ダルモアの出迎え
黒竜は帝国首都の王城を眼下に通り過ぎ、そこよりやや北へ飛んだ先の、深い森の中にあるダンジョンの入り口に舞い降りた。
ちなみに目的地が決定したのは二人が黒竜の背に乗ってからだ。
アリスの要望は最も人の多い所。
対しておばあ様が、じゃあ帝国の王様がいる街にしましょう、と即決。
ヒビキが止める間もなく羽ばたくおばあ様と、目をキラキラさせるアリス。
そして半日も飛んだ末、この森にたどり着いた。朝方に出発したが、すでに日は暮れ始めている。
背から降りた二人は固まった背筋や筋肉をほぐす。
すでに人の姿に変わった老婆は近くの倒木に腰かけて、そんな二人を笑顔で見つめている。
「ありがとう、おばーちゃん!」
「ありがとうございました、おばあ様」
「どういたしまして。ふふふ、こんなにたくさん飛んだのも久しぶりだわ」
ここだけで見れば和気藹々とした雰囲気であるが、生きた心地がしないまま直立不動でそんな三人を見守るのはダンジョンの者たちだ。
黒竜が現れたという嘘のような報告を受け、ダンジョンマスターであるオーガが慌てて地下三十階から駆け上がってくる。
筋肉質で鈍重な体躯は、しかし、それまでの人生で最速の速さをもって地上へ到達した。
そして実際に黒竜が二人の人物を背から降ろしていた所を目撃する。黒竜が背に乗せる、それはもはや王族以外にありえない。
尊顔を拝した事はないが、若い女性となればアリエステル姫様。同年の男性で濡れて輝くような黒色の髪となるとヒビキ様しかいないと考える。
もちろん出迎えたからといって声を掛けることはない。たまたま彼らが都合のよい着地場所としてここを利用しただけだ。自分にできる事は近くに人間どもがいないかの確認と、彫像のように直立不動となっている部下のゴブリン達とともに貴人達が去るのを待つだけだ。
彼とて帝国近辺にあるダンジョンをまかされた者。帝国の冒険者でこのオーガを知らないものはいない。
だが、この場において最弱という事もまた認識している。彼らにとって自分は木っ端にも値しない存在だろう。
「さて、ダルモア坊やもごめんなさいね。急に来てしまって。逆に気を使わせてしまったわねぇ」
体の硬直が心にまで及んでいたオーガ、ダルモアは老婆が自分に視線を向けて放った言葉に反応できなかった。しかし、間違いなく自分の名を呼んだ。
なぜ自分の名など知っているのか? 自分はどう反応すれば良いのか? 混乱の中、オーガは無意識にヒザをつき頭を下げた。
「あらあら、そんな事をされては悲しいわ。ああ、でもダルモア坊やは覚えていないわね、こんな年寄りの事は。小さい頃に何度か会っただけだものね」
初対面だと思っていた生きる伝説が実は、そうではなく面識があったと本人から知らされる。
「バルブレアはね、貴方のおじいさんはね、とっても強かったわよ? オーガの巨躯であってなお、あの軽く華やかな戦いぶりは本当に忘れられないわ」
古い戦友の名を口にして懐かしさが湧き出したのか、老婆はその戦友の面影があるダルモアという若いオーガに笑いかける。
「貴方のおじい様はすごいのね。おばーちゃんがこんなに褒めてらっしゃるのですから」
話に興味を覚えたアリスも近寄ってきて、ダルモアをしげしげと見つめる。一方のダルモアは緊張の極地で微動だにすらできない。
「ダルモア坊やもきっと強いわよ。だって人間の首都の近くのダンジョンをまかされているぐらいなんだから」
「そうね、お父様もお認めになってるわけですから。がんばってくださいね、ダルモアさん」
アリスに手を握られたダルモアはすでに失神手前であった。
自分の名を黒竜と姫が覚えてくださり激励まで頂いた。
なにより祖父がいまだ黒竜の記憶で生きるほどの武勇をほこっていた事に。これには感極まり気づけば涙していた。
