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魚影を求めて、一悶着


革鎧という軽装ないでたちであるが、アリスが世話になった二人組の騎士だった。


ヒビキが振り返ったのにつられて、アリス、ディアジオ、そしてベンネヴィスも振り返る。


「これは騎士様方。ご苦労様です」


まずヒビキが深く頭を下げて挨拶をする。


「あら、騎士様なのですか? ごきげんよう!」


そして三度目の邂逅である事にも気付かず、アリスがスカートのすそをつまみ挨拶をする。


「これはご丁寧に。おや?」


一人の騎士が気づき、もう一人の騎士が遅れて、ああ、と声をあげる。


「奇遇ですね、お嬢さん達」


ヒビキもそうですね、とうなずきながら。


「今日は軽やかな装いですね?」


革鎧姿を見てたずねかける。


「ええ。湖で何か起きそうだという報告を受けましたので。いつもの鎧では湖に立ち入れませんし」


親しそうに話を始めるヒビキにアリスがこっそりと尋ねる。


「ヒビキ、お知り合いですか?」


「何を言ってるんですか。アリスに街を案内してくださった騎士の方たちですよ? お城の門でもお会いした方々じゃないですか?」


「え?」


驚き、アリスはあらためて二人組の顔をジッとみつめる。


「……そう言われてみればそのような気も……」


うんうんとうなるアリスに騎士が苦笑する。


「お会いした時はどちらも鎧姿でしたから。今と比べれば三割増しは見栄えがよかったでしょうし」


スーツ姿の男性が見栄えが良くなると同じようなものだろうか。


「今は少々地味だからな。地が出て落差があるかもしれんな、相棒」


もう一人の騎士も同感だという感じで追従する。


「そのようなこ……」


ここで「そうかもしれませんね」と相槌を打つほど失礼ではないので、ヒビキはそのような事はありませんよ、と言いかけた。


「そうかもしれませんね! 鎧姿はカッコよかったです!」


ヒビキの言葉は無邪気で残酷な姉の言葉によって打ち消された。


アリスの言葉に騎士二人が振り返り、ディアジオがさすがに少し焦った顔になり、ベンネヴィスが他人の振りをする。


ここにマッカランがいれば何かフォローをしてもらえたかもしれないが、ないものねだりをしても仕方ない。


ヒビキはなんと言ってフォローすべきか考えつつ口を開こうとするが、それよりも先に二人の騎士が笑いだす。


「まったくその通りです、お嬢さん。いえ、確かお名前をアリスさんと言ったかな」


「はい! アリスです!」


「我々もまだまだ未熟だな。鎧に着られている次第だと再認識したよ。妹さんはヒビキさんだったかな。そうかしかまらなくとも結構ですよ」


まったく意に介していないという雰囲気で、二人の騎士はヒビキとアリスに向き直る。


「申し遅れました。私はジャック。こちらはダニエルです」


「ダニエルと申します。あの夜は実に楽しかったですね。今日また再会できた事を喜ばしく思っております、なぁ相棒?」


ジャックも笑顔でうなずきながら、ヒビキに問いかける。


「これも何かのご縁。我々は報告を受けて様子を見にきたのですが、何かお知りであれば教えていただけますか?」


ヒビキは喜んで、と応じ、ベンネヴィスの目撃証言なども交えて情報提供をした。




***




「なるほど。西のギルドマスターが朝早くから怠慢をしている点はともかく」


ジャックがベンネヴィスをチラリと見ながら、やや咎めるような言葉をかける。


一方でベンネヴィスは騎士とはあまり良い関係ではないのか、舌打ちをしながら言い返す。


「朝から晩までイスで偉そうにふんぞりかえってなきゃならねぇってわけでもねぇんだよ!」


「偉そうにする必要もないし、ふんぞり返る必要もない。相棒はいるべき場所でやるべき事をやれと言っているだけだ」


二人の騎士に正論を口にされて、ますます不機嫌になるベンネヴィスだが怠慢と言われても仕方ないというのは理解しているらしく、口をつぐむ。


ヒビキとしては双方に好印象を抱いているだけに、どちらかに肩入れする事は控えたいが、不貞腐れたベンネヴィスを放置もしたくない。


「騎士様方のお言葉ごもっともかねしれませんが、ベンさんも普段はお忙しい立場でしょう。たまには息抜きも必要かと思います。それにベンさんとて何か事情があってこちらにいらしているのでしょうから、頭ごなしに責めるというもどうかと……」


