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歓談と冗談と決断


ヒビキにはディアジオが言う大切な事というものに思い当たるところがない。


というのに、隣のアリスは真剣な表情でディアジオを見ている。


ヒビキは緊迫感と緊張感が漂う中、ディアジオに疑問の視線を投げかける。


「おや、思い当たりませんか? 確かにヒビキ嬢はそういった事にはこだわりがなさそうですからね」


「もったいぶられるのは好きではありませんよ?」


いらだちを隠さない、という演技をしつつ、ヒビキは問い詰める。


実際は苛立ちも腹立ちもしていない。


ヒビキからするとアリスがこういった表情を浮かべている時は、たいがいどうでもいいような事であるのだから。


つい最近アリスがこのような顔になったのは、おやつに出されたケーキがおいしくて、おかわりがあるのか心配した時だっただろうか。


そんなヒビキにとってどうでもいい事でも、アリスにとっては一大事なのでこうした表情になる。


さて今回はどんな内容だろうとヒビキがディアジオの回答を待つ。


「アリス嬢がそわそわしているのは、パーティーの名前と、パーティーリーダーを決める、その二つの事ですよ」


「……ああ、なるほど」


ヒビキがうなずくと、アリスはキリッとした顔でこちらを見る。


その力強い視線からは、私がリーダー、私がパーティリーダー、私こそが私こそがとうっとうしいくらいのアピールを感じる。


ヒビキがディアジオを見れば、私はそれで構いませんといった雰囲気の視線を返してくる。


ヒビキとしてもそれはそれで問題ないのだが、あまりにも簡単に思い通りというのは達成感がなかろうと、少しだけ茶々を入れてみる。


「リーダーですか。となると、やはり経験と知識の豊富なディアジオ氏でしょうか?」


てっきりアリスをリーダーにと推してくるだろうと考えていたディアジオは一瞬だけ驚き、次の瞬間にはヒビキの思惑を正確に汲み取っていた。


「……ご指名とあれば構いませんし、微力を尽くす所存です」


これに困惑したのはアリスだった。


ヒビキであれば自分の希望を察してうまく動いてくれると思っていたし、ディアジオも自分に気があるそぶりだったので自分を立ててくれるだろうと。


具体的には「リーダーは姉のアリスで!」とヒビキが声高に推薦し、「まったく素晴らしい、アリス嬢こそ我がリーダーです!」とディアジオが立ち上がり、二人で拍手をしてくれる、そんな未来予想図があった。その中でアリスは「二人がそこまで言うのであれば」と謙遜しつつ引き受ける。これが一連の流れのはずだった。


ところがどうだろうか。


「ディアジオ氏がリーダーであれば色々とスムースに運びそうですね」


などとヒビキが言っているし、ディアジオも具体的な依頼の流れなどを話し始めた。


アリスの表情がこわばる。これは良くない流れだ。アリスの本能がそう告げる。


そしてアリスはその視線をマッカランに向けて助けを請う。


マッカランもまたヒビキがアリスをからかっているんだろうという意図を理解していた為、小芝居はそろそろいいんじゃないかと助け船を出すことにした。


「ヒビキさん。ディアがリーダーというのは悪くないかと思いますが。私としてはアリスさんこそがリーダーにふさわしいのでは、と思います」


ヒビキが待ってましたという表情を一瞬浮かべてすぐになんでもない顔で聞き返す。


「アリスがですか?」


「ええ」


「ですがリーダーというのは責任と判断力を求められますよ? アリスにはそういった煩わしい事から離れてのびのびとした冒険者生活を送ってほしいと私は思いまして。書類や手続きなどもあるでしょう?」


それを聞いたアリスが少しだけ逡巡したかのように見えたが、やはりパーティーリーダーという肩書は魅力的だったらしい。


「ヒビキ。私は……そのアレです。お二人が私にリーダーを任せてくれるのであれば、がんばります!」


「ではそのように」


「え?」


多少なりとも反対されるかと思いきや、ヒビキはすんなりとアリスがリーダーになる事を認めた。ディアジオも同じく、それでよろしいと思います、と笑顔でうなずき、マッカランだけが苦笑していた。


