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飼主不在の玉座にて


キメラ、と聞いたガイラクスはなんともいえない顔になる。


「無害とも脅威とも……なんとも言えんな。珍しいものではあるのだろうが」


「そうですね」


「一般のイメージからすると恐ろしい獣が混ざり合った魔獣、という認識なんだろう? 有名なのは、顔は獅子、体は山羊、尾は蛇だったか?」


「そうですね。想像だに恐ろしい姿です」


「そうか? あきらかにただの獅子より弱くなっている気がするぞ。そもそも体躯が山羊というのはどうなんだ? 肉食動物のアゴで草食動物のように草を食むのは歯の形状から無理があるし、逆に肉を食らうとして山羊の体で消化できるのか? あと尾が蛇というがその毒で仕留めた獲物を食って自家中毒に陥ったりしないのか?」


「あまり夢のない事を言わないでください。キメラというものが実際に存在していて、その上で練られた想像上のキメラなんですから。どこかの作家が自らがもっとも美しく雄々しいと生み出したキメラです。設定の破綻を追うのは無粋ですよ」


「お前は文学や小説になると早口になるな。それはともかく、実際のキメラなんぞというものは……」


王とメイド、二人の視線はひとところに向けられていた。


ガイラクスはその視線の混じる先、自分の足元で丸まっている黒猫を再び抱きかかえてヒザにのせる。


「こんなものだろう。なぁ、マー坊」


マー坊と呼ばれた黒猫がガイラクスのヒザの上で丸まりながら、ニャアと鳴く。


「そうですね。キメラと言っても有害とはかぎりらない良い例です。初代勇者様がどこからか拾ってきて以来は家猫、いえ、城猫となってしまいましたが」


「私なぞ生まれたころからの付き合いだが、赤子の頃から世話になったことは多々あれど危害を加えられたことなぞはない。ついでに言えば年老いている雰囲気もない。代々勇者が魔力をエサとして与えているからか? それともキメラだからか?」


「わかりません。わからないことが多すぎる存在ですからね、キメラは。ですが、その猫のおかげでキメラについての研究は進みました」


「ほう? その手の報告はわざわざ回ってこないからな。軽く聞かせてくれ」


知識の開帳に喜悦を覚えるメイドはこれ幸いとばかりに咳払いを一つした後、聞き手がもういいと辟易しない程度の加減をしつつ説明を始めた。


「キメラですが魔物か魔獣かという点では、魔獣とされています」


「魔物ではないのか」


「魔結晶が体内に存在するので魔物とも言えるのですが、実際にその体を形作るものが獣ですので」


「スライムのような生き物の範疇から外れた存在ではないという分け方か」


「そうですね。色々と混ざっていても、心臓があって、食事をし、排せつをし、とにかく生き物です。頭が潰されても、心臓が潰されても死にます」


「そりゃ生き物だな。まっとうな生き物だ」


例えに出たスライムに心臓はない。それは生き物ではない何か。つまり魔物だ。


キメラはそこまでの存在ではない。そうなってしまった生き物は、魔結晶がなにかしらの形で取り込んだ対象であったというだけだ。


「次に複数の生き物の結合体、とは限らないという点です」


「ほーう? 私はてっきりマー坊は共食いでもしたのかと思っていたが」


ガイラクスのヒザの黒猫がその言葉に対して心外だと言わんばかりにシッポで自分を撫でる手を叩く。


「三本足のカラスや九本の尾を持った狐などが存在したと過去の記録があります。元の種に共食いという性質がないなら同種間での取り込みがあったというより、そう変態したという方が自然ですから」


「増やしてどうするんだ? という気もしないでもないが」


鳥の足が一本増えたところで? 獣の尾が増えたところで? という感想しか出てこない。


「そうですね。増えた所でとりたててどう、というものではないのですが。キメラというものはそういうもののようです」


「実際、増やしてどうするんだ? マー坊が教えてくれれば話が早いんだがな?」


高く抱き上げた黒猫のシッポがぶらんと揺れる。


黒く長いシッポは途中から二股に分かれて、ゆらゆらとそれぞれが別の生き物のように揺れていた。


「もちろん、明らかに別種の生き物の融合体も確認されていますし、数としてはそちらの方が圧倒的ではあるのですが。どういった理由で、取り込み型か変態型になるのかまでは不明です」


「ふむ。なんにしろ、湖の巨大な魚の背びれや尾びれが二股になろうと、九つに増えようとさほど脅威にはならんな」


「そうですね。ただ魔力が豊富なキメラに関しては、魔法を使う事もあるのでその点は注意が必要かと」


「マー坊もたまに使っているな」


黒猫のアゴの下をグリグリと撫でるガイラクスが苦笑する。


「ええ。何もない中空を足場のように蹴って登っていくアレです。猫だからでしょうかね」


「時折、どうやって登ったのかという所で寝ているからな」


ただし魔力の消費も激しいのか、ただ単に気分なのか、あまり頻繁には使わないようだが。


「魚のキメラがどういう魔法を使うかわかりません。魚の行動様式にそったものでしょうけれど、例えば……中空を泳ぐ? とか」


「……それはそれで見てみたいな。増えた尾びれで空を掻いて泳ぐ巨大魚か」


なかなか面白そうな絵ではあるし、もし可能であれば城のどこかで飼ってみたい。


それだけ稀有で見ごたえのある存在ならば来客をもてなす見世物にもできるだろう。


事実、マー坊はわりと他国にも知られたペットであり、国賓を招くパーティーなどでも先方からの要望があればガイラクスが連れ出すほどに人気がある。


「ふむ。湖には応援を出すか? 生け捕りにできるならばしてみたい」


「近衛からですか? すでに二人ほど出ているようですが」


自分としても興味のあるメイドは率先してガイラクスの気が変わらないうちにと具体的な行動を促す。


「いや、すでに二人の近衛が出ているんだったな。彼らに勅命……は大げさだな。お前の方から適当な人物を介して命令を出しておいてくれ」


「では……無害、もしくは制御可能であれば生け捕りに。難しいのであれば状況の報告と必要な人員の規模の要請。一方で、もし確実な脅威と判断するのであれば可能的速やかに処理、かつ至急の応援要請、このあたりですか?」


「そうだな、その線で頼む」


メイドは手ごろな大臣の顔を頭に浮かべながら退室し、すみやかに命令書を作成すると城下の冒険者ギルドへと向かった。


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