『星の蜜亭』での邂逅
それは見た目二十半ばほどの男で、金の縁取りがされた赤いローブを着込み、指、手首、首、とにかく様々なところにアクセサリを大量に身に着けた派手な男だった。
手には自らの背丈ほどの銀の杖を持ち、蒼い球が先端に飾られている。
「なんかざわついてるねー? なんかあったカンジかー?」
どこか人を見下したような口調で店内を眺める派手な男は、店の隅で他の客と話し込んでいるマッカランの姿を見つめる。
「あー、スペイサイドがいるのか。って事は、はいはい、またアレかー?」
派手な男はヒビキとアリスの後ろ姿を見て、店の落ち着かない理由に思いたった。
「新商品のお披露目もいいけどさー? まぁた不細工を着飾って騒がしくされるとメシがマズくなんのよねー?」
その呟きにヒビキの心の中のスイッチが入る。
どこの誰かは知らないし、どこの誰だろうと関係ない。
三秒で床に転がし、十秒後には泣きながらごめんなさいを連呼させてやると固い決意を持って立ち上がる。
「お、お待ちを! ヒビキさん!」
ヒビキの不穏な空気を察してあわててマッカランが飛んでくる。
「ナンデショウカ?」
「お、落ち着いてください。言葉が固くなっています。彼はそれなりの有力者であまりトラブルを起こしたくないのです」
そんなのは関係ない。
だが、面倒ごととなるとヒビキはともかく、アリスの冒険者生活の枷になるかもしれない。
その一心でなんとか耐えて、イスに座りなおす。
「……で、なんなんですか、あの成金趣味は」
派手な男は離れたテーブルに腰をおろし、ウエイトレスに尊大な態度で注文をしている。
ヒビキが小声で尋ねるとマッカランは眉をひそめる。
「この街の冒険者であり、タリスカー商会という大きな商会の一人息子でもあります。名をディアジオ。冒険者としての腕も商人としての腕もほどほどの方です。商材の仕入れを冒険者としての腕前で、売買は商人としての腕前でこなすので、ある程度の希少商材でも他より安価に扱えるのが魅力ではありますが……」
注文を受けていたウエイトレスに絡むようにして、何やらグチグチと言っていた。
「あまり品位のある方でなく、特に女性からは好ましくは思われていません」
「つまり女の敵というヤツですね」
あんな男相手でも直接的な罵倒をしないマッカランは素晴らしい人柄だとは思うが、ヒビキとしては簡潔な結論を確認したい。
「殴り飛ばした場合、どうなりますか?」
「……ヒビキさんの冒険者生活にかなりの支障をきたすかと」
困り顔で心配げに語るマッカランだが、慕っている姉のアリスがバカにされたのならば仕方ないのかもしれないという諦めの表情をも浮かべている。
そんな気遣いも感じられ、ヒビキはいくぶんか落ち着きを取り戻し、深呼吸をする。
「まぁアリスの耳には聞こえていませんでしたし。今回はなかったことにします」
ちらりとアリスを見れば、その男が来店した事も気にかけず、隣の老夫婦と何事か話しこみ盛り上がっていた。
「ええ、ええ、それがよろしいかと」
落ち着きを取り戻したヒビキにマッカランは安堵し、ともに料理をテーブルで待った。
***
「美味しかったです!」
料理のすべてをたいらげ、デザートに満足したアリスは口にクリームをつけたまま満面の笑顔だった。
ヒビキも料理を堪能しアリスの口元を拭ってやりながら、おいしかったですねと互いに満足していた。
マッカランも何人かの客から服の注文を受けることに成功し、お披露目の成功に満足していた。
後は宿に帰って明日の準備をして眠るだけ、そのはずだったのだが。
「スペーイサーイドー? 小金稼ぎは順調かー?」
好まざる客がデーブルに寄ってくる。
ウエイレスが止めるのにもかまわず、タリスカー商会の一人息子のディアジオは酒で赤く染めた顔をにやけさせながらマッカランへ声をかけた。
右手には酒瓶、左手にその酒がなみなみと注がれたグラスを持っている。
「タリスカー商会さん。酔ってらっしゃるようですが、さすがにテーブルにまで来られるのは失礼ですよ」
マッカランにしては珍しく強い物言いだったが、その表情は非常に焦っている。
マッカランの視線はヒビキの一挙手一投足を見逃さないという必死さにあふれていた。
この店でヒビキの力を知るものは自分しかいない。まさかこんな幼い少女が魔獣を蹴り飛ばす力を持っているなど誰が想像するだろうか。
ディアジオは確かに腕が立つが、どう見積もってもヒビキの方が上であろうとマッカランは判断している。