ヒビキは何事も似なかったかのようにして、アリスに次の話題を振る。


「ではアリス。パーティーリーダーとして最初の仕事ですね。私たちパーティーの名前を決めてください」


「え、その、急に言われて。えっと、私がリーダーですか?」


アリスが見回す視線に、ヒビキとディアジオが首肯する。


「素敵な名前を期待していますよ、アリス。いえリーダー?」


ヒビキの言葉にアリスはますます慌てながら、うんうんとうなり始めた。


そんなアリスをよそに、ヒビキはマッカランに尋ねる。


「マックはパーティーなどは?」


「私は冒険者登録をしておりませんので。冒険者の方とかかわるとすれば後見としてですね。もちろん個人だけではなく、パーティー単位の方に対しても後見をさせて頂く事はありますが今回はディアもおりますし」


それに答えたのはヒビキではなく、ディアジオが先だった。


「マック。私はこのパーティーにある限り、商人としての側面を活用すれどあくまで冒険者であるつもりだ。君さえよければこのパーティー単位の後見をお願いしたいが?」


「……よろしいので?」


「私と君の仲だろう?」


友情をはぐくんだ時間は短いが商人としての信用が二人の仲を担保する状況で、マッカランは少し考え。


「ヒビキさんは私がこのパーティー単位でも後見とさせて頂いて構いませんか?」


「個人とパーティー単位では違うものですか?」


「しがらみが強くなるというか、個人でもパーティーでも私と関わり合いになるという事ですね。ほかの商人とのやりとりがある場合、やや面倒な話になったり足元を見られたりもします。もちろんその分は私が埋め合わせできればと思いますが」


「そういう理由であれば、ぜひとも縁を深めたいと思います。こちらこそよろしくお願いします」


「……それは。ありがとうございます」


マッカランは遠回しに、自分の子飼いのように思われるといい事ばかりではないと教えてくれたのだろう。


最初にディアジオがいるからと自分が身を引いたのもそういう意味合いだったのかもしれない。


ヒビキはこの誠実な商人をますます好きになり、その期待にも応えたいものだと思う。


「アリスさんも私がパーティーの後見になる事は大丈夫ですか?」


とマッカランが聞くも、アリスは真剣にパーティー名を考えている。


アリスがこれほど悩む姿というのも珍しいとヒビキは思い……いや、わりと最近あったなと思い直す。


その日のおやつのケーキのおかわりをする代わりに、翌日に出る予定だったクッキーの量を減らすと言われて悩んだ時にも同様の追い詰められた狼のような苦悶のごとき形相で悩んでいたと思う。つまりそれくらいに真剣で一大事というわけだ。


「もう少し時間がかかりそうですね。お二人はまだ飲まれますか?」


「そうですね。せっかくの美貌が二人もいらっしゃる。目の保養をしながら飲む酒はいつもよりも美味いものです」


「私も特に今夜は予定もありませんし、最後までお付き合いさせていただこうかと……新しい友人の門出でもありますし」


ディアジオは悪いな、と軽く礼を述べつつグラスを掲げ、マッカランが、いいえ、と答えてそのグラスに自分のグラスを軽く当てる。


なかなか男くさいやりとりで、中身が男のヒビキとしてもちょっとカッコいいじゃないかと感心するワンシーンであった。


こういった場面が大好物であろうアリスは残念ながら、いまだ追い詰めれた狼さん状態であり見事に見逃していた。


「ではアリスが何か思いつくまでパーティー結成のお祝いとしてお酌でもさせて頂きます。私はまだ酒が飲める年ではありませんのでお付き合いはできませんし。もちろんお二人がこんな小娘の酌では酒がまずくなるというのであれば……」


ヒビキが言い終わるより早く、ディアジオは願ってもない幸運ですと破顔し、マッカランはでは自分がご返杯をいたしますと新しい果実水をオーダーする。


ヒビキは二人のグラスに酒を注ぎ、自分に用意された果実水のグラスを持ち上げる。


「それでは新パーティー名称未定の結成を祝して」


ヒビキの音頭に二人の商人がグラスを掲げる。


「そして麗しきリーダーの誕生に」


ディアジオが腕を組んで目を閉じたまま頭を右に左に振って悩み続けるアリスにグラスを向ける。


ヒビキとマッカランもアリスの前に新しく置かれた果実水の入ったグラスに向ける。


「乾杯」


と三人の声と一人のうめき声がそろい、祝杯が開けられた。


前話(50話)の予約投稿日時が木曜日になっていました。

更新曜日を変更したわけではなく確認ミスです。申し訳ありません。



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