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謎めく湖に佇む苦労人、ベンネヴィス


ベンネヴィスは何かを悩むようにして、そのいかつい顔をさらにしかめて湖を見つめている。


ディアジオが何か知っていないかと声をかけるか迷っていると、二人が戻ってきた。


アリスは昨晩着用していた青いワンピース姿だ。


ヒビキの用意と手際の良さだろうか。


靴もワンピースに合うものと変えられており、髪についていた泥もしっかりときれいに拭われている。


対して、そのヒビキ自身は変わりなく冒険者風の上下のままだった。


「ディア、お待たせ致しました」


「お待たせしました!」


二人が待っていた自分に声をかけ横に並ぶ。ふわりと香る花の蜜のような甘いにおいは香水だろうか。


「アリス嬢。昨晩もお綺麗でしたが、そちらのドレス、陽の下に出るとさらにお似合いですよ」


「本当ですか? ありがとうございます!」


世辞をいう必要がないというのは思っている以上に気楽である。


そう、今のは世辞ではなく、ディアジオは心のままに言葉にしただけだ。


そういう本心は伝わるもので、ヒビキも当然ですとばかりに無言でうなずきつつも嬉しそうにしていた。


この妹は自分の事より姉が褒められたり、認められたりする事に喜びを覚えるようだった。


ディアジオはこういう種の人間に心当たりがある。優秀な執事やメイドが、敬愛する主人に対する態度だ。


姉妹という事だが、出自もいまだわからない以上、肉親以上の何か事情もあるかもしれないなと、ディアジオは軽く心にとどめるが追及などはしない。


「さて、ディア。これから聞き込み調査の始まりですが」


その言葉にアリスはグッと拳を固める。


「今、見える範囲でお知り合いや事情を知っていそうな方などはいらっしゃいませんか?」


「私もそう思い様子を見ていましたが……あちらの方。何か事情があってこちらにいらっしゃるかと。西街では顔役ですし、彼に事情を聞くのがいいかもしれません。何もご損じなくとも場合によっては協力をしてくれるかもしれませんし」


