至らぬリーダー、頭を垂れる
アリスが眠気の残る瞳のまま、花の彩亭から出発したのは朝食をとってすぐの事だった。
いつも花のような笑顔であるアリスがずっと下を向いているのは、睡眠不足という理由だけではない。
彼女は今までの人生の中で、精神的にもっとも憔悴しているといっても過言ではなかった。
「アリス嬢。今朝、眠れなかった事情はうかがいましたが、本当に大丈夫ですか? 今日くらい休んでも良いと思います。急ぎの仕事でもないのですし無理をしてまで……」
ディアジオが心配げに声をかける。
その声にカタンコトンと馬車の振動に振られ、うつむいたまま体を揺らしていたアリスが、ゆっくりと顔を上げる。
「ディノタジアさん、申し訳ありません。せっかくリーダーとして認めていただいたというのにこの体たらく。だというのにさらに依頼遂行を遅らせるなどととてもできません。這ってでもこなしてみせます」
しょんぼりというオーラを見事にまとったアリスは哀れな声で答えつつ、よろよろとガッツポーズをとる。
「私の名はディアジオです。それにアリス嬢、そこまで身を縮こまらせるほどの事ではありません。パーティーの名が決まらない程度で……」
そう。
早朝、磨きぬいた馬車で二人を迎えにきたディアジオは、朝食を前に食の進まないアリスに挨拶するなり今のように暗い顔で謝罪された。
昨晩は女神のごとく微笑んでいたアリスが深刻な顔で何を言い出すのかと思えば。
「……パーティー名が決まらないのですッ……」
と。
ティアジオとしては本心から、ああ、そうなのですか、と正直な感想を漏らした。
別に急ぐものでもないし、リーダーたる彼女が納得して満足できる名前が決まるまで、パーティー申請などの書類は保留しておけばいい。
現状は、三人がそれぞれ勝手に合流して各個人が協力して魔草採取をしているという体裁になるだけの話だ。
だが、それがアリスには許せなかったらしい。彼女なりのこだわり、パーティーへの執念? のような鬼気迫る何かを感じる。
同時に、難しい年ごろでもあるからな、と、男にはわからない女性心理への諦めも加わって、なるべく共感するように慰める。
「確かにそうですね。パーティー名は大切な事です。むしろ一晩で簡単に決めてしまうべき事ではないのかもれしません。そうなると、軽々に決めてしまわず、苦しんでなお考えにお悩みになるアリス嬢は素晴らしい。やはりリーダーをお任せしたのは正解でしたね」
「……そ、そうですか?」
うなだれていたアリスの顔に、わずかに生気が戻る。
横で聞いていたヒビキは、やりおる、と小さく呟きながら事の顛末を見守る。あえて何もせずに見守る。
特に深い意味はなく、アリスがおだてに乗り始めて調子に乗っていく流れを愛でたいだけでもある。
「ええ。アリス嬢にヒビキ嬢がいらっしゃるパーティーですよ? いずれ多くの者がそのパーティーの名を耳にするでしょう」
「……そうかもしれませんね」
ヒビキは思う。
そうかもしれませんねと言いながら、言われてみればその通りですね、などと内心で思っているこの姉。
詳細に心を読むとすれば、ヒビキが戦闘面で活躍し、自分は美人ヒロインヒーラー枠で活躍するのだから当然かー、という具合である。
「お二方はとても見目麗しいのですし、それにふさわしい名前を考えるとなると一晩では難しいでしょう。むしろもっとゆっくりと熟考すべきなのです」
「……そうですか? すぐに決めなくとも良いと思われますか?」
「ええ。手続きなどすぐに私が手配いたします。アリス嬢は……いえ、リーダーは大きく構えて、何事もゆっくりと使命を果たしていただければ良いのです」
「リーダー……そう。私がリーダーですものね! ドンと構えなくては!」
ムダに厚い胸をドンと張るアリスに、そっと視線をそらしたディアジオはある意味で素晴らしい。
ヒビキはむしろボタンがはじき飛ばないかと緊張したが。
「ではリーダーはゆっくりとパーティー名を考えるとして」
ヒビキがどうでもいい話題から、これからどうするかという話題へ変える。
「昨日まで付き合ってくれていたマックが別の仕事にかかり、こうして今日から三人で依頼遂行を目指すわけですが」
ヒビキが自然と司会進行役を買ってでる。
これは本来リーダーの仕事であるのだが、リーダーはいつもの様子で「そうですね」とうなずき、新人メンバーのディアジオもそんなアリスに温かい視線を向けつつ「そうですね」と同じように答える。
「基本的に日帰り。夕食前には街へ戻り、明日は朝食後の今日と同じ時間に出発。昼食はあらかじめ用意したランチボックスを馬車内でいただく。これを依頼達成まで繰り返します。食事代や足代などの諸経費は……」
チラリとディアジオに視線を向けると、ディアジオが微笑みながら答える。
「仲間の為、私がお出しします。というのはよろしくないとおっしゃられるので、出世払いという事で、とりあえず私が立て替えておきます」
ディアジオは全額負担することに否やはないのだが、金勘定も冒険の内だろうとヒビキが考えたため、こういう形となった。
達成して得た依頼料をアリスが管理し、出費などの支払いをさせ、残った手取りの分で宴会などをする。冒険者の一幕だろうし、時に赤字になるのも、それはそれで面白いだろう。
細かい事はアリスには説明していないため、首をかしげつつ、なぜと疑問を投げかける。
「ヒビキ? せっかくのご厚意をお断りしたのですか?」
半分は純粋な疑問符、残りは楽できるところは楽しましょうよ、というグータラな圧力だった。
「アリス。仲間というものは、苦楽を共にしてこそ育まれる絆があるのですよ。その絆は強ければ強いほど……」
ラストシーンは盛り上がる、と最後の部分だけ小声でささやく。
アリスは、そうそう、そうでした、そうでしたね! ともはや眠気の飛んだキラキラした瞳でヒビキを見つめ返す。
目は口ほどにモノを語るという言うが、アリスの瞳は内心が透けすぎて少々危なっかしい気はする。
三者三様、考えは違えど、誰もがほがらかな腹の中を隠しつつ揺られて進む馬車は、やがて昨日と同じ湖へと到着する。
御者が馬を止めて、馬車の扉を開ける。
まずディアジオが降りて、手を差し出す。
その手をヒビキが礼とともに取り降車。
最後に二人の手を借りて、アリスが馬車の階段をトントンと軽快に降りる。
名称未定のパーティー、その活動初日にして長い一日の始まりだった。




