”蒼き炎の祝福”をすませてしまいましょう。アリス、お願いします」
「ッ! ええ、ええ! ではヒビキ、手を出してくださいね!」
ヒビキがアリスの前に片膝をつき、捧げるように両手を広げて差し出した。
アリスは微笑んだ後、その両手の甲に軽い口づけをする。
二人の騎士は、美しい姉妹が行ったその儀式を黙って見守っている。
口づけを受けてヒビキは立ち上がり、騎士達に向き直る。
何かが変わったようには見えない。
「秘密ですよ?」
そう言ったヒビキが、祝福を受けたという己の甲を騎士に見せつつ……拳を作った瞬間。
「おおっ……」
「これは!」
ヒビキの白い拳に蒼い模様が浮かび上がった。
まるで拳そのものが燃えているかの様な模様は甲から上腕へ、さらには二の腕、肩へと炎のゆらぎのように浮かび上がらせた。
「――蒼炎の拳」
ヒビキが囁くように口にした言葉は秘術の名であろうか。
騎士達は初めて目にした美しい術に息を飲んだ。
「それでは……怪物退治と行ってまいります」
ヒビキはその蒼い炎を刻んだ腕を振り、湖中の魔蒼魚へと駆けて行った。
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七月には今まで通りのペースに戻す予定です。よろしくお願いいたします。
 




