出発直前の語らいに漂うトラブルの予感
勇者アザァを見送り、マッカランが目覚めるまで出張ギルドの受付嬢達に茶や菓子でもてなされ、その後は再び宿に戻ったヒビキとアリス。
いつもの部屋に運んでもらった遅めの夕食を取り、明日の準備を改めて整える。
「明日は今日のお詫びに、マッカランさんが魔草採取に手頃な場所へ案内してくれるそうですよ」
「という事は馬車ですか」
「ええ」
「宿から一歩も歩くことなく馬車で採取場所まで移動というのは……それは、冒険者としてアリなんでしょうか?」
アリスが自問するが、しばし考えた後に。
「ですが! せっかくのご厚意、お断りするのも失礼ですよね!」
ものぐさというわけではないが、楽な選択肢をわざわざ拒む事はしない程度には計算をするアリスである。
「なんといっても我々は初心者ですらない入門者ですから。スタートダッシュくらいはアリですよ」
「そうですよね!」
どこかあった後ろめたさ的なものも、ヒビキの擁護ですっかりと霧散したアリスは、明日クエストに期待して胸を躍らせている。
「あまり興奮すると眠れなくなりますよ。温かい飲み物でもご用意しましょうか?」
「温かくて甘いものがいいです!」
「はいはい」
ヒビキは愛用のカバンから、茶葉と砂糖を取り出し、お茶の準備を始めた。
「では、これを飲んだら休みましょう」
「ええ、明日が楽しみですね!」
そうして二人が温かい茶で体を温め、ベッドに入り込む。
まだ眠るには少し早い時間。二人はとりとめもない話を重ねる。
「そういえばあの勇者。アリスに気がありそうでしたよ? イケメンとクエスト同行はアリスの目的ですよね?」
「え? そうですか? そういうカンジでしたか? 姫っぽく一目ぼれされちゃいましたか!? んっ、んっんー、んんんんーーん」
まんざらでもない表情のアリスに、ヒビキは勇者アザァを姫プレイ同伴要員と心のメモに付け加える。
「いずれ機会があればお誘いしてみたいですね! それはそれとして。明日こそ、初めてのクエストがんばりましょう!」
「そうですね。地味な内容らしいですけれど、しっかりやりましょう」
「地味でも結構です。むしろ地味であるほどリアリティがあります。ようやく冒険者のナマの部分を肌で感じられるのですから!」
鼻息荒く興奮するアリスだったが、しばらくすると安らかな寝息を立て始めた。
「勇者アザァ、ねぇ。あんな選り取り見取りっぽい立場なのに、どうにも女慣れしてないんだよなぁ。女性恐怖症とか女性不信、とかだったらアリスにも拘わらないだろうし」
ヒビキとしてはアリスの誕生日プレゼントを盛り立ててくれるに値するモブを見つけられたのだが、妙に引っかかる。
「アリスの言う一目ぼれってのが本当ならそれはそれで有難いけどな」
扱いやすいという意味で。
「バックアップをしてくれる商人。冒険譚を盛り上げてくれる仲間の勇者。足りないモノはあと一つか」
ヒビキはそのアテをどうにか都合できればと考えつつ、自分も明日に備えて眠ることにした。
***
翌朝。
二人が身支度を整えてスローブから一階に降りると、昨日よりはずいぶんと顔色が良くなったマッカランがロビーのテーブルで茶を飲みつつ二人を待っていた。
「おはようございます。ずぶんとお早いですが、あまり眠れませんでしたか?」
マッカランが自分の目の下のクマを棚に上げて、二人を気遣う。
「いえいえ逆です。今日の為にと昨晩早く横になりすぎてしまって。ずいぶんと早く目が覚めてしまいました」
「ええ、その通りです! 今日はがんばりますので、どうぞよろしくお願いいたします!」
苦笑して説明するヒビキと、頭を下げて礼儀正しくお願いするアリス。
「むしろマックの方があまり休めていない様子ですが」
ヒビキは昨日のアザァとのやり取りでずいぶんと肝を冷やしてしまったであろうマッカランに対して、素知らぬ体で心配そうにたずねかける。
「いえいえ、その。昨日は勇者様も機嫌がよろしかったようですし。あの後も何か沙汰があるのではないかと待っていましたが……夜も更けて何事もないとわかった途端、眠りに落ちまして……ついさきほど目が覚めましてね。取り急ぎこちらに参上して、お二人をお待ちしていたという所です」
実に心臓に悪かったですと乾いた笑いで語るものの、それでもなお二人を責めないあたりは紳士なのか、アザァが立ち去る際にヒビキたちを責めないようにと言い残した事を忠実に守っているのか。
「お二人はお食事は?」
「これからこちらで頂こうかと」
「もうぺっこぺこです!」
「さようですか。それではごゆっくりどうぞ。今日、ご案内する場所はさほど混む場所でもありませんしね」
マッカランが従業員に目配せすると、すぐに軽食が運ばれてくる。
「それではお食事をしながらお聞きください。今日の予定をざっとですがお話します」
「はい!」
「お願いします」
二人の返事にうなずきマッカランが茶でノドをしめらせてから説明を始める。
「まず馬車にて城下街を出てまして一時間ほど走ります。そこに目的の湖があります」
「湖ですか」
「はい。湖やその周囲の湿地は魔草が採れるポイントです。湖の底になんらかの魔力だまりがあるらしく、それを吸い上げた水草が魔草になっているようですね」
「魔力だまりですか」
「ええ。魔人の遺体があるだとか、大きな魔石が眠っているだとか、戦女神から下賜された神魔戦争時代の聖遺武器があるとか。色々な噂はありますがね」
「潜って調べた者は? 商人さんからも依頼とか出されそうですが?」
金のにおいがプンプンするそんな秘密を秘密のままにしておくはずがない。
マッカランはうなずく。
「昔は確かにそういう依頼もありましたし、何組もの冒険者が湖を調べました。結果、湖の中には厄介な番人たちがいる事がわかりましてね」
「番人?」
「ええ。現地でご説明しますよ。逆に言えば、湖にさえ入らなければ安全ですから」
何がいるのかしらと首をかしげるアリスがキラキラした目でこちらを見る。実に楽しそうだが、どう考えてもトラブルの種になりそうだ。
願わくば何事もなく初仕事の採取クエストを完遂させたいとヒビキは思いながら、朝食を取り終えた。