「ほう、そんな方が?」


「えっと、どなたですか? ……ひえっ」


ディアジオが指さした先を視線で追う二人。


その人差し指の先に立っているのはベンネヴィス。


スキンヘッドの強面が苦虫をかみつぶしたような顔で立っている。


率直に言って近寄りたくない。


「……えーっと」


アリスが再びディアジオの人差し指に視線を戻す。


自分が見た先と、ディアジオが指した相手が違っているのではという確認だ。


「この指の先は」


再度、ディアジオの指の先を目でたどる。


「ひえっ」


残念ながらディアジオが指すのはその男であった。


一方でヒビキは見覚えのある顔、むしろ一度見たらなかなか忘れられない禿頭の強面を見る。


アリスが抜け出した晩、スカーとして出会ったあの人物だ。


確かになにやらずいぶんと悩んでいる、というより困っているような顔をしている。


しかしアリスが近づいた所で決して危害などは加えないであろう男という事もわかっている。


「ああ、あちらの方ですか……」


色々な意味を含めての独り言だったが、ディアジオが何か思い当たるようにベンネヴィスを擁護する。


「彼は確かにその……独特な顔立ちではありますし、体格も良いので色々と誤解されがちなのですが……」


どうフォローしても初対面の相手に紹介するには怖すぎる容姿であり、ディアジオもそれ理解しているのでなんとて言葉を選べば良いかわからないようだ。


ヒビキはこれは幸いとばかり言葉に詰まっていディアジオを無視して、アリスに語り掛ける。


「アリス。なかなか骨のありそうな男ではありませんか」


「ヒ、ヒビキ?」


「あんな大男ですが、アリスならばきっと言葉巧みに情報を聞き出せますよね?」


期待に満ちた瞳を意識してアリスを見る。


「う、うう」


アリスは期待されているリーダーとして見栄を張りたい自分と、素直にむりむりむりと首を横に振りたい真意とを秤にかける。


一瞬、ベンネヴィスを見てキッと口端に力が入る。


ヒビキは意外な反応に、おっ? と期待してアリスの次の言葉を待つ。


「むりむりむりむり! 無理ですヒビキ! 新米リーダーにあちらの方は超えられない壁です!」


「ふふ、そうですか? アリスなら大丈夫だと思いますよ?」


勢いで大丈夫です、と言いかけて、すぐに冷静になり正直になったアリスにヒビキは優しく笑いかける。


「あの方ではなくて……ほら、少し離れた所の少々チャラい系の方々ならばギリギリ……いえ。ちょっと無理かも、ああ、でも多分……いけ、る?」


本当にギリギリそうな表情で声を上げて酒盛りを始めている肌の焼けたオジサン三人組を指す。


ヒビキとしては素性の知れないその三人よりも、確実に悪い結果にはならないだろうベンネヴィスを推したい。


「アリス」


「な、なんですか?」


怯える小動物のようになっているアリスにヒビキはそっと耳打ちする。


「何事も挑戦あるのみですよ? 彼に話しかけず別の者でお茶を濁すアリスと、立ちはだかる壁のような彼に話しかけた後のアリス。どちらが優れた冒険者として成長していますか?」


「う……」


少し前に自分が似たようなことを言った記憶のあるアリスは、ヒビキの言葉を否定できない。


否定できないが。


それはそれ、これはこれ、である。


「ひ、ひとりでは無理です!」


言外の折衷案で、ついてきて、というわけらしい。


だがヒビキとしては、初めてのお使いを見守る叔父のごとくここは譲りたくない。あくまでヒビキの個人的心情からの理由で。


「大丈夫です。もしアリスが泣かされたらすぐにあのハゲ頭を湖に放り込んであげますから」


どうあってもヒビキはついてきてくれない、ようやくそう悟ったアリスは絶望の表情でディアジオを見る。


「ディスタジオさん……ついてきて、くれますか……?」


「私はかまいませんが……」


チラリとヒビキを見ると、指でバツを作っている。


「考えようによってはリーダーの成長の絶好の機会でもあります。ここは私もヒビキ嬢とともに近くで見守っていますから、がんばってください」


「う……」


ここで無理、否、行きません、と言わないあたり、基本的に責任感のあるアリスである。


ガクンと肩と顔が力なくうなだれたアリスにヒビキがアドバイスを贈る。


「アリス、いいですか? まず挨拶、おはようございます、から始めて、今日のこの湖はどうなってるんでしょう? 何かご存じないですか? と、これだけです」


「……挨拶をして、この湖がどうなってるのかと、何かお知りでないか、その二つだけ……」


「そうです。実に簡単です。時間にすれば十秒もかかりませんよ?」


「実に簡単そう、簡単……十秒……簡単……十秒……」


ちょっとだけ顔の角度が上にあがったアリスをヒビキが笑顔で送り出した。


ふらふらとおぼつかいな足取りの背中を見て、ディアジオがヒビキに少し責めるような口調でたずねる。


「さすがにお可哀そうでしたが……」


「あちらの方。信用できる方なんでしょう?」


「ええ。それは私の全てを賭けても保証いたしますが……」


「ならば問題ありませんよ。ディアの言った通り、確実な成功と安全が保障されたリーダーとしての絶好の成長機会です」


満足げに微笑むアリスにディアジオは少し困り顔をした。


「ただ一つだけ問題がありまして、場合によっては我々も後程、聞き込みにご一緒した方が良いかも知れません」


「問題?」


「今のアリス嬢と、ベンネヴィスさんでは……会話が成立しないかもしれませんので」


それはどういう意味だろうかと、ヒビキはベンネヴィスにそろりそろりと背後から近づくへっぴり腰のアリスを見つめて様子をうかがった。


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