もしケンカ騒ぎになった場合、年端もいかない少女に打ちのめされたなどと噂が広がれば、ディアジオは決して容赦しないだろう。
あらゆる手段を使って嫌がらせをしてくるに違いない。先輩冒険者として、商人としてのコネ、そういったものを駆使してきっと街にもいられなくなるだろう。
マッカランが力添えをしたところで、互いの商会同士、親同士の争いになる恐れもあり、そうなってしまったらますます大事になる。
ああ、酔ったディアジオがせめてアリスを罵倒しないようにと神にも祈る気持ちでマッカランは状況を見定めつつ、何か穏便にこの場をやり過ごす事はできないかと苦悩する。
「お洋服は売れましたかー? 今度の着せ替え人形はちっとはマシなお顔かねー?」
今までアリスとヒビキの背中しか見ていなかったディアジオが、テーブルを回り込み二人を正面から見る。
まず目が合ったヒヒギが冷たい目でディアジオを見据えた。
ティアジオの持つグラスが動揺で揺れた。恐怖、にではなかった。
「……美しい」
カタカタと震え始めたディアジオをますます怪訝な目でにらみつけるヒビキだが、ディアジオは一つ深呼吸をして持っていた酒瓶とグラスをテーブルに置くと深く頭を下げた。
「失礼。お初にお目にかかります。私はディアジオ=タリスカー。しがない冒険者であり、商人でもあります。よろしければお嬢さんのお名前をうかがってもよろしいでしょうか?」
目を見張るほどの別人ぶりの態度の急変にマッカランは目をむき、ヒビキもやや困惑する。
「……ヒビキです。そのご挨拶は何かのご冗談ですか? さきほどは私たちに何やら愉快な言葉をいただいていたようですが?」
さっきの罵倒を根に持っているヒビキは今すぐにでも床に転がしてるぞといわんばかりの形相でディアジオを問い詰める。
「そんな愚かな男がいるのであれば私がすぐにでも打ちのめしましょう。もしもそれが過去の私であったというのであれば、いかようにも謝罪を申し上げ、よろしければ今後、ヒビキさんのサポートをさせて頂くというのはどうでしょうか?」
白い歯を輝かせて笑顔を浮かべるディアジオに、ヒビキは眉をひくつかせる。
「マック。彼は正気ですか?」
「……いえ、私もこのような彼を見たのは初めてでして。タリスカーさん。その、どうかされたのですか?」
マッカランが心配げ、というより、何か不可解なものを見る目でディアジオに問いかける。
「おや。他人行儀じゃないかマック。私の事はディアで結構と昔から言っているだろう?」
さきほどのマッカランへの態度も急変し、親友オーラを出している。
「マック。彼とは親友だったのですか?」
「少なくとも数分前まではそうでなかったと記憶しています……もちろんディアなどと呼べと言われたこともありません」
そんなやりとりを聞くディアジオは、やれやれと肩をすくめる。
「ヒビキさん。先ほどのお話ですが。何かお困りな事はありませんか? ええ、もちろん頼りがいのあるスペイサイド商会の支援をすでに受けているのは理解しておりますが……」
マッカランを笑顔で見るディアジオ。
「マックは有能でありますが商人です。険しい地への同行は難しいでしょう。何か依頼などを受注されているのであれば、現地でのお手伝いなども私であればできるのではないかと思いまして」
ディアジオがまっすぐにヒビキを見る。
ヒビキはその目を見返す。
ようやく理解した。
この成金泥酔男はヒビキに一目ぼれしたのだと。
「ヒビキさん。彼はどうやら、その、ヒビキさんに……」
マッカランも同じ考えに至ったようだったが、ヒビキとしては心底気持ち悪いという思いしかない。外装は可憐な少女だが中身は男である。
そしてアリスを罵倒し、今もないがしろにしてるのが最も気にくわない。
さらに言えば今のヒビキは少女の枠に入る年齢の容姿であり、これらすべてをまとめると、大切な姉を罵倒した成金幼女趣味の酔っ払いである。
コレに好印象を持てという方が無理であろう。
「結構です。もし何かしてくださるというのであれば、この場からすぐに消えて頂くというのが最上の謝罪ですが」
「これは手厳しい。そうだ、お連れの方も何かあればご用命をうけたまわりま……すが……」
ようやくアリスに目を向けたディアジオだったが、その後に言葉はなかった。
しばらくして、かすれた声でようやく絞り出した言葉は。
「天使が……地に舞い降りた……」
ディアジオは無意識にアリスの前に跪いていた。