ともなれば、もともと忠誠心の高いダルモアではあったが、もはやここが死地となっても一歩も引くことはないだろう。
そしてそんな光景を冷静に見つめる者がいた。
ヒビキである。
「ダンジョンマスターは士気、忠誠心、ともに高いオーガ。配下はゴブリン……だけど、なんか強そうなのばっかりいないか? ゴブリンってあんなムキムキだったっけ? ダンジョンはよくある洞窟タイプか」
ヒビキは楽観主義者ではない。むしろ悲観主義者に近い。
うまくいくはず、ではなく、うまくいかなかった時のために、という思考を常にしてしまうのは前世があまり良い人生ではなかったからかもしれない。だがヒビキ自身はそれを直したいとは思っていないし、心配しすぎても心配しすぎただけで、致命的なミスを起こすよりは良いという、ポジティブさも併せ持つ。
そんなヒビキは、もし手ごろなダンジョンが見つからなかったら、ここでオーガに協力してもらおうかと心のメモに書き込む。
アリスとて魔族。本気でモンスターと殺しあってダンジョン攻略がしたいわけでないのは確認するまでもない。冒険者の雰囲気が味わえれば良いのだから、ダンジョンマスターとツーツーであっても問題ないはずだ。いや、むしろヒビキとしてはそっちの方がやりやすい。
というわけでさらなる好感度上げの為に、ヒビキは旅行カバンから軍資金として与えられていたアクセサリの一つをオーガに手渡す。
「ダルモア。前触れも無くお騒がせしました。手間をとらせた代わり、と言っては何ですが受け取ってください」
ヒビキは自分の立場も考え、へりくだる事はせず、しかし高圧的に接して疎ましく思われたくないという、八方美人になりきれない微妙な態度で接する。
差し出したのはユニコーンの角を加工した骨細工だ。持つものに幸運をもたらすという俗説はともかく、内包された魔力は装備者の負傷を治癒する力が増す効果を持つ。元々、治癒能力の高いオーガであれば、その効果はさらに増すであろう。言うまでもなく貴重な品だ。
「ヒビキ様、とてもこのような物は頂けません。むしろ姫様がお持ちになった方が……」
「気に入りませんか?」
「とんでもございません、自分などには貴重すぎる物であるかと」
「では言い方を変えます。ダルモア、その骨飾り、姫様にお似合いだと思いますか?」
「……」
考えるまでも無く年若い女性に、角のビジュアルを損なうことなく加工されている生々しい装飾品というのはやや難がある。
「そういう事です。あまり物として処分に協力してくれれば幸いなんですが」
「ヒビキ様がお使いになればよろしいのでは?」
「私はそれを必要とするほどヤワではないつもりです」
「し、失礼いたしました!」
などと偉そうに言ってみるもこれはヒビキにとって事実だ。チートというより自分の体であるホムンクルス素体のスペックが高い。
素体に貯蔵されている魔力が枯渇しない限り負傷はすぐに治癒するし、そもそもの運動能力が高く、よほどの強敵相手でもなければ負傷などしない。
その戦闘能力も肉弾戦、魔法戦、水中戦、空中戦、なんでもござれ。むしろそれぐらいでなければ魔界の姫様の『お友達』は勤まらないのだと、魔王夫妻が手ずから作り上げて用意したものなのだから。心配性の親馬鹿とも言う。
「本当に難しく考えないで下さい。アリスが遊びにきた記念品くらいの感覚で受け取ってくれるのが丁度良いくらいの気軽さです。もちろん使用にあたって破損や紛失しても責めはないですし、なんなら気に入った相手に譲渡してもいい。ダンジョンの宝としておいて置けば箔もつくかも知れない」
「……はっ、ではありがたく頂戴いたします」
これでダルモアには好印象を与えられたはずだとヒビキは計算する。困ったときのマッチポンプ要員としてこの縁は大切にしたい。