差し出がましい事を失礼しましたと最後に付け加えつつ、騎士の二人に頭を下げる。


すると騎士たちは苦笑しながら、ヒビキに対してそれぞれの胸に手をあてつつ微笑む。


「なるほど。美しい方は心のありようまで美しいものですね」


「まだお若いというのに、成長されればどれほどの大輪の花となるのか、実に楽しみです」


騎士二人が褒め始めた辺りでヒビキは話を戻そうと咳払いをする。


「事情は今お話しした通りですが、騎士様方はどうされるおつもりですか?」


ジャックとダニエルは互いに顔を見合わせ、周囲にそれそれが視線をさまよわせる。


そして再び顔を見合わせると、互いに小さくうなずいた。


「さしあたってはその魚を見てみませんと話になりませんので」


「船は空いているようですからね。一艘借りて、少し湖に出てみます」


危ないから湖に出られない、という話をしていたはずだが二人はそんな事を歯牙にもかけず貸し船屋へと歩き始めた。


「おいおい、お前ら! オレが見た魚ってのはマジでデケェんだ! あんなのに体当たりでもされれば小舟なんざすぐにひっくり返るぞ!」


ベンネヴィスが慌てて止める。さきほど色々と言われた相手でも心配するあたり、人の好さがにじみ出ているなとヒビキは思う。


「だからと言ってそんな危険なモノをそのままにしておけんだろう?」


「どのみち誰かがしなきやならん事を、今、私たちがするだけの事だ」


ヒビキはこちらにも感心する。


さきほどダニエルがベンネヴィスに言い放った、いるべき場所でするべき事をしろ、という事なのだろう。


騎士として危険な場所で命をかける、そういう精神性の高さがうかがえる言葉だった。


「あれは止められませんね。ではアリス、ディア。お留守番しててくださいね」


ヒビキもこれ幸いと同行するべく二人についていく。


「待て待て待て! お嬢ちゃんはさすがにダメだ、おい騎士ども!」


ベンネヴィスの制止に、後ろからついてきていたヒビキに気付いた騎士たちが苦笑して立ち止まる。


「彼の言う通りです。さすがにお嬢さんをお連れできる所ではありません」


「戻ってきたらお茶でもお食事でもと言いたいところですが、さすがに小舟での遊覧はお気に召さないかと思いますよ」


それはその通りであろうが、やはり二人の騎士たちもその程度に危険であるとは覚悟している。


だがヒビキが同伴すれば確実に命をおとす事はない。


最高峰のホムンクルスのボディに、無尽蔵とも言える魔力を供給されているのだから。


船をひっくり返されても魔力で湖の上に立てるし、なんなら空も飛べるのである。


「これでも私は冒険者ですから。騎士様方の一助になれば幸いですし……もし、置いて行かれても私は勝手に船を漕ぎ出してついていきますよ?」


その言葉に、それぞれが表情を変える。


騎士たちは困ったお嬢さんだという顔に。


ベンネヴィスは新米の駆け出しが命を無駄にする気か、と怒った顔に。


ディアジオは驚いた顔をしつつも、楽しそうな顔に。


そしてアリスの、どういう事だろう、という顔。


「ヒビキ? 騎士様方にヒビキがついていくという理由もわかりませんが? 危ないでしょう?」


「ええ。ですから私がついていけば安全です。アリスもお世話になった騎士様方が危ない目に遇うのは嫌でしょう?」


これには騎士たちも苦笑を隠せない。


むしろそこまで侮られて怒らない彼らの寛容さは女性に対して紳士というだけはない、人としての器量だろう。


そこにアリスが拍車をかける。


「確かにヒビキがついていけば大丈夫ですね!」


「ヒビキさん。それにアリスさん」


ジャックが二人の名を呼ぶ。


笑顔のままではあるが、さきほどとは違いハッキリとした言葉と態度でヒビキをさしとめた。


「ヒビキさんの申し出はありがたいが、ご遠慮願う。我々の使命とはあなたのような方々を守る事だ」


ヒビキもそれは予想済みであったので、一つ微笑み、目を閉じる。


「私は役に立ちますよ?」


再び開けた瞳で騎士たちを見れば、騎士たちが驚きの声をあげる。


「……なるほど。わずか一瞬で臨戦態勢になれるほどか」


「鮮やかな蒼だ。流れも淀みない」


ヒビキの魔眼に騎士達は目を合わせ、うなずく。


「年端もいかぬお嬢さんと侮った事を謝罪しよう」


「ご助力たまわれるのであれば、正式な依頼として後日報酬をお約束するがどうだろうか?」


一転して騎士達はヒビキの同行を否とばかりか、報酬も出すという話になった。


「おいおい、なんだってんだ!? 嬢ちゃん、どういうこった?」


「ヒビキさん、いったい何が?」


ヒビキの背中しか見えないベンネヴィスとディアジオは騎士達の態度の急変にいぶかしむ。


そんな二人にヒビキが振り返り、その蒼く輝く瞳を見せた。


明確なまでにほとばしる強者の証、魔眼。


「お嬢ちゃん、なんてこった……魔眼持ちだったのか」


驚きに目をむくベンネヴィスとは対照的に、ヒビキの魔眼を見るのは二度目のディアジオは「おお、やはり美しい」と感激したように立ち尽くす。


「ではアリス、私はちょっと湖を見てきます。少々留守番をお願いします」


これで実際に湖のヌシを目にできればその脅威も計れるというものだ。


もし見かけ倒しで危険度が低そうであれば、少しくらいは強引にアリスを連れて行くのもいいだろう。


そんなアリスにとって不穏な考えを胸に抱いたヒビキを。


「はい、大人しく待っています! 気を付けてくださいね!」


と、いつもと変わらぬアリスが手を挙げて返事をしつつ、貸し船屋へと向かう三人を見送った。


誤字修正報告を頂きました。

早速修正させていただきました、ありがとうございます!

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